今にして思えば、アレはJLRからの”念押し”だったのだ。
【画像】これがジャガー!? 予想だにしない衝撃的な姿が話題になった、ジャガー「タイプ00」(写真32点)
12月2日、マイアミ・デザインウィークにて衝撃のデビューを飾った”新しいジャガー”。否、その数日前から新たなブランドイメージやロゴ、モノグラムが発表されて、車趣味人の間でも侃侃諤諤、大いに話題沸騰となっていた。
実は限られたメディア関係者が事前に英国コヴェントリーのJLR本社に招かれて、その概要とコンセプトカーをこっそり見せられていた。なかでも我々日本チームは道すがらクラシックセンターに立ち寄り、そこでEタイプやマーク2に乗り換えて本社へ向かったのだ。
冒頭に記した”アレ”とは、クラシックモデルの試乗のこと。それは、世界のなかでもとりわけジャガーというブランドに対する思い入れが(英国並みに)強い国から貴方達はやってきたということを我々も知っているという彼らの意思表示であると同時に、ヘリテージへの敬意は十分に払った上での一大決心であったということを理解しろという念押しだったと、振り返ってみて思うのだった。
裏を返せば、それほど衝撃的であったわけだ。正直、カラフルなブランドイメージやポップなモダンアート風のロゴまわりといった変化は、そういうこともあるだろうとまだしも冷静にみていたのだけれど、あの、ピンクシャンペン色のデザインコンセプトカーがアンベールされた瞬間は、正直に言って思わず色んな単語を飲み込んだ。
「革新的なBEVプラットフォームで全く新しいカスタマーを獲得する」(マネージングダイレクター ロジャー・グローバー)。「過去をすべて忘れ、車のみならず取り巻くすべての経験を全く新しいものに変える」(チーフクリエイティヴオフィサー ジェリー・マクガバン)。「変化の象徴をお見せしたい」(ブランドデザインダイレクター リチャード・スティーブンス)。首脳陣のプレゼンテーションを聴き、その昔、例えばEタイプが出現した時のような感動をきっと今再び、などとワクワクしながら期待していた”20世紀的クルマ好き”には、果たしてほとんど刺さらないデザインコンセプトが姿を現したのだった。
念のために言っておくと、タイプ00と名付けられたこのカタチは、変革のシンボルでしかない。全長5m、全幅2m、全高1.3m、ホイールベース3.1mの2ドアクーペ。ルーフラインが恐ろしく低いチョップドスタイルで、ホイールが大きいからホットウィールにも見える。今現在、走り出しているテストカーは、このコンセプトデザインをもとにAピラーを前に引っ張り出して4ドアとしたGTになる予定だ。フロントやリアのデザインモチーフは踏襲されるようで、価格的にはドイツ高級プレミアム以上、ベントレー以下という収まりどころらしい。XJの後継、というわけではなく、新生ジャガーとしては全く新しいカテゴリーのモデルを投入するという意気込みである。
コピー・ナッシング。何物にも似ない、という彼らの宣言はすなわち、過去との決別でもあった。それゆえ何かモチーフを歴史的に見つけることに、たとえ大昔に見つかったとしても、意味はない。過去を忘れる、とジェリーは言っているのだから。
Eタイプが登場したとき、人々はどう思ったのだろう。今となっては聞き出すことは不可能だけれど、おそらく馬車のようなカーデザインに慣れた人には新鮮な驚きだったに違いない。かっこ良い・悪いの判断もできなかっただろう。エンツォ・フェラーリが「Eタイプは世界一美しい車」だと言ったことは有名だが、同時にEタイプは自動車における近代美の創出であり、定義づけた車でもあった。それぐらいの期待を込めてアンベールを待った身には、ちょっと肩透かしを食らった気分でもあったのだ。もっと突拍子もないデザインが出てくると期待していたのに…
とまれ。Eタイプ的な自動車デザイン美を是とする50歳代以上の車好きは、ほとんど相手にされていないと思うべきだろう。なにせ古いジャガーを愛し、そして結果的には瀕死の状態にまで追い込んでしまった張本人であるからだ。
ロードン・グローバーははっきりと、「豊かで独立心も旺盛、いつも特別なデザインを探し、デジタルエンゲージメントの進んだ若い世代の人々にユニークな電気自動車を提供する」と言っている。そのために、販売の現場もラグジュアリィホテルやハイエンドブランドの”エグゼクティヴフロア”のような場所に転換するらしい。スマホや車に話しかけることが恥ずかしいと思う世代はハナから相手にしないというわけなのだ。
彼らの思惑通り、生まれ変わったジャガーのニュースは瞬く間にクルマ界最大のニュースとして沸騰ワードとなった。賛否両論どころではないように見受けられたけれども、だからこそそこまで話題となった。Eタイプの劣化コピーではそこまでニュースにならなかったであろう。
まずはジャガーというブランドの存在を再アピールした。ここまではどれだけ否定論があろうとも成功だ。次はプロダクトで真価を見せる番である。果たして、第一弾となる4ドアGTは、どれだけぶっ飛んで新しい車になっているのだろうか?
BEVに対して否定的な空気が流れる今であっても、彼らの信念には変わりないことも今回のプレビューでは肌で感じた。2050年のカーボンニュートラル実現に向けて電動化は不可避。ゴールポストは決まっているのだから、と方針を貫き通す覚悟も感じた。
新生ジャガーを”面白い!”と思う新たなマーケットが生まれるのかどうか。古い人間でもそこには興味がある。そして経営陣の信念を見る限り、ひとまずジャガーというブランドがなくなる心配もまた、しばらくはなさそうだ。クラシックセンターの充実ぶりを見るにつけ、どれだけ変化しようともヘリテージあるブランドは強いということも実感した。
ああ、それにしてもリボーンEタイプの楽しかったことよ!私は古い世代のままでいい。
文:西川 淳 写真:ジャガー
Words: Jun NISHIKAWA Photography: Jaguar