「Adobe Illustrator」は、1987年から発売されているアドビの最も歴史あるソフトウェアであり、グラフィックデザインに携わる人にとっては、なくてはならないツールのひとつです。そのIllustratorの最新アップデートが今、デザイン界隈でちょっとした話題になっています。
アップデートのたびに新しい機能が追加されるなどして、進化を遂げてきたIllustratorですが、今回のアップデートがこれまでと大きく異なるのは、文字組みを司るプログラム「テキストエンジン」が刷新されたこと。テキストエンジンの大規模なアップデートは、2003年に「Illustrator CS」の登場にあわせて実施されて以来ということなので、実に20年以上ぶりとなります。
これが話題になっているのは、この刷新によって、これまでのIllustratorで作ったファイルを最新のIllustratorで開くと、旧テキストエンジンでレイアウトしたテキストの配置や改行位置が変わってしまうことがあるため。影響を受けるファイルを開く際には必ず警告ダイアログが表示されるようにはなっていますが、テキストをアウトライン化していないファイルでは注意が必要です。
このテキストエンジン刷新の理由と問題発生時の対処法について、アドビ プリンシパルサイエンティストのナット・マッカリー氏とCreative Cloud セグメントマーケティング部 マーケティングマネージャーの岩本崇氏に話をを聞きました。
「アドビの歴史はタイポグラフィーから始まっています。私たちは文字組みをいかにシンプルにパワフルにできるか、長年技術開発をしてきました。その結果、今ではあらゆるメディアの文字表現に、アドビの技術が用いられています」と、ナット・マッカリー氏は話します。
「良いタイポグラフィーでは、文字が持つ情報がスッと入ってきます。サイズや行間、文字間隔のほか、日本語の場合は縦書きか横書きか、漢字、ひらがな、カタカナかなど、いろいろな要素があります。文字が(デザインによって)絵のようにもなるというのが、日本語の独特なところ」とマッカリー氏。
さらに日本では、エキスパートだけでなく普通の人も、スペースや配置、文字が真ん中に揃っているかなどに敏感で、悪いタイポグラフィーに違和感を覚える人が多いといいます。「私たちのミッションは、エキスパートはもちろん普通の人も、美しい文字組みができるようにすること」というマッカリー氏は、今回のアップデートはそのために欠かせないものだったと説明します。
Illustratorで使用されているテキストエンジンは、デスクトップで使用するソフトウェアを前提としたものですが、現在のIllustratorにはブラウザ上で動作するWeb版やiPad版もあります。さらに豊富なテンプレートが利用できるAdobe Expressとも、データを共有できるようになっています。デスクトップ版のIllustratorだけでなく、これら多くの人が使用するツールで利用しやすいテキストエンジンにするためには、大規模なアップデートが必要だったということです。
「今回だけでなく、この間にももちろん、いろいろな問題を修正したり、ユーザーさんのリクエストを反映してアップデートを行ってきたのですが、こうした新しい環境も対応しつつ、さらにより良い文字組みを実現するには、今あるエンジンを大きく変える必要がありました」と岩本氏。新しいテキストエンジンでは、文字の上下中央揃えがより正確にできるようになったほか、自動カーニングによって文字間を調整した際に、文字がテキストエリアをはみ出すことがあるといった細かな点が改善されていると言います。
そういったメリットもある一方で、「20年に渡り長く使われてきたものを移行するにあたっては、やはり痛みも伴います。それが、これまでのテキストエンジンで設定した文字の位置を、コントロールしにくくなるということです」と岩本氏。移行の痛みを和らげるため、最新のIllustratorには、旧テキストエンジンと新テキストエンジンではどこが変わったのかを確認できる、「文字組み更新」機能が搭載されています。変更前と変更後のテキストレイアウトを重ねて表示できるだけでなく、折り返し位置や字送り、行送りなどの違いもハイライトできるようになっています。
ただしこの機能を利用するには、最新版のひとつ前、Illustrator 2024(バージョン28)で一旦ファイルを開き、「テキストレイアウト情報」を付加して保存しなおす必要があります。複数のファイルに一斉に「テキストレイアウト情報」を付加できる、「文字組み保存プラグイン」も提供されています。
アドビでは自社のブログなどを通じて、昨年からテキストエンジンの刷新を予告し、移行の準備を促してきました。これまでのファイルを開く際の詳しい対処方法は、岩本氏が書いたアドビブログの記事「保存版|Illustrator 2025 登場!文字組みの改善点と新機能、過去データの取り扱いを総チェック!」でも解説されています。
「我々はユーザーの皆さんの声に、常に耳を傾けています。イラストレーターの開発チームも、テキストエンジンに携わるチームも、寄せられた声には実際に毎日目を通しています」とマッカリー氏。その声の中には従来のテキストエンジンに対する不満も多くあったが、これまではなかなか抜本的な対処ができなかったと言います。「多くいただいた声に、ようやくひとつ応えさせていただいたのが、今回のバージョン」だと岩本氏は言います。
長年Illustratorを使用している人にとっては、ファイルを開く際に注意が必要にはなるものの、「文字がずれるリスクはあっても、過去に作ったものが開けなくなるということではない」と岩本氏。「まずは知っていただいき、正しい知識を持って移行していただければと思います。その上で、新しい機能をぜひご活用いただきたいと思います」と話していました。