国内最大の展示会に見る肥料への熱視線
2024年の下水道展は、東京ビッグサイトで、7月末から8月初旬の4日間にわたって開かれた。4万9000人が来場した。
会場には、青や水色を使った近未来をイメージさせるブースが並び、ワイシャツに黒や紺のスラックス、黒川の靴という、いかにもサラリーマンらしい男性たちが闊歩(かっぽ)している。ふだん農業を取材している私は、入った途端、場違いな所に来た感じがして、たじろいだ。
月島JFEアクアソリューション、メタウォーター、水ing……。いかにも大手という巨大で凝った作りのブースを出している企業名に、全然ピンとこない。何なら水ingは、読み方すら分からなかった。荏原(えばら)製作所と三菱商事、日揮ホールディングスを株主とする同社は、上下水道の分野で、押しも押されもせぬ大手である。「スイング」と読む。
半端ないアウェー感。いったい何を聞けば良いのか。こう緊張しながら歩いていると、会場のあちこちで見慣れた存在を見かけ、ホッとした。肥料の入った小瓶である。
大手企業のブースを訪れると、大概端の方に台が据えられ、瓶が置かれていた。後ろの壁にパネルや電光掲示板が据え付けてあって、肥料についての説明が付いている。
鶴の一声と下水汚泥の肥料化
私たちが日々、トイレや台所の流し、洗面所、風呂などから流す生活排水は、一般的に下水処理場に流れ込む。そして微生物によって分解されて、泥状の下水汚泥になる。
この下水汚泥は肥料の三大要素(※)のうち、窒素とリン酸を豊富に含む。海外から輸入する肥料の原料が値上がりしており、貴重な国産資源として注目されている。
大手が肥料化に取り組む後押しになったのが、岸田文雄(きしだ・ふみお)前首相の鶴の一声だった。
2022年9月に開かれた政府の食料安定供給・農林水産業基盤強化本部の会合で、岸田前首相は次のように指示した。
「下水道事業を所管する国土交通省等と連携して、下水汚泥・堆肥等の未利用資源の利用拡大により、グリーン化を推進しつつ、肥料の国産化・安定供給を図ること」。これを受けて、国交省は下水汚泥の用途として、肥料化を最優先とする方針を出した。このこともあって、今回の下水道展では「Ge(ジーイー)マッチングBig」なるマッチングと情報交換の場まで設けられた。これは、下水道と肥料利用、あるいは太陽光発電の掛け合わせに特化したものだ。
肥料に関連して、自治体や企業などが23のブースを出した。
※植物の生育に特に重要な三つの栄養素で、窒素、リン酸、カリを指す
苦肉の策で海外輸出も
マッチング会場全体が賑わいを見せる中、特に訪問者の多かったブースの一つが、広島堆肥プラント株式会社(廿日市市)だった。同社は1994年創業で、広島県西部の山口県との県境の山間部に位置する。下水汚泥や食品残渣などを広島と山口の両県の行政や企業から受け入れ、堆肥にして販売してきた。
同社は数年前からベトナムに輸出を始めた。周辺地域の農家が高齢化していて、新規の顧客を開拓しているものの、堆肥を地元でさばききれなくなってきた。そこで、中国やベトナムといった海外に新たな販路を求めてきた。
「国内での販路開拓は、課題です。数年前に堆肥が売り切れない状況になり、ベトナムへの販路を開拓しました」。大橋洋稔(おおはし・ひろとし)さんがこう説明する。輸出した堆肥は、マンゴーのような付加価値の高い果物に施される。
同社は、産廃の処理業者であり、廃棄物を受け入れる際に処理費を受け取っている。産廃を適正に処理して出すことに重点が置かれる。船運賃もかかる輸出は、割が良いとは言えない。作った肥料を出すことが最優先で、利益はその次という実情がある。
国内で販路を確保しにくい理由として、汚泥のイメージの悪さも影響している。同社は製造した堆肥を肥料として登録しており、重金属といった有害物質の数値は基準を下回っている。安全性に問題ないにもかかわらず、避けられがちという悩みがある。
「化学肥料の輸入量を減らして、下水汚泥といった国内資源から取れたリンを国内の農家に使ってもらうという循環を、目標に掲げてやってきました。製造する肥料が粉末状で、機械でまきにくいので、今後は国の補助金も活用しながら、ペレット状に造粒する機械を導入したいと考えています」(大橋さん)
大橋さんになかなか声を掛けられなかったほど、商談客がひっきりなしに訪れていた。下水道関連の企業で、堆肥の原料や輸出の条件などを詳しく聞いているところもあった。下水汚泥を肥料にしたいが、国内で使い切れないかもしれない。そんな期待と不安が、やり取りから見てとれた。
農業利用に難しさも
農業に使う難しさを指摘する声も聞かれた。
水処理やゴミ処理のプラントメーカーである株式会社タクマ(兵庫県尼崎市)の環境本部長付参事の株丹直樹(かぶたん・なおき)さんはこう話す。
「下水汚泥を燃やした焼却炉の灰には、リンが濃縮しています。我々は焼却炉のメーカーなので、灰からリンを回収できないかと考えています」
株丹さんは、汚泥処理のエキスパートで、『絵とき下水・汚泥処理の基礎』(タクマ環境技術研究会編、オーム社、2005年)を執筆している。
同社は、回収したリンの用途として、必ずしも肥料にこだわらないという。
「入ったものが出ていくということで考えると、『合流式』とよばれる、黎明期に作られた雨水と生活排水の両方が流入する下水道だと、土壌によっては重金属が流入してきます。最終的に化学処理をして取り除く場合は別ですけど、それをいくら焼いたところで、灰を肥料としてまく場合には重金属の問題が生じてくる。その点がネックかなとは思います」(株丹さん)
農産物は最終的に人の口に入るため、肥料法に定める重金属の基準を緩めるという要望はしづらいという。
工業用途も期待される回収リン
リンの主たる原料はリン鉱石だ。日本はその全量を輸入している。
「下水から回収されたリンの8割は肥料に利用されていますけど、残り2割は工業利用されています。半導体の表面を加工するのに使うエッチング剤も、リンが必要なんですよ。リンは非常に大事なものなので、リンを回収することはこの国のためになるんじゃないか」(株丹さん)
リンは、食品添加物や歯磨き粉にも使われる。リンの輸入元として日本が頼っているのが中国だ。
「中国は、リン鉱石を戦略的な鉱物に指定しています。台湾有事とか、何かあった場合に肥料の輸入が止まることもさることながら、食品添加物や半導体のリンも止まっちゃう。工業用途のリンを確保するということも、非常に重要なんです」(株丹さん)
取材後記
下水道展を訪れて、下水汚泥の肥料化の過熱ぶりを肌で感じた。少なくない下水道関連メーカーが肥料のサンプルを作り、展示していた。一方で、実際に農家に使われ、効果が確認されているものは一部にとどまる。
ブーム的な盛り上がりが去った後も、農業現場で使い続けられるのか。これからが正念場だ。