iPhone 16シリーズの右側面に新たに搭載された「カメラコントロール」。同じような位置にシャッターボタンを搭載するAndroidスマホがすでに存在することから、iPhone 16の発表時は「新鮮味に欠ける」といった批判的な声もありました。しかし、カメラコントロールは単なるボタンではなく、3種類ものセンサーやスイッチを詰め込んだうえでiOSと精緻に連携することで、これまでにない撮影体験をもたらす独自性のある装備に仕上げられていました。
カメラコントロールに秘められたこだわりや工夫を、iPhone 16シリーズの開発に携わった米Apple本社のキーマンに取材しました。
大切な一瞬を簡単かつ素早くとらえるカメラ体験を提供したい
iPhoneのプロダクトマーケティングを担当するPiyush Pratik氏は、「大切な一瞬を簡単かつ素早くとらえるカメラ体験を提供するため、私たちはカメラコントロールを開発しました」と語ります。
カメラコントロール最大の特徴が、ボタンが押されたことを検出するだけの単純なボタンではないこと。軽く押した状態と強く押した状態を識別でき、さらに左右のスワイプ操作でズーム、露出、被写界深度、フォトグラフスタイルなどを変更できます。「カメラコントロールを軽く押してこれらの設定が変更できるようになると、それまで画面内にあった各種設定の文字やアイコンをフェードアウトさせ、フレーミングや仕上がりに集中できるようにしました」と、Piyush Pratik氏はカメラアプリ側の工夫も語ります。
12月12日にリリースされたiOS18.2では、一般的なカメラと同様の半押し・全押しがカメラコントロールに備わり、AE/AFロックが利用できるようになりました。「多くのプロカメラマンや写真愛好家にとって、カメラコントロールはクリエイティブの能力や可能性を解き放つ存在になるでしょう」(Piyush Pratik氏)
3種類もの異なる役割を持つセンサーやスイッチを内蔵
細部にまでこだわった入念な設計と、ハードウェアとソフトウェアが緊密に連携している点が、カメラコントロールをアップル製品らしい装備にしていると語るPiyush Pratik氏。ハードウエア開発の詳細は、iPhoneプロダクトデザイン バイスプレジデントのRichard Dinh氏が説明を引き継ぎました。
Richard Dinh氏は「カメラコントロールは静電容量式タッチセンサー、フォースセンサー、タクタイルスイッチで構成されています。それらの上に、見た目も触感も美しいサファイアクリスタルをはめ込みました」と解説。実に3種類もの異なる役割を持つセンサーやスイッチが用いられていることを明かしました。
サファイアクリスタルの直下にある静電容量式タッチセンサーは、iPhoneのタプティックエンジンと連携し、操作に合わせて正確な触覚フィードバックを指に伝えるよう工夫。一番奥に位置するフォースセンサーは高精度の圧力センサーで、カメラコントロールを押す力をミクロン単位の分解能で検出します。「タッチセンサーとフォースセンサーは密に連携し、操作の精度を高めるだけでなく、誤った操作を識別して無効にする仕組みも備えています」(Richard Dinh氏)
フォースセンサーの直前にあるタクタイルスイッチは、MacBookシリーズのトラックパッドとは異なり、クリック感のある物理的なスイッチを採用しています。「高精度な物理スイッチを用いることで、たとえ指が濡れていても、手袋をはめていても、カメラを素早く起動させて写真や動画を撮影できるようにしました」(Richard Dinh氏)
カメラコントロールの表面にはめ込まれたサファイアクリスタルは、指で触れるだけで位置を判別できるよう表面の仕上げを工夫。さらに、ほかのボタンとは異なり本体側面と“ツライチ”になるようフラットに仕上げ、誤クリックをなくす工夫も施したとRichard Dinh氏は語ります。
純正ケースに秘められた不思議なギミック
iPhone 16シリーズのカメラコントロール搭載に合わせ、純正のクリアケースやシリコンケースにも新しい工夫が盛り込まれました。サードパーティ製のケースは、側面に穴を開けるなどしてiPhone本体のカメラコントロールを露出させていますが、純正ケースは白いサファイアキャップのパーツがはめ込まれています。iPhone本体のカメラコントロールに直接触れないのに、ケースなしの状態とそん色のない操作性が確保できているのに驚かされます。
「私たちは、多くのiPhoneユーザーがケースを装着していることを知っています。そこで、ケースを装着した状態でもiPhone本体のカメラコントロールと同じ体験が提供できるよう、新しいクリアケースとシリコンケースを開発しました。表面にはiPhone本体と同じサファイアクリスタルをはめ込みつつ、その下には特別に設計した導電層を組み合わせることで、カメラコントロールに正確なジェスチャーを伝えられるようにしました。ケースの一番内側には薄い特殊コーティングを施し、一貫したセンサー性能を確保しています」(Richard Dinh氏)
指の動きの速さに応じて挙動を変えている
さまざまな工夫が盛り込まれた強力なハードウェアを活用して直感的で楽しいユーザー体験を提供するため、ソフトウェアやデザインに込めた工夫については、ヒューマンインターフェースデザイナーを務めるJohnnie Manzari氏に伺いました。
「私たちがまず掲げた目標は、カメラを起動して写真を撮影するのをできるだけ速く簡単にすることと、カメラコントロールに軽く力を加えることで撮影者の意図をiPhoneに伝えられるようにすることでした。人間工学的に最善の場所にカメラコントロールを配置することも重要でした」
アップル製品にふさわしい高い水準のユーザー体験も追求したといいます。「カメラコントロールの上で指を滑らせることで調整しますが、センサーチームと密接に協力し、指の動きがダイレクトに反映されるようにしました。素早く指を滑らせたときの挙動など、細かな部分まで配慮しています」(Johnnie Manzari氏)
この工夫は、カメラコントロールで実際に体感できました。ズームは、指をゆっくり動かすと0.1倍刻みで細かく調整できますが、指を素早く滑らすと「0.5×」「1×」「2×」「5×」それぞれのポジションに吸い付くようにピタリと止まってくれます。ラフな操作でもよく使うズームポジションに簡単に変更できる工夫は、アップルらしいと感じました。
サードパーティやApple Intelligenceにも展開
カメラコントロールはアップルの純正アプリだけでなく、Blackmagic Cameraなどのサードパーティ製カメラアプリにも開放されています。Piyush Pratik氏は「独自のカメラアプリにカメラコントロールを使ったパワフルで楽しい体験をもたらせるよう、アップルはアプリ開発者やコミュニティを支援しています。ユーザーは、カメラコントロールでお気に入りのサードパーティ製カメラアプリを起動できるよう設定を変えることもできます」と、サードパーティを巻き込んだ広がりに期待を寄せました。
12月12日に公開したiOS 18.2では、生成AIを用いたApple Intelligenceがアップデートされ、カメラがとらえた画像をもとにしたビジュアル認識機能「Visual Intelligence」が追加されました(日本語の対応は2025年4月以降の予定)。Visual Intelligenceは、カメラコントロールの長押しで呼び出せます。
Piyush Pratik氏は「このAI全盛の時代、私たちはiPhoneのカメラで何ができるかを考えました。周りの世界を理解するためのインプット手段として使えないだろうか、と思いついたのがVisual Intelligenceです。その体験をカメラコントロールと統合するのは自然なことだと考えました。単押しでカメラの撮影体験が、長押しでVisual Intelligenceの体験がもたらされます」と、カメラコントロールの新たな活用の背景を解説しました。
「単なるシャッターボタン」とは根本的に異なる存在だったカメラコントロール、iPhoneのカメラ機能をより使いやすいものに変え、よりクリエイティブ志向にしてくれる存在だと感じました。iPhone 15以前のモデルを使っている人は、ぜひ一度試してほしいと感じます。