長野県中野市では、漫画家・宮島礼吏氏による人気漫画『彼女、お借りします』(通称: かのかり)とのコラボイベントとなる「なかのかのかり祭」を12月8日、中野市民会館「ソソラホール」ほかにて開催した。
『彼女、お借りします』は、講談社「少年週刊マガジン」にて連載された、累計発行部数が1,300万部を超える人気コミックス。TVアニメ化も行われ、2025年には第4期のスタートが予定されている。
今回のコラボイベントは、作者である宮島氏が中野市出身という縁から実現したもので、『彼女、お借りします』で飾り立てられた中野市民会館「ソソラホール」では、中野市オリジナルかのかりグッズや中野市の特産品が販売されたほか、中野市オリジナル描き下ろし漫画紹介ムービーの上映会やかのかりオリジナルラッピングカーの展示などが行われた。
さらに今回のイベントでは、オリジナル漫画にも登場する市内4カ所の"聖地"を巡り、ARフォトを撮影する「ARフォトツアー」、中野市の商店を周遊する「中野市商店周遊ツアー」、会場内にある9つのミッションをクリアする「デジタルビンゴツアー」といった3つのツアーを実施。まさに市内全域をフィールドにした一大イベントとなった。
中野市出身の漫画家・宮島礼吏氏と連携
今回のイベント開催について、「ちょうどコロナ禍の頃、静岡県沼津市を訪れた際、『ラブライブ!サンシャイン!!』のキャラクターがホテルや駅などいろいろな場所に飾られているのを見かけたのが最初のきっかけ」だったという中野市長の湯本隆英氏。「その時は気づかなかったのですが、戻ってからいろいろと調べてみたら、まちづくりの一環として行われていた」ことを知り、中野市でも同じようなことができないかと考えるようになったという。
「ちょうどそんな時に、中野市出身である宮島礼吏先生の漫画を全部持っているという職員がいたので読ませてもらい、この先生にご協力いただければ、中野の新しいまちづくりができる」と考えた湯本市長は、すぐに宮島氏とコンタクトを取るよう手配。それ以来、中野市の広報誌で取り上げたり、コミック全巻を市役所の1階に展示するなどの連携を深め、およそ2年の月日を経て、今回の「なかのかのかり祭」実現に結びついたと振り返る。
イベントの開催が決定した後の市民の反応については、「何か面白いことをやるみたいだ」と興味深い関心が寄せられたとのこと。そして今回のイベントをきっかけに、あらためて宮島氏が中野市出身であることを知った市民も多かったという。「今は海外においても、日本の漫画はひとつの文化として受け入れられているところがありますから、市民の方の中でも、漫画やアニメを活用することを面白がってくださる方が結構いらっしゃることがわかった」という市長は、概ね肯定的に受け入れられた状況に、イベントの成功を確信したという。
一般的に、漫画やアニメのイベントは展示物やステージイベントが中心となりがちだが、「イベントを通じて、中野市を全体的に知ってもらいたい」との想いから、「なかのかのかり祭」では、中野市を巡るツアーが主要コンテンツとなっている。「中野市は面積も広いですし、季節によって様々な色があります。今は冬で、今日は雪が降っていますが、5月を過ぎるとバラが咲いたり、さくらんぼやシャインマスカットが採れたり、さまざまなポイントが市街地を中心に点在しています。これをうまく周遊してもらえれば、より中野市について知ってもらえる」と、その理由を説明する。
中野市では、市の広報活動の一環として、「信州なかの魅力発信Lab」というYouTubeチャンネルを開設。「信州なかの」ちゃんというVtuberによる情報発信を行っているが、それだけにとどまらず、市の公用車を「信州なかの」ちゃんでラッピングして、痛車化するなど、かなり攻めた活動でも知られている。「最初は、市の公用車を痛車にするとは何事かといったお叱りも覚悟していたのですが、市の職員と話をして、できることは何でもやろう」と批判覚悟での行動だったと振り返る。「全国には1,700を超える自治体がある。その中で中野市を知ってもらうためにはどうしたらよいか。中野の農産物、りんごやぶどう、きのこなどは非常に売れていて人気がありますが、それがイコール中野市とはなかなか結びつきません。だからこそ、公用車を痛車に変えてでも、認知度を高める必要があるのです」と湯本市長は力説する。
批判覚悟の「信州なかの」ちゃんをラッピングした公用車が市民の中で好意的に受け入れられたことも、「なかのかのかり祭」開催のきっかけのひとつという市長。「『信州なかの』ちゃんである程度の感触を掴めていたので、宮島先生のように全国的にも知名度の高い方と組むことができれば、これは間違いなく成功するはず」と、イベント成功への期待感がさらに高まったと湯本市長は笑顔を見せる。
さらに今回は、中野市にあるタクシー会社とも連携して、『かのかり』のラッピングタクシーも登場。「ファンの方が中野に来て、ラッピングタクシーに乗って、市内を巡る。訪れる先では、AR技術を使ったキャラクターがお出迎えをするわけですから、満足感は非常に高いのではないかと思いますし、タクシー会社さんも参加して良かったと思っていただけるのではないか」との見解を示す。
志賀高原や斑尾高原などの観光地が隣接する中野市は、「どちらかというと中継地点で、通り過ぎていくだけの方がほとんど」との現状を明かしつつ、「そんな中野市にも、今まで見過ごしてきた見どころがあることを知ってほしい」という湯本市長は、「巡って歩けば十分楽しめるまちなので、まずはそのことを今回のイベントを通して認識してもらえれば」と、イベント参加者に期待を寄せる。
NTT東日本の協力でAR技術を活かした「ARフォトツアー」を実施
今回のイベントにおける主要コンテンツのひとつである「ARフォトツアー」。オリジナル漫画にも登場する4カ所の、いわゆる"聖地"を巡り、オリジナルARフォトを撮影するというツアーは、NTT東日本の協力によって実現している。「中野市のDX化にあたり、人材的なものも含めて、NTT東日本さんにはいろいろなご協力をいただいており、今回もあらためてご協力をお願いした」という湯本市長は、「DXを進めるにあたって重要なのは、一部の人ではなく、高齢者から若者まで、全体が恩恵を受けなければならない」との見解を示し、「DXというと非常に垣根が高く感じる人も多いのですが、そんなことは決してありません」と断言。「AR技術も同様で、一回やり方を覚えれば、非常に身近に感じられる技術ですし、今までに味わったことのない拡張現実を体験することができる点も魅力だと思っています。その意味では、今回のイベントに限らず、AR技術についても、今後はどんどん試していきたい」との意向を明かす。
そして、「中野市は非常にコンパクトなまちなので、NTT東日本さんにとっても、メリットは大きい」という市長。「中野市は、第一次、第二次、第三次産業のバランスがよく、人口も4万人規模で、観光地へ向かう人の流入も多い。その意味では、サンプルとしても最適な都市だと思っているので、お互いに上手く連携していきたい」と、両者がWin-Winの関係であることを強調する。
「自分自身はDXに一番遅れている市長だと思っている」と謙遜しつつも、「だからこそ、これから変わっていくであろう時代に対して、少しでも時代にあわせられるように、何をしなければならないかを常に考えていますし、自分も変えていかないといけないと思っています」との想いを告げる市長。「中野市は、宮島先生だけでなく、横浜ベイスターズの牧秀悟選手、音楽家の久石譲さんや中山晋平さん、『故郷』や『春が来た』の作詞でおなじみの高野辰之先生など、人口が少ない割には著名な方が出ております。そういった土地に来て、ARを体感していただきながら、中野市のおいしい農産物、りんごやシャインマスカット、えのき、りんごで育てた信州牛を食べていただき、ぜひ中野市のファンになっていただきたい」と中野市をPRする市長は、「長野市の隣に中野市があるのではなく、信州中野の隣に長野市もあった、これくらいの感じに思っていただけるようになればうれしいですね」と笑顔で中野市をアピールした。
なお、「なかのかのかり祭」についても、今回はあくまでも第一弾であるという湯本市長。「今後も、宮島先生との連携を密にして、少しずつバージョンアップしながら、恒例行事として毎年開催していくつもりです」と、今後も継続して開催していくという意向を明かした。
一方、「なかのかのかり祭」にてAR技術を提供したNTTグループだが、今回の参画について、NTT東日本 長野支店 ビジネスイノベーション部 地域基盤ビジネスグループ まちづくりコーディネート担当 担当課長の寺西健一氏は、「宮島先生とコラボして何かをやりたいと、市の方が動いていた際、『何か面白いことできませんか』とお声がけいただいたのが、今回のイベントにご協力する最初のきっかけ」であり、そこでAR技術の活用を提案。「中野市はDXにも力を入れているまちなので、最新技術を利用して、市内の各地を巡るイベントができれば面白いと思いました」と当時を振り返る。
NTT東日本にとって中野市は「重点的に支援していく都市」という寺西氏。自身も委嘱職員として中野市のDX推進に携わっており、今回のイベントにおいても、「NTTならでは、最新技術ならではといったところで協力したかった」との想いが、ARフォトツアーに繋がったという。「ただ、ARがご来場いただくお客様に受け入れられて、楽しんでもらえるかが少し心配だった」と、不安を抱えながらイベント当日を迎えた寺西氏だが、「今は少し落ち着きましたが、朝一から行列ができるくらいの盛り上がりで、我々としても想定以上の反応でした。今日はあいにくの雪になったので、閑散としてしまうのではないかとの心配もあったのですが、それも杞憂に終わりました」と、予想以上の盛り上がりに安堵の表情を浮かべた。
今回のイベントは、著作物の取り扱いなどの不慣れな業務が多く、中野市の担当者が苦労していたという状況を聞き、「今後も続くのであれば、継続して技術面、稼働面合わせてご協力していきたい」というNTT東日本―関信越 長野支店 ビジネスイノベーション部 地域基盤ビジネスグループ まちづくりコーディネート担当の高橋昭二氏。中野市は、デジタル化、DX化への取り組みに積極的で、「今では当たり前となりつつあるクラウド決済や、保育園向けシステムの『コドモン』をいち早く取り入れるなど、非常に先進的」であり、「まずは中野市さんに話を持っていって、そこでリーダーシップを取ってもらうイメージがあり、デジタル化推進の流れも中野市を起点に、ほかの自治体にも水平展開していければ」との想いを明かす。
そして、「今回はAR技術をご提供させていただきましたが、今後はさらに発展した技術を提供したい」という寺西氏。「今回のARは画面だけのものですが、さらにもう一歩進めた、アニメであるとか、声優さんの音声が同時に発信されるといったことができれば、さらに盛り上がるのでは」との見解を示し、「技術的にはまだまだいろいろなことができる」と、来年度以降のバージョンアップに向けての意気込みを明かす。
「中野市は、志賀高原などが近くにありますが、市内にはなかなか観光的な要素が少ない」という状況において、「今回のイベントは宮島礼吏先生とのコラボでしたが、横浜ベイスターズの牧秀悟選手をはじめ、中野市出身の著名人は意外とたくさんいらっしゃるので、そういった方々にスポットを当てて、中野市をアピールしていければ」と今後のさらなる展開を示しつつ、「NTT東日本は情報通信がメインですので、その技術を活かした情報発信のお手伝いをしながら、観光地と長野市の間にある中野市が、今後どのように成長していくかを見守りつつ、少しでもお手伝いができれば」と、引き続きのサポートを約束した。