昨今、企業は働き方や人材確保、多様性などさまざまな課題に向き合う必要がある。そんな中、企業人事や転職市場を取り巻く環境は、2024年も急速に変化した。今回は、12月17日に開催されたパーソルホールディングスが開催した勉強会「データで読み解く企業人事と転職市場 2024年振り返りと2025年トレンド予測」の様子を詳しくレポートする。
■2024年のHR市場トレンド
勉強会の前半は、パーソル総合研究所 上席主任研究員の小林祐児氏より「2024年のHRトレンド」が解説された。2024年のトレンドワードは、次の3つ。
- カスハラ対策
- スキマ・バイト
- オフボーディング
1. カスハラ対策
小林氏によると、「カスハラ」は2024年上半期に最も話題を集めたワードの1つで、下半期にも増加が見込まれるという。政府や自治体も積極的にカスハラ対策に乗り出し、東京都では「カスハラ防止条例」が全国で初めて可決された。
「民間企業も一気にカスハラ対策を始めましたが、カスハラ自体は昔からずっとある。日本はサービス産業の人手不足が叫ばれて久しいですが、『ようやく動き出した』というのが現場の本音でしょう」と小林氏。
「パーソル総合研究所 カスタマーハラスメントに関する定量調査」によると、顧客折衝があるサービス職のうち、カスハラ被害経験者は35.5%にのぼる。同氏によると、そうした状況は人手不足に直結していると言い、「カスハラ経験者の転職意向は1.8倍から1.9倍高く、実際の離職率を比べてみても、カスハラが起こっている職場は起こっていない職場より1.3倍高くなっています」と話す。
こうした状況の中、ようやくカスハラ対策がトレンドになった。実際にカスハラが増えたかどうかは不明だが、主観として増えたと答える人は多い。その理由について、「社会のロングトレンドと短期トレンドが影響している」と、小林氏は分析する。
社会のロングトレンドとして、サービス産業全体が拡大している一方、人手不足によってサービス品質は低下。これにより期待する品質とのギャップが大きくなった。また、SNSやスマホが普及したことで、動画を撮りながら脅す、その場で本部にクレームを入れるなど、カスハラ手法の多様化につながっている。そのほか、カスハラにおよぶ人は高齢者に多く、周囲に止める人のいない単身世帯の増加や、高齢者の社会活動の活発化などもカスハラ問題の背景には隠れている。
短期トレンドとしては、監視カメラや音声録音データの増加により、ニュースのネタとして非常に生々しい素材や絵が増えたことが挙げられた。例えば、今年は、土下座を強要しているなどカスハラの様子が、モザイク入りで流れるニュースが激増。
こうした中「企業も重い腰を上げ始めた。来年もこの動きは続きますが、企業にとっては、今がカスハラ対策を講じるチャンスです」と、同氏は言葉に力を込めた。
2. スキマバイト
スキマバイトは、「スポットワーク」とほぼ同義で使われることが多いが、中でも直接雇用・アルバイトでの働き方を指す。若者のハローワーク離れも影響し、スキマバイトマッチングサービスには各社が続々と参入している。これについて小林氏は、「人材確保方法がネット媒体に移り変わったとき以来の大きな変化」と表現した。
昨今は、従来の広告や求人誌から「選考なし、面接なし、即日払い」の人材確保にシフトしつつある。
その理由について同氏は、「プラットフォーマーが単発のバイトだけではなく、スカウトもすすめているからです。スキマバイトで1回働いてもらい、その後レギュラー化・正社員化も狙うことが当たり前になっていくと、人手確保の仕方がシフトしていきます」と解説。
スキマバイトは需要、供給ともにマッチした状態で、「スキマバイトでないとシフトが埋まらない」事態が現場では起きている。一方、企業側としては現場の複雑さが増しているとし、「毎回新人に教える手間が増えるし、事前にスキルや能力を確認できない。シフト調整の複雑さ、既存の社員とスキマバイトのハレーションも発生しています」と、同氏は懸念する。
また、「レギュラー候補」の人材を探すには、店長や管理者のマネジメント行動が求められる。レギュラー候補の囲い込みも狙おうとすると、一気に現場のフィールドマネジメントは高度化・複雑化するが、小林氏によると、これをこなせる店長や管理者はさほど多くないという。
ハレーションやレピュテーションのリスクを低減するためにも、今後、企業側のサポートやトレーニングは必須となってくるだろう。
3. オフボーディング
「オフボーディング」については、ここ数年「コーポレート・アルムナイ」のトレンドが継続しているという。また、退職代行、自民党総裁選における「解雇規制緩和のアジェンダ化」も話題を集めた。小林氏は「中でもコーポレート・アルムナイの広まりを感じる」と話す。
「再入社がフィーチャーされがちですが、それはごく一部です。関係構築のメリットは、フェローや顧問などとして一緒に働いてもらえること。もしくは、採用・企業マーケティングにおいてレピュテーションリスクのコントロールや、ブランディングを守るのに役立つ点です。辞めた人が発注先になるパターンもあります。これらに加え、退職した人がアルムナイとして改めて自社を客観的に見たときの意見を活用する、という企業も出てきています」と説明。
また、「日本の労働者にとっての離職」を考えるとき、多くの社会人は給料の低さや昇進・昇格への不満などを抱きながら働いているが、それが転職に紐づくかというと実際はそうではないという。
実際に転職につながりやすい不満のほとんどは、「人間関係」。小林氏は、「日本人は人間関係が崩れたときにしか転職しない。逆に言えば、給与が低かろうが、昇進・昇格しなかろうが、多くの人は仲間が良ければ転職しないのです」と語った。
続けて、「日本の雇用がなぜ流動化しないかというと、ジョブローテーションがあるからです。人間関係を重視する人たちに対し、企業がリセットボタンを押してくれるから。これこそがミクロで見た場合の日本の転職の伸びなさです」と話す。
なお、小林氏によると、日本人は初対面の人への信頼度が非常に低い国民性を持つ。一方、知り合いへの信頼は非常に高い。つまり、内輪の集団が非常に重要で、かつ内と外の信頼ギャップが非常に高いため、内輪の人間関係が崩れた瞬間に「転職リセットボタン」を押したくなるのだという。
同氏によれば、これはコーポレート・アルムナイを考えるときにも非常に重要なポイント。退職した社員には、すでに蓄積した内と外との信頼格差がある。新規関係と比べたときの信頼のギャップこそが、コーポレート・アルムナイが生かしている資産なのだという。
「ただし、アルムナイは効きやすいが人間関係転職が多いからこそ、施策は重要」と小林氏は締めくくった。
■2025年のHR市場トピックス
2025年のHR市場においてトレンドに挙がりそうなトピックスとして、小林氏は次の2つを挙げた。
1つめは、「ジェンダーギャップの解消」だ。
「人的資本開示において、男女の賃金格差についてのグラフが伸びてくると、『ジェンダーギャップが縮まってないじゃないか』ということになり、非常に報告書としての見た目が悪い。 改めて男女格差についてネジを締め直さなくてはいけないというご相談は、かなり増えてきています」と小林氏は話す。
もう1つは、「インターンシップのセクハラ対策」だ。
「採用直結型インターンシップにおいては、いわゆる社員と学生の権力関係が明白になってしまう。その中で『現場でインターンをして、その打ち上げでセクハラ』という企業が出てくると、恐らくいきなり大騒ぎになると思います。 起きてからでは遅いので、対策は各社早めに打つ必要があります」
しかし、採用担当にとって、忙しい現場にインターンの受け入れ依頼をするのは気を遣う。「そのうえ、『セクハラも気を付けてくださいね』とまでは言いづらいと容易に想像できます。そこで、どこかでセクハラ問題が起これば、『公には、インターンシップ後のインターン生との飲み会はNG』という動きが広まるのでは」と、小林氏は推測した。
■2025年の転職市場予測
後半には、パーソルキャリア doda編集長の桜井貴史氏より、2025年の市場予測が解説された。2025年の市場予測として桜井氏は、「ミドルシニア元年到来」「時短正社員の採用拡大」「裾野広がるAI関連求人」を挙げた。
1. ミドルシニア元年到来
桜井氏はまず、「個人の面から考えると、物価高や老後を踏まえた金銭面に不安を抱える50代くらいの団塊ジュニア世代の転職が活発化するのでは、と推測しています」とした。
特に、役職定年がない企業、定年年齢の上限を引き上げている企業、成長性・将来性がある企業、自分の経験・スキルを活用できる企業への転職を希望する人はますます増加する見込みだという。
「特にバブル崩壊後、社会人になって大幅な給与アップを経験してない、または晩婚化で育児・教育の出費が増えている人が団塊ジュニアには多いと言われ、これらも背景にあるのでは」と、同氏は語る。
一方、企業側としては、「業態転換」「製造・調達拠点の国際分散」「新規事業」「脱炭素」など、さまざまな経営課題がある。特に知識、経験を有する人材を外部から高年収で採用したい企業は今後増える見通しだ。
ただ、同氏によれば「該当するのはリーダー層にあたる30代ですが、この層の転職意向が、賃上げや職場の環境改善などを理由に停滞している」という。そうなるとこの層の採用難易度は高いため、年代を広げ、ミドルシニアが活躍できる土壌を作る、または採用活動が進むという見立てだ。
2. 時短正社員の採用拡大
時短正社員の採用拡大について桜井氏は、「飲食等以外の職場でも来年は進むのではないか」と予想する。具体的には、出産、育児といったライフスタイルの変化があっても働き続けたい、ワークライフバランスを整えたいという個人が増えている中で、柔軟な働き方の1つとして「時短正社員も相談可能」という一般求人が増加傾向にある。
このような採用手法は今後伸びていき、残業をせずプライベートの時間を重視する働き方や、「時短正社員+副業やスキマバイト」という働き方も今後増えていくのではと推察する。
一方で企業側のメリットとしては、シンプルに採用競争力を強化できる。専門職や優秀な人材でも短時間でパフォーマンスを出せる、そういった働き方も今は注目を集めているため、外部からの採用においてだけでなく、社内向けのアピールにも役立てられる。
「今いる社員に、"ライフステージが変わってもこういう働き方がある"と用意することで、多様な働き方に向き合っている、あるいは社員を大事にしているという社内ブランディングにも活用されています」と、説明した。
3. 裾野広がるAI関連求人
昨今、AI関連求人は増えているが、従来はエンジニア領域に限られていたものが、今後はさまざまな職種に広がると予想されている。「特に、スマホデバイスでも自然に使えるようになってくると、AIはより身近なものになります」と、桜井氏。その上で、ビジネスシーンでもAI関連求人が非常に増えているという。
「たとえば、営業職であれば生成AIを活用した自社サービスの提案、マーケターであればマーケティング戦略、人事であればデータをもとにしたピープルアナリティクス、また人事戦略の立案などです」
続けて、同氏は「今後もAIを使い業務改善、生産性向上、またサービス提供していく人材を求める求人は、さらに増えていくでしょう」と伝えた。