宮崎県は12月4日、公式サイト上に「東九州新幹線等調査報告書」を公開した。11月27日に県議会で概要が明らかになり、朝日新聞などが報じていた。日豊本線経由の基本計画ルートのほか、宮崎駅から鹿児島中央駅まで先行整備するルート、都城駅から新八代駅まで直行するルートの3案で、整備費の試算にもとづく費用対効果が示された。
3つのルートを比較する
「日豊本線ルート」は新幹線基本計画のルートで、小倉駅から大分駅、宮崎駅、鹿児島中央駅までを結ぶ。小倉~博多間は山陽新幹線(JR西日本)に乗り入れる。小倉駅では博多駅に向けて合流する。本州方面へ直通する場合はスイッチバックすることになる。
宮崎駅から博多駅までの所要時間は現在の231分から98分となり、133分の短縮。宮崎駅から小倉駅までの所要時間は現在の299分から79分となり、220分の短縮になる。整備費試算結果は3兆8,068億円。ただし、大分県と鹿児島県も分担する。
「鹿児島中央先行ルート」は、「日豊本線ルート」のうち宮崎~鹿児島中央間のみ建設する。いわば「区間開業」である。報告書に「鹿児島中央駅から九州新幹線を延伸する」とあり、ここは気になるところで、西側から九州新幹線に合流するほうが良さそうに思える。
宮崎駅から博多駅までの所要時間は現在の231分から132分となり、99分の短縮。宮崎駅から小倉駅までの所要時間は現在の299分から148分となり、151分の短縮になる。事業費は最も低く、1兆642億円。こちらは鹿児島県と分担する。
「新八代ルート」は、宮崎~都城間で「日豊本線ルート」を先行して建設し、都城から新八代駅へ直行。新八代駅から九州新幹線に乗り入れる。新八代駅も博多駅に向けて合流する形となる。
宮崎駅から博多駅までの所要時間は現在の231分から84分となり、147分の短縮。宮崎駅から小倉駅までの所要時間は現在の299分から103分となり、196分の短縮になる。整備費は1兆4,978億円。こちらは熊本県と分担する。
隣接県の意向を予想する
「日豊本線ルート」は大分県の動向も注目したい。基本計画上のルートは「福岡市~大分市~宮崎市~鹿児島市」となっている。国鉄時代の「在来線複線化」のイメージだと、日豊本線と同じルートが素直だが、大分県は「久大本線ルート」も提案しており、2023年11月に調査結果を発表した。
もっとも、博多~大分間の所要時間は「日豊本線ルート」が47分、「久大本線ルート」が46分で、ほとんど変わらない。事業費と推計需要の差も小さい。大阪方面を考慮すると、「日豊本線ルート」のほうが有利といえる。宮崎県から見れば、博多駅へのアクセスに差がないなら小倉駅経由にしてほしいだろう。
「鹿児島中央先行ルート」は、宮崎県の調査報告を見ると、九州新幹線の「鹿児島中央駅を延伸し」とある。しかし、鹿児島中央駅の西側から九州新幹線に合流する形で良いと思う。宮崎駅から博多駅まで直通する場合、鹿児島中央駅でスイッチバックすることになる。スイッチバックなしで直行させたい気持ちはわかるが、用地取得に時間と費用がかかりすぎる。
九州新幹線の鹿児島中央駅は駅ビルに突き当たる形で終わっている。延伸するなら、まずこの駅ビルを撤去する必要がある。さらにその先は築年数の新しいホテルや中高層ビルが多い。駅の正面にホテル「ソラリア西鉄」があり、開業は2012年とのこと。一等地であり、移転は難しいだろう。
鉄道・運輸機構が定めた「新幹線鉄道実施基準」によると、新幹線の本線の曲線半径は4,000mだという。これでは駅前の多くの建物が撤去対象になってしまう。ただし、「線路の状況その他やむを得ない場合」は半径500mも可能で、この場合は速度制限を受ける。最小半径500mであれば、南東方向へ曲がって甲南通りの直上を通れるかもしれない。ビルがなくなったところで北に進路を変え、宮崎をめざす。少し遠回りになってしまう。
鹿児島中央駅を通過する列車は考えられないし、ここはスイッチバックになると思う。整備費の7,537億円に延伸を前提とした用地費用が含まれているならば、スイッチバック案の費用はもっと少なくなると思われる。
「新八代ルート」は、中間駅としてえびの市と人吉市に駅を設置する構想がある。このルートは肥薩線・吉都線をなぞる形になる。肥薩線は2020年7月の豪雨で被災し、八代~人吉~吉松間が現在も不通になっている。JR九州と熊本県は八代~人吉間の復旧と上下分離で合意している一方、人吉~吉松間については進展がない。
「新八代ルート」ができれば、肥薩線の宮崎県側のルートが復旧する。えびの市は宮崎県西部にあり、矢岳高原とえびの高原に挟まれた盆地。西郷隆盛が静養したという白鳥温泉もある。新幹線をきっかけに観光や定住を促したい。熊本県にとっても、熊本~人吉間の新幹線は魅力的だろう。
費用便益比はもう少し高くなりそう?
報道では、3案ともに費用便益比「1.0」以上とされている。しかし、これは日本の将来のGDP(国内総生産)が「平均的に成長」し、算定で使う社会的割引率が0%または1%の場合である。この他に、GDPは「低成長」と「高成長」、社会的割引率は2%と4%という選択肢がある。
社会的割引率は「現在の金額に対して、将来の価値の変化を想定する」ための数値であり、国土交通省は2004年、社会的割引率を4%とした。これは2004年から過去複数年にわたる国債等の実質利回りを参考値として設定された数値である。社会的割引率を4%とした場合、従来の計算方法では費用便益率がすべて「1.0」未満になってしまう。
ただし、現在の国債の利回りは1%未満となっているため、0%または1%として計算したとしても、的外れとはいえない。国土交通省は2023年度以降、「2003年~2022年の国債の実質利回りを踏まえた1%」および「1993年~2022年の国債の実質利回りを踏まえた2%」を適用する方針としている。さすがに国債が0%金利にはならないだろうが、1%はかなり現実的な数値ともいえる。
ちなみに、宮崎県の「東九州新幹線等調査報告書」と、大分県の「東九州新幹線調査報告書」の書式はそっくりで比較しやすい。このあたり、両県の連携はしっかり取れているといえるかもしれない。大分県の試算時も、社会割引率において1%、2%、4%を比較していた。ただし、宮崎県も大分県も費用便益比に外部経済の影響が含まれていない。便益の算定は「利用者便益」「供給者便益」「残存価値」のみとなっている。
「利用者便益」は、新幹線開業によって利用者が短縮できた移動時間を合計し、1時間あたり約59円で掛け算して出した総額と、実際に利用者が支出する交通費との差額を示す。航空機から新幹線に変えて移動費が減った人は新幹線による価値として加算する。在来線やバスから新幹線に変えて移動費が上がった人は減算する。
「供給者便益」は運行事業者、つまりJR九州が得る価値である。航空機やバスの利用者が新幹線に乗った場合は純増として全額を加算する。在来線利用者が新幹線に乗った場合は差額を加算する。「日豊本線ルート」の場合、小倉~博多間の山陽新幹線はJR西日本の路線だから、JR九州としては面白くないかもしれない。
「残存価値」は費用便益比の算定期間後の資産価値を示す。減価償却が終わっても駅や車両は使用できるから無価値ではない。算定期間後の評価額を見越して残存価値を決定する。
外部経済は「観光客の増加」「経済波及効果」「CO2減少、排気ガス化合物排出量の減少など環境等の改善」も含まれる。ただし、今回の調査結果には反映されていない。合算されると費用便益比はもっと大きくなるはずだ。
宮崎県知事は東九州新幹線の建設促進協議会の会長を務める。2024年5月の定例記者会見で、総合政策部長が「関係市町村につきましては、今回の調査はあくまで東九州新幹線の本来の日豊本線ルートが基本であるという県の基本的な考え方をご説明した上で(略)秋口に出てくる結果について、しっかり共有させていただくというお話をしている」と答えた。建設促進協議会メンバーの大分県と鹿児島県、そして「新八代ルート」では熊本県の動向も気になるところだ。
総合すると、費用便益比は従来の計算式だと「1.0」に達しないが、現在の社会的割引率で考えれば妥当、外部経済効果を加味すればもっと高くなる可能性もある。そこまで算定できていないので、現段階では参考資料の域を出ていない。
建設が決定し、整備新幹線に格上げされると、国交省や鉄道・運輸機構が精査することになる。そのときはもっと良い数値になるのではないか。需要予測は2060年開業を想定したとのこと。宮崎県の未来と新幹線に幸多かれと祈りたい。