NHK総合の音楽ライブ・ドキュメント番組『tiny desk concerts JAPAN』の 12月9日(月)23:00からの放送回に、ミュージシャンの矢野顕子と三味線奏者の上妻宏光によるコラボユニット「やのとあがつま」が出演する。
”日本の民謡を新しい音楽として再起動(リブート)する”プロジェクトとして2019年に結成され活動を続けるこのユニットは、民謡をモチーフに、2人の演奏はもちろん、曲ごとにそれぞれがボーカルをとるスタイルを取っている。今回はシンセサイザーで深澤秀行が加わり、3人編成でのライブ収録が行われた。その収録の模様をレポートするとともに、ライブ終了後の「やのとあがつま」へのインタビューをお届けする。
※以下、ネタバレあり
左から、上妻宏光、矢野顕子、深澤秀行
◎収録レポート
収録時間になると、NHKのオフィスの一角に作られたスペースに設置されたピアノ、キーボードなどを取り囲むように、NHKで働くスタッフたちが観覧に集まってきた。少し遠慮気味に遠巻きに見ているスタッフたちに対して番組スタッフは、「せっかくですからもっと前に来て観てください」と促す。確かに、こんなに間近で2人の生演奏、生声のライブで観ることは二度とないかもしれないというほど、スペシャルな環境だ。ギュッと前方に詰め掛けたオーディエンスを前に、出演者の3人が呼び込まれた。
盛大な拍手で迎えられた矢野、上妻、深澤の3人は、まずはサウンドチェックを行うと、そのまま和やかな雰囲気でライブをスタートさせた。深澤が棒状の金属を指で操作しつつ煌びやかな音を散りばめながらシンセで無機質なリズムを刻みだすと、矢野がピアノを弾き始めて歌い出したのは、富山県民謡「こきりこ節」。少しずつ上妻のコーラスと三味線が加わって、曲の輪郭を描き出す。上妻が主旋律を歌うと矢野が声を重ねて行く。穏やかなピアノと三味線の音が絡み合い、観客は息を飲んでじっと3人の姿を見つめて聴き入っている。
「こんにちは! やのとあがつま、何のひねりもない名前の、矢野顕子と上妻宏光のユニットです(笑)。今日は私たちの演奏には欠かせない、電子部門担当の深澤秀行さんと一緒に良い音楽を作っていきたいと思います」(矢野)
続いては、ピンキーとキラーズ「恋の季節」のカバーを披露。矢野のカウントから入り、ピアノと三味線で軽快にフレーズを刻み、少しダークな音像でドライブ感を出して行く。矢野はサビで左手でピアノ、右手でキーボードを叩く。途中、上妻が圧巻のソロ演奏を聴かせたりと、オリジナルの印象とは異なるクールでソリッドな1曲となった。滋賀県の民謡であることを紹介してから演奏が始まった「淡海節 tiny desk ver.」では、深澤が繰り出す大海原の上を走る風のようなサウンドに、矢野が弾くキーボードの音が加わり、サイケデリックなムードの中、朗々と歌う上妻。オフィスの一角が、別世界へと誘われた。
曲間で、上妻がチューニングしつつ弾くフレーズを、矢野が即興でレスポンスするシーンも。リラックスした中にも、一流ミュージシャンならではの卓越した演奏技術が垣間見える。ジャムセッション的に始まったのは、「Rose Garden」。矢野のアルバム『ただいま。』(1981年)収録曲で、原曲はテクノポップながら同じく矢野のアルバム『ふたりぼっちで行こう』(2018年)で上妻と2人で再構築した楽曲だ。ところどころでピアノと三味線がぶつかるようにキメを作りやがて融合していく。白熱した演奏によるグルーヴが生み出され、最後にビシッと曲を締めると、この日一番の大きな拍手が沸き起こった。
MCでは、矢野が住んでいるニューヨークでも『tiny desk concerts JAPAN』を観ることができ、何度も観ていることを明かす。上妻も番組を観ているそうで、「なかなかこういう環境でやることはないですよね」と周囲を眺め、今いるシチュエーションを新鮮に感じている様子だった。
ライブを再開すると、4つ打ちのリズムと矢野のピアノによる弾むリフと上妻の三味線のユニゾンを楽しめるオリジナル曲「いけるかも」から、ラストはねぶた祭りを基にした「ふなまち唄 PART Ⅲ」を矢野が熱唱。「ラッセーラ! ラッセーラ!」と上妻と共に歌声が昂って行くと、フロア中から大きな手拍手と「ラッセーラ! ラッセーラ!」の掛け声が集まってきた。2人だけの演奏とは思えないほどのぶ厚くダイナミックなサウンドと歌に、いつの間にか、まるで大きなホール会場にいるような気分になっていた。ラスト、矢野が歌いながら立ち上がると、「ラッセーラ! ラッセーラ!」と出演者と観客の声がひとつになり、ライブは大団円で終了となった。演奏中の矢野、上妻、深澤の時折目を合わせて楽し気に微笑みあう姿と、満足そうにそれぞれの職場へと戻っていく観客たちの姿が、心地良い余韻と共にとても印象に残った。
やのとあがつま:tiny desk concerts出演を振り返って
―先ほどは、間近で貴重なライブを観ることができて感激でした。オフィスの一角のスペースでNHKで働くスタッフさんたちを前にした変わった環境でのライブでしたが、いかがでしたか?
矢野顕子(以下、矢野):まあ、私も上妻さんも、どこでやってもやることは同じなので。お客さんが10人ぐらいでも1000人でもそこにパフォーマンスする上での差はないもんね?
上妻宏光(以下、上妻):そうですね。僕で言うと、通常だともっと、例えば音の返しであったりとか音の出方が違うと思うんですけども、矢野さん発信の音の周波数というか、音の感情というものを、よりダイレクトに捉えること、感じることができたので、ここならではの矢野さん、深澤さんの音っていうものを体に入れながら表現できたかなという風に思います。
矢野:今日は多分私たちのことを初めて見た人たちが多かったと思うんですけど、でもなんかオーディエンスのためにやってるっていうよりも、私たちが楽しくてやってるって感じですよね。
上妻:うん、楽しかったですよね。
―最後の曲では、矢野さんも立ち上がって、みんな一体になって本当に広いコンサート会場にいるような気分にもなりました。ただそういう会場とは違って今回はスピーカーを通さない生の歌と演奏でした。今日のような形で音楽を届けることはこれまでも結構ありましたか。
矢野:私たちは、基本それだもんね? 一応の電子音も鳴ってはいますが、元々の結成の動機っていうのは、「2人の音を出したい」っていうことが基本なので。それをどうやって面白くするかとかっていうのは、レコードを作ったりすればできますけど、基本的にはこういうふうに2人の中から出てきたものをみんなが観て、一緒に楽しくなってくれたらいいなって思ってます。
上妻:もともと、そんなに大音量でやるというスタイルではないし、矢野さんの生音や声に寄り添って自分もバランスをどうしようかなって考えてます。もしかしたらPA的に多少補うっていうこともあったと思うんですけど、最初のニューヨーク公演の時も大音量ではなく、生音に近い感覚だったので、割と今回の形に近いような感覚はありますね。
―今日のライブを観て、この楽器編成とは思えないサウンドだったというか、例えばピンキーとキラーズ「恋の季節」のカバーはスワンプ・ロックみたいになっていて驚きました。
上妻:それは、矢野さんの歌唱とアレンジとかっていうのがやっぱり大きいですよね。僕はただもう乗っかってるだけなので(笑)。
矢野:やっぱり三味線であのフレーズっていうのがいいですよね。
―ピアノと三味線でグルーヴが生まれるっていうところが、国内外を問わず注目される音楽なんだろうなって感じます。
上妻:そうですね。それも、ちゃんとした2人のグルーヴがないとできないと思うんです。人によってはドラム、ベースを聴いて、それに乗っかるミュージシャンもいるのかもしれないですけど、矢野さんのグルーヴもあるし、自分は自分のグルーヴもあるので、その中でミックスしたものの頂点でグルーヴが合うというのが、多分「やのとあがつま」の独特な世界かなと思うんですよ。
矢野:そうだね。ドラムもベースもいないんだもんね。
上妻:矢野さんのインプロビゼーションというか、その場でしかできないフレーズとか歌い回しとかあると、僕も何回か声を出したくなる瞬間がありますね。
―ライブのMCで、お2人とも『tiny desk concerts JAPAN』をご覧になっているとおっしゃていましたが、番組をどのように感じて観ていらっしゃったんでしょうか?
矢野:私は、もとになっているアメリカの番組の大ファンで、有名無名に関わらずよく観ています。やっぱり楽しいですよね。普段、大きなところでPAを入れてやってる人たちも、アコギ1本でやんなくちゃいけないとか、音楽のエッセンスがポンッと出てくるので。
上妻:僕も同じく本国の番組はずっと見ていました。やっぱりシンプルだからこそ余計そのアーティストの本質が問われるというか、一発録りなので逃げも隠れもできないというか。昔のミュージシャンはダビングできないことをずっとやってきたわけですし、それがダビング慣れしてきて完成された音楽っていうのは、今はたくさんあると思うんです。ただ、我々はそういうところで言うとダビングをそんなにするタイプではないので。だからすごいとかじゃなくて、ちょっと粗があったとしても、その臨場感がまた自分の味だったりとか。まあ、なかなか粗もないんですけども(笑)。
矢野:フフフフ(笑)。
上妻:そういう魅力がある番組だと思いますし、そこに参加できたというのは、僕らもすごく幸せですね。
―すごくミュージシャンシップを感じることができる番組というか。
上妻:そう思いますね。
矢野:うん、そうですね。
―ちなみに、今日は演奏するときに緊張されましたか?
上妻:僕の場合は、人が集まったことによって音がどのぐらい変わるのかなぐらいのことはちょっとよぎりましたけど、もう信頼を置いてる方なので。出れば別にそんなことはなかったですかね。
矢野:私は緊張はしてないですけれども、ちょっと失敗もありました。
上妻:失敗あったんですか(笑)?
矢野:まあでも別にもう過ぎたことですし。
上妻:結果何ができたかっていうことですもんね?
矢野:そう、みんなが笑顔になってくだされば、それでいいんです。
―ライブには、シンセサイザーの深澤秀行さんも参加されましたが、お2人にとってどんな存在ですか。
矢野:2人だけでももちろん、音楽と音楽がぶつかったり、一緒に合わさったりという要素だけでもできるんですけれども、電子音で組み立てた音やあらかじめ作った音、時々は即興でも参加してもらうことで、2人だけで鳴ったものに違う要素が入るんです。音的にもそうですし見てくれもそうですけど、やっぱり新しくなるので。今日はちょうど満遍なく、普通の2人だけの曲と、シンセサイザーを入れたものを混ぜて同量ぐらいでやりましたけど、でもこれが多分、「やのとあがつま」の面白さだと思います。
上妻:深澤さんが入っていただくことによって、デジタルと我々の生楽器から出すアナログの0と1の間の割り切れないものを感じられる両方の世界を表現できると思います。アナログとデジタルを行き来することによって躍動感が出て、2人のインプロの即興の良さを表現できるのも、深澤さんが入ってくださることですごく活きるのかなと思いますね。
―では最後に、番組のファンのみなさんに「やのとあがつま」のライブのみどころについてひと言ずついただけますか。
矢野:民謡を素材にしたものとか、昔からあるものを使っていますけど、私たちが古いものをやると全然違うものになるので、その味を楽しんでくれたらいいなと思います。それでまた、「民謡って面白いよね」って思ってもらえたらいいよね?
上妻:そうですよね。僕はもう根っからというか6歳から民謡をやってる人間なので。やっぱり民謡の良さというか、メロディーの強さとかグルーヴっていうものがあるので、それを我々がやることによって、また違う民謡の表現、日本の良さとかを世界の人にも感じてもらえたらなと思います。
<放送予定>
2024年12月9日(月)23:00~NHK総合
※NHKプラスでの同時・見逃し配信あり
tiny desk concerts JAPAN