公開以来数々の国際映画祭で上映されてきた映画『カオルの葬式』。岡山県北部にある寺を舞台に、古来より微かに残る葬儀と今を生きる人々の姿を色鮮やかに描き、海外の映画祭でも多数上映され好評を博してきた。
2023年12月に岡山から世界に先駆け特別先行上映を行った本作は、11月22日より新宿武蔵野館から全国順次公開がスタートした。今回は、主人公・カオルの娘である薫を演じた新津ちせと、湯浅典子監督にインタビュー。今だからこそ語れるキャスティングの経緯や役作りで意識したこと、岡山ロケの舞台裏などについても話を聞いた。
応募者1,000人のオーディション まっすぐな眼差しで役をつかむ
――まずは湯浅監督にお聞きしたいのですが、本作はオーディションで約1,000人の応募からキャスティングされたと伺いました。主人公の娘であり作品の中枢を担う薫に、新津さんを選ばれた理由はどんなところにありましたか?
湯浅:薫という役は、この作品の中で1人だけすごく大事なことをいう役柄なんです。「人はなぜ死ぬのか」という、誰も答えを持たないけど誰もが抱いている普遍的な問いを、真っ直ぐな視線で投げかけられる人であることが重要で、それが新津ちせという女優なら間違いないと思ってお願いしました。
――理由を聞いてみて、どうですか?
新津:照れます(笑)。
――逆に、新津さんから見た湯浅監督の印象も伺えたら。
新津:やわらかい感じの印象があります。やわらかくて、明るい。
湯浅:私も照れちゃう(笑)。そういってもらえると嬉しいですね。
――実年齢(撮影当時12歳)より幼い9歳の役どころでしたが、撮影の際、監督からどんなアドバイスがありましたか?
新津:……もらいましたっけ……?
湯浅:申し訳ないんですが、本当にしてないんです(笑)。私としてはオーディションで選ばせていただいて、100%の満足度で役をお願いしているので、撮影に入ってからのお芝居には何も言うことはなくて。
何だったら、この作品はちょうどコロナ禍で撮影が順延したので、その間に決まったキャストに合わせて脚本を当て書きし直しています。
新津:そうなんですか?
湯浅:最初はもっと幼い雰囲気の役で、今のように自分の理論を持っているようなイメージでは書いていなかったんです。ただ、衣装合わせのときにちせさんが自分のメガネをかけて来てくれた姿にビビッときて。
メガネの奥の瞳にこの子が何を見ているのか、そんな想像が膨らむような間を作れたらと思って、ちせさんの持っているものを活かした今の薫のキャラクターになりました。
――メガネは私物だったんですか?
新津:はい。当時、普通に使っていたものをかけていったら、それが採用になってびっくりしました。
――あのビジュアルにそんな裏側があったとは驚きです。薫という役柄を新津さん自身はどういう風に捉えていましたか?
新津:あんまり口数が多くないんですけど、母を亡くしたという喪失感がありつつも芯はあって、口にする言葉にちゃんと自分の思いが乗っかっている子です。
ちょっと場をかき乱したり突飛に見える行動もあったりするけれど、彼女の中ではちゃんと自分の理論にちゃんと芯が通ってるので、彼女は今どういうことを思ってこの行動をしたんだろうと自分でも考えて、筋を通して演じることを意識していました。
湯浅:実は衣装合わせの前に、ちせさんから長いお手紙をいただいたんです。質問状と言って良いのかな? 脚本を読んで知りたいと思ったことがたくさん書いてあったので、私もいっぱいお返事を書かせてもらいました。だからこそ、現場で言うことはなかったんです。
――作品に入る前に念入りに準備をするタイプなんですね。
新津:今回は特に、台詞で説明するより画の中で見せるシーンが多いので、「台本のここはどういうことなんだろう? 」と思うことが多くて、質問しました。
人生初の五右衛門風呂に鹿との遭遇 岡山ロケの思い出
――岡山が舞台の本作ですが、ロケでの思い出はありますか?
新津:3週間くらい泊まりがけで撮影していたのですが、当時はコロナ禍だったので基本的にはホテルにいたんです。時々マネージャーさんと道の駅に行ってお土産を買うのが楽しみでした。あと、大量の教材を持ち込んでいたので、オフの日は勉強をしていました……。
湯浅:現場でも「今日ちせちゃん何してるの? 」「ずっと勉強してるらしいよ」という噂はずっと流れていました(笑)。
――時期的に、集まって何かするのも難しいタイミングだったんですね。
新津:最後の方に1回だけみんなでバーベキューのようなことをしたのが楽しかったです。お寺の子どもたちと一緒に手持ち花火をしたりして、すごく思い出に残ってます。
湯浅:撮影期間の最後の方でようやく状況が落ち着いてきたので、撮影隊とロケを支えてくださった地元の方と、みんなで集まることができました。
――作中に登場する伝統的な家屋やお寺も、ロケ地に実際にあったものと伺いました。今ではほとんど見かけなくなった五右衛門風呂も登場しますね。
湯浅:はい。あるならぜひ撮りたいというリクエストをしたところ、地元の方の家にあるものを使わせていただけたんです。
新津:ロケ地からさらに山の中に入っていったところにあって、行く途中で鹿に遭遇しました。
――すごい環境です! 実際に入ってみた五右衛門風呂はどうでしたか?
新津:生まれて初めて入ったんですが、適温で気持ち良かったです! おうちの方が沸かしてくださっているカットもあって、それもすごく素敵でした。
――本作のテーマとなっているお葬式も、地域の習わしに沿ったものですよね。薫がお母さんに死に化粧を施すシーンもありました。
新津:こういう葬儀って都会ではもう薄れていると思うので、初めての経験でした。死に化粧は、やっていて気が引き締まるというか、厳かな気持ちになりました。
湯浅:地元の葬儀社の方やお寺のご住職が実際に出演してくださって、その場にもずっといてくれたので、本当に地域の方に支えられてできた作品です。
変わらない『ウマ娘』愛 競馬にも興味津々「日曜日の昼間に…」
――改めて撮影を振り返って、この作品を通してご自身の成長を感じられたところはどんなところだと思いますか?
新津:この作品は、物言わずしてというか、目で語るシーンや仕草で語るシーンが多くて、それがすごく学びになりました。船上でのラストシーンの空気感がすごく好きで、あんな風に台詞がなくても雰囲気が伝わるような演技をさせてもらったし、これからもしたいなと思うようになりました。
――ありがとうございます。お仕事だけでなく、学校の部活でも演劇部に入られていると前回のインタビューでもお話しされていました。
新津:演劇部は校内の定期公演に向けたオーディションがあって、役をもらえたのでそれに向けて練習しています。
――お仕事だけでなく学校でもお芝居をされているんですね。裏方も自分たちでやったりするんですか?
新津:普段一緒に過ごしてる同級生とやるお芝居はすごく新鮮で面白いです。裏方は今はまだなんですが、ぜひやってみたくて。これから照明とか大道具とかの経験も積んでいきたいと思っています。
――他に、最近ハマっていることはありますか?
新津:前回の取材でもお話ししたんですが、『ウマ娘』がずっと大好きでハマっています。アニメも好きなんですが、『ウマ娘』がきっかけで競馬も見るようになって、テレビで競馬も見るようになりました。
――競馬ですか!?
新津: 学校に競馬友達が一人いるので、その子と話して盛り上がることが多いんですが、見るのは一人です。家族で競馬を見るのは私だけなので、日曜日の昼間に一人でテレビに張り付いて応援しています。テンションが上がると大声を出して応援することもあります(笑)。
――それはちょっと意外です! 次のインタビューの機会に、また部活動と『ウマ娘』ブームの行方を教えてください。
新津:はい、ぜひ!
■新津ちせ
2010年生まれ、東京都出身。2014年にミュージカル『ミス・サイゴン』のタム役でデビュー。2017年、映画『3月のライオン』出演で注目を浴び、米津玄師が手掛けた、NHK2020応援ソングプロジェクトによる応援ソング「パプリカ」を歌うFoorinのメンバーとしても活躍、NHK紅白歌合戦にも出場した。近年の主な出演作に連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』(21年、22年)、ドラマ『サ道』(22年)、『いりびと-異邦人-』(21年)、映画『凪の島』(22年)、『雑魚どもよ、大志を抱け!』(23年)、『First Love 初恋』(22年)、美少女戦士セーラームーン30周年記念『Musical Festival -Chronicle-』(22年)など。
■湯浅典子
1976年、岡山市生まれ。東京都立大学工学部卒業後、木下プロダクション(現・TBSスパークル)に入社。2013年、フリーランスになりさまざまなテレビドラマの演出・プロデュースに携わる。近年は、Amazon Prime Video連続ドラマ『日本をゆっくり走ってみたよ~あの娘のために日本一周~』(2017年)で、自身の企画としてプロデュース&メイン監督を務めた。