国土交通省は11月18日、ひたちなか海浜鉄道湊線の延伸計画のうち、那珂湊駅から「新駅1(仮称)」まで約1.4kmの工事実施を認可した。「新駅1(仮称)」はひたち海浜公園の南口・赤のゲートに近く、園内交通「シーサイドトレイン」に乗り継げば、コキアやネモフィラで有名な「みはらしの丘」に行ける。南側にて工業団地も拡張予定で、通勤需要も見込めるという。
ひたちなか海浜鉄道はひたちなか市が出資する第三セクター鉄道会社。2008年に茨城交通湊線の鉄道事業を引き継いだ。湊線はJR常磐線の勝田駅から海へ向かい、那珂湊駅から海沿いを北上して阿字ヶ浦駅に至る、14.3kmの単線非電化路線。延伸計画は約3.1kmで、阿字ヶ浦駅からさらに北へ向かい、ひたち海浜公園に沿って西へ進み、南口・赤のゲート付近に「新駅1(仮称)」を設置する。ここまでが第1工区で、計画はさらに西へ進み、西口・翼のゲートに至る。
工事認可を申請するにあたり、詳細な図面が提出されたはずで、どんな線路か、どんな駅になるか、確認したいところだが公開されていない。茨城県の条例で、7.5km未満の鉄道建設について環境影響評価は不要となっているからだろう。
第1工区をたどってみる。阿字ヶ浦駅は列車交換可能な中間駅に改造され、増発と快速列車の運行に対応する。そこから緩やかな左カーブ。ここは盛土による勾配区間となる。計画線上にいくつか民家があり、移転に協力してもらう必要がある。ただし、この付近一帯は農地を切り売りした住宅密集地となっていて、「阿字ヶ浦土地区画整理事業区域」に指定された。線路のルート上の住戸は対象地域外のようだが、線路敷設をきっかけに区画整理し、緊急自動車も走行可能な道路が整備される。
盛土カーブの外側に低層ビルが2棟ある。ただし窓は少ない。この建物は、日米間海底ケーブル「PC-1」の陸揚げ基地だという。ここから太平洋を横断する光ケーブルが米国・シアトル郊外までつながっている。この建物の移転は難しく、かすめるように線路を敷くことになるだろう。陸揚げ基地から内陸へ向かう通信ケーブルが湊線の敷地を通っている。光ファイバーに敷地を貸与した使用料はひたちなか海浜鉄道の大きな副収入になっている。
盛土区間から高架に上がった列車から、キャンプ場越しに太平洋が見えるはず。ひたちなか海浜鉄道はその名前に反して海が見える区間が少ないから、車窓の新名所になるかもしれない。線路は高架のまま、ひたち海浜公園に沿う県道247号線の南側を西へ向かい、県道245号線の手前に「新駅1(仮称)」ができる。
「新駅1(仮称)」は南口・翼のゲートから直線距離で約200m離れており、現状の道のりだと約330mも歩くことになる。高架駅として南口・赤のゲートまで歩道橋を設置すれば、県道247号線を横断歩道で渡らずに済む。そもそも高架区間で県道247号線を超えて、県道247号線の北側に線路を敷き、駅を設置したほうが安全だと思う。国有地だから難しいのだろうか。
南口・翼のゲートはひたち海浜公園の南端にある。ネモフィラやコキアで有名な「みはらしの丘」とは離れているものの、園内交通のシーサイドトレインが巡回している。そうなると、公園西口方面の延伸にこだわる必要もないかもしれない。
ウクライナ情勢と円安で事業費が高騰した
ひたちなか海浜鉄道湊線の延伸は、同社代表取締役社長の吉田千秋氏が構想していた。終点の阿字ヶ浦駅からひたち海浜公園まで、直線距離でわずか1kmほど。ひたち海浜公園は四季を通じて花が咲く。とくに春のネモフィラ、冬のコキアが有名で、2010年頃からSNSで話題になり人気が上がっていた。ここまで湊線を延伸すれば、勝田駅からバスで訪れる人が鉄道に切り替えるはず。沿線にある「那珂湊おさかな市場」への回遊も期待できるだろう。
2013年2月、ひたちなか市長は定例会見で、ひたちなか海浜鉄道湊線をひたち海浜公園まで整備すると表明。2013年度に1,000万円の調査費を計上した。2016年の報道時点では、3駅を設置する予定だった。阿字ヶ浦駅から順に、阿字ヶ浦駅の北に「新駅1(仮称)」、ひたち海浜公園中央ゲート付近に「新駅2(仮称)」、海浜公園西口・翼のゲート付近に「新駅3(仮称)」となっていた。
この時点で、事業費は約65億円だった。しかし常陸那珂有料道路のひたち海浜公園インターチェンジ付近を高架で横切るにあたり、安全面を考慮して勾配を延長する必要があった。2018年に策定された基本計画では、高架区間を増やした分、概算事業費が増えている。3駅設置する予定だった新駅のうち、ひたち海浜公園中央ゲート付近を保留した。それでも事業費は約78億円に増額となった。この計画で2021年1月に国の事業認可を受けている。
ところが、工事認可申請の前に情勢が変わった。2022年2月にロシアがウクライナに侵攻した影響と、円安で建設原材料が高騰した。万博や新幹線建設、アフターコロナによる大規模建設事業再開で、人手不足も深刻化した。約78億円の総事業費は約126億円にまで膨らんだ。国が事業認可した時点で費用便益比は「1」を上回っていたが、新たな試算で「1」を下回るおそれがあった。
そこで計画が再度見直され、「新駅1(仮称)」をひたち海浜公園南口・赤のゲート付近に移転した上で、ここまでを第1工区として先行開業する計画に変更した。西口までの工事認可申請は、第1工区の開業後、2030年に検討するという。ウクライナ侵攻が終結し、円安も落ち着き、資材価格が下がってから予定通りに西口まで延伸するという考え方もあるが、ひたちなか市はそれを待てなかった。背景には、市内交通の円滑化という課題があった。
延伸は「奇跡」ではなく「必然」だった
勝田駅とひたち海浜公園は昭和通りという道路で結ばれている。ほぼ直線的で、片側2車線の幹線道路になっている。これに対し、ひたちなか海浜鉄道湊線は単線で、南側に大きく迂回しており、延伸しても遠回りになる。ひたちなか海浜鉄道の延伸は、単なるローカル線再生事業にも見えるが、ひたちなか市にとっては、市内の交通問題を解決する切り札だった。
コキア、ネモフィラなどの鑑賞シーズンをはじめ、ひたち海浜公園でイベントが開催されると、昭和通りが混雑する。昭和通りは生活道路でもあり、休日は沿道の施設に向かう買い物客も渋滞に巻き込まれる。市街からの自動車が通る東水戸道路、常陸那珂有料道路も出口渋滞が激しい。インターチェンジから市内の道路も渋滞するという。直行ルートの自動車よりも、迂回路の鉄道のほうが早く確実に到着できる状況になっている。
そこで、ひたちなか市は観光シーズンに自動車の交通量を鉄道へ転移させるため、阿字ヶ浦駅からひたち海浜公園に向けて無料シャトルバスを運行し、鉄道延伸の可能性を探ってきた。ひたちなか海浜鉄道も「海浜公園入園券付湊線1日フリー切符」を用意した。その結果、ひたち海浜公園と「那珂湊おさかな市場」を組み合わせた回遊コースが定着した。
ひたちなか市が2017年に策定した「ひたちなか市地域公共交通網形成計画」によると、ひたち海浜公園の来場者アンケートの結果、87.5%が自家用車利用だったという。ひたち海浜公園の前後に立ち寄った場所を見ると、「なし」が33%、次いで「那珂湊おさかな市場」が32.5%だった。どちらもひたちなか海浜鉄道を利用できる。。
アンケートでは、湊線が延伸された場合について、自動車利用者のうち「湊線を利用する」が2.9%、「湊線の利用を検討する」が17.9%となった。あわせて20.8%が鉄道利用を視野に入れている。勝田駅からバス、阿字ヶ浦駅からバス、観光バスなど、自家用車以外の来園者は「湊線を利用する」が16.8%、「湊線の利用を検討する」が28.0%となった。
市の南側で発生する渋滞は、大洗方面と「那珂湊おさかな市場」へ向かう自動車の交通量による。道路の拡張にも限界があり、そもそも駐車場が足りず、かといってこれ以上の拡張も難しい。こちらも鉄道利用を促したい。そうした利用意向を反映して、2021年の事業認可申請では費用便益比「1.05(30年)」「1.18(50年)」という、整備新幹線の着工水準になりうる数値となった。
第三セクターのローカル線といえば、赤字路線で自治体の補助金頼みという状況であることが多い。一方、ひたちなか海浜鉄道は増発や最終列車の繰下げなど、通勤通学利用者に向けた施策を打ち出し、2018年に黒字決算を達成した。じつは2011年度も黒字決算になる見込みだったが、同年3月の東日本大震災で被災したため、達成できなかった。4カ月以上の長期運休と復旧工事もあり、7年後に念願の黒字達成となった。
赤字だったローカル鉄道が震災被災から復興し、黒字化して延伸事業に着手する。これが報道などで「奇跡のローカル線」と紹介された。筆者も「奇跡のローカル線」という言葉を使ったが、調べてみればこれは「神業」ではない。鉄道会社による「集客努力の積み重ね」と、行政による「市民の交通を見通した支援」による結果である。延伸区間が予想した通りに集客できれば、ローカル線再生の教科書に新たなページを折り込むことになるはずだ。