茨城県境町が、ユナイテッドアローズ(以下UA)をはじめとするパートナー企業の協力を得て、活気ある町づくりに向けた取り組みを加速させている。UAは町の広報誌、グッズ、観光案内所、ふるさと納税の返礼品、果ては小学校・中学校の体操服までプロデュース。町内には、UAオリジナルデザインの高速バス・自動運転バスも走る。このほか、建築家の隈研吾氏が設計した民間施設や美術館なども相次いで完成。東京五輪2020大会で使用された大型施設が移設されると、スポーツの世界大会の招致まで視野に入った。変わりゆく茨城県境町の姿を見てきた。
■取引企業が取り持った縁
茨城県境町とUAは2024年11月25日に包括連携パートナーシップを締結した。両者は当初、ふるさと納税の返礼品における協業を目指していた。その話し合いが、やがて町全体のプロデュースという大きな話に発展する。ユナイテッドアローズ 代表取締役の松崎善則氏は「境町と一緒に、どんなことができるだろうか――。足掛け2年ほど、町の皆さまと様々な話し合いを重ねてきました。僭越ながら、私たちの力で境町の魅力を全国に向けて発信していければと考えています」と力を込める。
境町とUAを結びつけたのは、石川県の化学素材メーカーである小松マテーレだった。同社は長年、境町に建材を納入してきた。またアパレル業界にも太いパイプを持っており、生地の納品先のひとつがUAだった。ちなみに小松マテーレとUAのコラボでは、高品質のダウンジャケット「KOMATSU DOWN」などのヒット商品も生んでいる。
境町長の橋本正裕氏は「人口約2万4,000人の小さな町ですが、このたびUA様と組むことができました。両者がメリットを享受できるような、そんなコラボレーションに育んでいけたらと思います」とし、今後の展開に期待を寄せる。
■UAスタンドで情報発信
町内をめぐり、いくつかのスポットを見学した。
道の駅さかいには12月7日以降の毎週末、観光案内所「ユナイテッドアローズ スタンド」がお目見えする。ここではUAがプロデュースしたフード、ドリンクを販売。また同社が編集を手がけた町の広報誌SAKAIMACHI GUIDEを配布する。ちなみに”UA”の2文字をモチーフにしたベンチ、テーブル、ハンガーラックなどが目を引くこちらのスタンドを設計したのは、隈研吾建築都市設計事務所。
ユナイテッドアローズ スタンドは移動式。今後、境町の魅力を発信すべく全国を巡回するという。
■老舗酒造とコラボ
国内外からクラフトビールや日本酒を中心にセレクトし、販売を行っているUNITED ARROWS BOTTLE SHOPは、地域の老舗酒造 萩原酒造とコラボ。境町産の米「一番星」を贅沢に使った日本酒『TOKUMASAMUNE Lab. sweet /sour』を開発した。ふるさと納税の返礼品として提供するほか、道の駅さかい、同社オンラインストアでも販売する。sweet、sourどちらも容量は720mlで製造本数は各1,000本、価格は3,300円。
萩原酒造の萩原康久氏は「sweetは生酛(きもと)造り、sourは白麹仕込みと、それぞれ醸造のスタイルを変えています。甘味と酸味のある、甘酸っぱさが特徴です。日本酒というよりは、白ワインに近い味わいです」と説明する。
■アートのある町にしたい
チャレンジキッチンやシェアオフィスを備えた起業者向け施設「S-START UPさかい創業支援センター」も本格始動している。遊休施設となっていた旧法務局を再利用したもので、現在は飲食店、オフィスが入るほか、現代アーティストの内海聖史氏がアトリエを構えている。
内海氏は「橋本町長からは、町にアート文化が感じられる場所が欲しい、と言われました。この道は、近くの境小学校に通う子どもたちの通学路。そこで12月からは、登下校のときに道路から制作途中の絵を眺めることができるようにする予定です」と声を弾ませる。
「いま制作している作品は、1年かけて描いています。特殊な展示をする予定なんですが、全部を組み立てると縦が11mちょっとの高さになるんですね。搬入にも専任のチームを組むんですが、私も『本当に立ち上がるの?』と思いながら描いています」と明るく笑う。
■隈研吾氏も協力
町内には、建築家の隈研吾氏が手がけた建物がすでに8棟ある。境町と隈氏を結びつけたのは、やはり小松マテーレだったそうだ。以下、いくつか紹介したい。
干し芋をイメージした外観が印象的な「HOSHIIMONO100Cafe」(ホシイモノヒャッカフェ)は、ほしいもの百貨が運営する干し芋専門店&カフェとなっている。
干し芋工場と隣接しているこちらの店舗では干し芋の直販のほか、加工品、雑貨を販売。干し芋ドリンク、スイーツなども人気がある。スタッフは「干し芋と本格コーヒーを一緒に楽しめる、日本初の干し芋カフェ(干し芋コーヒースタンド)です」とアピールする。
「S-Gallery粛粲寶(しゅくさんぽう)美術館」は、晩年を境町で過ごした粛粲寶(本名:水島太一郎)の絵画や美術品を展示したギャラリー。同氏は明治35年に新潟県に生まれ、洋画家の黒田清輝に学んだ。なお漫画家 水島新司さんの親戚にあたる。
「モンテネグロ会館」は、隈氏により2018年に改築された建物。もともとは地域の青年研修所だった。その歴史は古く、1937年に当時のアルゼンチン共和国モンテネグロ臨時代理公使の援助により建築されたという。新館は、旧館の古材を柱や家具などに再利用した。
ハワイをテーマにしたグランピング&キャンプ施設「ALOHA GLAMPING RESORT SAKAI」もオープンした。実は、ハワイ州ホノルル市とは姉妹都市の境町。木々に囲まれたグランピングコテージでは、海外にいるかのようなゆったりとした休息のひと時を過ごすことができる。
全4棟のコテージのうち、2棟は愛犬と宿泊可。ドッグアメニティやミニドッグランも完備されている。また3,000平米の敷地にはテントサイトも12区画を用意。アウトドアサウナも利用できる。
■移住者も増えている
上記のALOHA GLAMPING RESORT SAKAIの近隣エリアには、複数のスポーツ施設が集まった。オリンピックの基準を満たした超高品質のテニスコート4面を利用できるSAKAI Tennis court 2020、人工サーフィンが楽しめるcitywaveTokyoのほか、BMX・スケートボード・インラインスケートなどを体験できる「境町アーバンスポーツパーク」もオープンしている。
この境町アーバンスポーツパークは、東京五輪2020大会のBMXフリースタイル競技で実際に使用されたコースを移設したもの。筆者が訪れたこの日は、世界的ライダーの安達浩樹氏(BMX)、安床武士氏(インラインスケート)のデモンストレーションを拝見することができた。
インラインスケートの世界チャンピオンで、直近では2022年5月にフランス・ストラスブールで開催されたNL CONTESTでも優勝している安床氏に話を聞いた。広くて滑りやすいことはもちろん、選手が高く飛んでも圧迫感を受けないように設計された高さ18mの屋根がついている――。ここまでのスケートパークは全国を見渡してもないですね、と断言する安床氏。「雨や風が大敵のスポーツなので、こうした全天候型の施設はとても貴重です。SNSに練習映像をアップしたら、すぐに世界中の選手から『何処の施設だ?』と問い合わせが来ます」と明かす。
この施設を目当てに、境町に移住してくる若いアスリートも増えているそう。また、地域の子どもたちに向けたスケートスクールも賑やかになってきた。「これは全国的な話になりますが、最近は社会人のスケーターも増えているんです。ボリューム層としては10代の子どもたちが最も多いんですが、2番目に多いのが30代~40代の社会人です」。最近は50代でスケートを始める人もいて、ボクたちも喜んでいます、と笑顔を見せた。
セレクトショップ出自のユナイテッドアローズ。境町については「町の創生力、創造力が力強い」と分析している。関係者は「いま在るものに新しい視点を加えて、新鮮に魅せることができるのが、私たちUAの強み。35年かけて培ってきた、弊社のこの”セレクト編集力”を活かしていきます。町のヒト・モノ・ウツワ・コトの新しい魅力を編集提案していけたら」と意気込む。