カジュアルな「お察し」マインドが人の心も地域もギタギタにしてしまう

中年ミュージシャンのNY通信。本誌vol.25に掲載した親イスラエル派と親パレスチナ派のポスター戦争に続き、ふたたびのご近所トラブル話です。そこには移民によって作られ移民をエネルギー源として成長してきたアメリカゆえの難しさがあるようで……。

※この記事は2024年9月25日発売の『Rolling Stone JAPAN vol.28』内、「フロム・ジェントラル・パーク」に掲載されたものです。

ここのところ、わが家の周囲では「この犬キケン!」という、野生の告発ポスターがめきめき増殖中である。うちのテリアが公園で凶暴なピットブルに噛まれて大怪我をしました、他にも少なくとも5匹の犬が噛まれている、もし被害に遭ったら連絡して、とある。

インスタを開くと詳細が書かれていて、どうもピットブルの飼い主は逃げるようにその場から立ち去ったらしい。気の毒な話だけど、よくあるご近所トラブルの範疇にも見える。見えるのだが、事態はネットでの場外乱闘を経て、どうにもねじくれた方角に進んでしまった。ここのところ、その推移をやるかたない気持ちで眺めていたので、その話をしたい。

この原稿を入稿した日、写真のピットブルが別の人と散歩しているのが目撃されている。友人に頼んだのか、ペットシッターを雇ったのか……さすがに人目が気になったようだ。

いま私が住んでいるのはロウワーイーストサイドというエリアで、と言うと「あらマンハッタン? 家賃お高いんでしょう」と返ってくるのだが、家賃は以前住んでいたブルックリンの部屋より安いし、近隣はだいぶ煤けた雰囲気で、たとえば、そうだな、港区民だからってみんながみんなキラキラタワマンに住んでいるわけじゃない、と言えば伝わるだろうか。

少し解像度を上げて話すと、ロウワーイーストサイドのなかでも雑誌なんかでおしゃエリアだと紹介されたりするのは、もっぱらSOHOやビレッジに隣接した北側。いっぽう西側はフージャンチャイナタウンと呼ばれていて、福建省出身移民の集住地区だし、東から南側にかけては、川沿いに低所得者向け団地=プロジェクトがずらりと立ち並ぶ、ガイドブックなんかでは立ち入るなと書かれがちなエリアである。

おしゃと団地とチャイナタウン、大げさに言うとこの3国の国境が交わるところにぽっかりと、緩衝地帯みたいな公園、セワードパークがあって、私はその公園沿いに住んでもう5年になる。実家を出てから2年以上同じ場所に住んだことがなかったので、自分にしてはだいぶ気に入っているようではある。

何が気に入ってるのか考えてみるに、ものごとというのはいつも境界付近でおもしろいことが起きるもんなので、3国国境ならではのマージナルさが理由な気がする。ただ国境地帯というのはひとたびネガティブなことが起きると、くすぶっていた火種が一気に事態をややこしくする。件のテリアが噛まれたのも、このセワードパークであった。

テリアの飼い主はインスタの前にRedditという、言ってみれば2ちゃんか爆サイみたいな掲示板にスレを立てていて、そこでは初手から、ピットブルの飼い主はヒスパニックだと書き込んでいた。そう印象づけたいように見えた。

となるとスレッドではヒスパニックに対するステレオタイプが発動されて、すなわち低学歴、低所得、粗野で短気でブルーカラー、みたいな偏見のハッピーセットなわけだが、当然ながらそういうやつもいればそうじゃないやつもいるのに、勝手にそうなのだろうと「お察し」されてしまう。

かつピットブルである。闘犬のために作られた犬で、ヒップホップのビデオに登場しまくり、それゆえ全米で大ブームになって、犬や人を襲う事故が多発した。なのでピットブルと聞いた人々にはどうしても、飼い主はサグいやつだろう、そしてサグい人はドッグトレーニングに意識が低い、という「お察し」が発動してしまう。

この時点でもう板のアングルはほぼほぼ決まってしまったが、さらに近隣住民を名乗る人から、ピットブルの飼い主はプロジェクトの住人だ、というタレコミが書き込まれ、これで「お察し」が3翻乗ってしまった。

客観的事実として、地域住民の平均所得と犯罪発生率には負の相関がある。プロジェクトは所得が低くないと入居できないので、ということはどうしても犯罪発生率は比較的高くなってしまう。ここまでは事実ベース。しかし、そこに住んでるからロクでもないやつだろう、という類推すなわち「お察し」は、これは差別と言われても仕方がない。なにより住民の99%は普通の人なのだから。

実際この偏見には根強いものがあって、以前、craigslistという個人売買サイトで楽器を売った際、うちに引き取りにきた買い手が駅に着いたところで「お前の住んでる住宅はプロジェクトじゃないか? おれはプロジェクトの人間とは関わりあいになりたくない」という勘繰りのメッセージが入っておじゃんになったことがある。プロジェクトに住んでる人はこんな目に遭ってるのか、とひどく驚かされる体験だった。

ところが途中から、スレッドの風向きが変わっていった。このテリアが噛まれた現場に居合わせたという人が現れて、「ピットブルはノーリードだったと訴えてるが、お前のテリアもノーリードだったじゃないか。それを伏せてるのはフェアじゃない」と告発したのだ。

それでムードが変わったところに、白人男性を名乗る人が「このテリアの飼い主はどうやら中国系っぽいな。そしてピットブルの飼い主はヒスパニック。見てみろ、移民どうしのいざこざでこの街はめちゃくちゃにされている」とトランプみたいなことを言い出した。

次いでヒスパニック系を匂わせるアカウントが「お前がピットブルの飼い主の顔写真を公開したせいでこいつは街を歩けなくなった。お前も顔写真を公開しろ。そうじゃないとフェアじゃない」と絡み始めた。これはつまり月夜の晩ばかりじゃねえぞ、という意味だ。こうしてマイノリティとマイノリティがいがみあう「弱いものたちが夕暮れ」メソッドが、ここにも完成とあいなった。

確かにうちのネイバーで、ヒスパニックと福建省移民の関係は良好とはいえない。拡大を続けるチャイナタウンが、どんどん領土を広げてきた歴史的経緯があるからだ。さらに言うと、福建省移民の人たちがなぜ領土を広げざるをえないかというと、広東省のシマであるメインのチャイナタウンに入れてもらえないからだ。

そうやって何重にも入れ子になった移民どうしのいがみあいが、『ウエスト・サイド・ストーリー』よろしく燠火のように残存している。そんななか、トランプはハリスとの討論会で「移民は犬を殺して食べてる」とめちゃくちゃな煽りを言い出した。なんかもう、どしたらいいんでしょうね。それでもヒスパニックのトランプ支持率は選挙のたびに上昇傾向にある。どしたらいいんでしょうね!

唐木 元

東京都出身。フリーライター、編集者、会社経営などを経たのち2016年に渡米。バークリー音楽大学を卒業後、ニューヨークに拠点を移してベース奏者として活動中。趣味は釣り。X(Twitter):@rootsy

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