「1月のパリ横断にはファセル・ヴェガに乗って参加してね」
【画像】可能な限りオリジナルの状態を保ちながら、愛情をもって維持されている美しいファセル・ヴェガ(写真36点)
そんな連絡が主催のティエリーさんから届いた。ふと気づいたが、ファセル・ヴェガについてあまり知らない。どうせならそのオーナーに直接会い、じっくり見せてもらおうと思い立ち、ローランさんを訪ねた。
自宅の前で待っていてくれたローランさんに挨拶を済ませ、バイクを停めると、助手席に飛び乗り早速走り出す。車内で改めて自己紹介を交わしながら、車の話が始まった。
ファセル・ヴェガは、パリで10年間だけ存在した自動車メーカーだ。ほとんど手作りに近い形で車両を生産していたため、総生産台数は約3000台と少ない。このファセル IIIは、その中でも安定した性能と高い人気を誇るモデルだ。
最初期のモデルであるFacelliaには、フランスのポント=ア=ムーソン社製のDOHC直列4気筒エンジンが搭載されていたが、これがトラブル続きでブランドの評判を大きく下げてしまった。そこで、ファセル IIIでは信頼性の高いボルボ製エンジンを採用。この結果、エンジンはスムーズに始動し、運転中も特別な注意を払う必要がない。ブレーキもディスクブレーキが装備されており、普段使いにも適している。
ローランさんは退職後、旧車文化の保存と普及に尽力している。現在は、FIVA((the Fédération Internationale des Véhicules Anciens:国際歴史的車両連盟)の副会長を務める。FIVAは、日本にも支部があるが、旧車を世界的に認定し、その価値を保護する役割を担う組織だ。FIVAによる認定書は、オークションなどで車両の価値を証明する公式書類として機能する。また、FIVAはユネスコとも提携しており、歴史的車両の文化遺産的な意義を認める活動も行っている。
さらに、認定車両は、パリをはじめとした欧州各都市で導入されているZFE(低排出ゾーン)のような排ガス規制を免除される特例が適用されることもある。2025年1月から、パリのZFE規制がさらに厳しくなるが、FIVA認定車両はその影響を受けないのだ。
ローランさんは、このファセル IIIも可能な限りオリジナルの状態を保ちながら維持している。その前はMGやトライアンフといったオープン2シーターのスポーツカーを所有していたが、30年前にファセル・ヴェガと出会い、その魅力に引き込まれたという。「もうこの車は家族だ」と言い切る。
この日は午後からの予定だったが、朝の天気予報に反して小雨が降っていた。「撮影を延期するか…」と思っていると雨は止み、無事に撮影を開始。「雨だったらどうしようかと思った」と話すと、「なぜ?」とローランさん。「雨天走行に全く抵抗はない」と笑顔で返す。彼の息子たちは免許を取った際、最初にこの車でドライブをしたという。「初心者マークを貼って運転させたさ。そうやって文化を次の世代に継承していくんだ」と語る。
30年間、この車と共に過ごしてきたローランさんの運転技術は見事だ。エンジン回転数を無駄に上げることなく、スムーズにトルクを生かしたクラッチ操作を行い、狭い隙間を巧みにすり抜ける。縦列駐車やUターンも迷いなくこなす姿はさすがだ。
50年以上の歳月が経ち、車体もあちこち傷んできたため、数年前にフルレストアを決意。ファセル・ヴェガの専門家に依頼し、ボディカラーは当時の色見本から選び、交換部品も極力オリジナルを使用。純正オプションも全て揃えているが、唯一「ナルディのウッドステアリング」だけがまだ手に入らないという。
撮影を終え、ローランさんの自宅でコーヒーをいただきながら、彼のコレクションを拝見した。ミニチュアモデル、当時のカタログ、色見本帳などがリビングに整然と並び、地下室には貴重な資料がぎっしり詰まっていた。この部屋は彼の趣味の集大成であり、今では旧車関連の仕事場としても使われている。
ファセル・ヴェガに触れるひとときを存分に楽しんでいるうちに、いつの間にか日が暮れていた。「1月のパリ横断でまた一緒に走ろう」と笑顔で誘ってくれたローランさん。彼とMade in Parisのファセル IIIに出会ったことで、新年のパリ横断がさらに楽しみになった。
写真・文:櫻井朋成 Photography and Words: Tomonari SAKURAI