東京都の「はたらく女性スクエア」が主催となり、「働く女性のキャリア形成に向けた講演会」が11月22日に開催された。
第2部では「女性がより活躍するためのDE&I推進のヒント」をテーマに、全国各地で女性のエンパワーメント、女性のリーダー育成に取り組んでいるWill Lab 代表取締役 小安美和氏がファシリテーターを務め、多種多様な業界から経営者、管理職やリーダーとしてのキャリアを積んだパネリスト4名をゲストに招き、各社の取り組みやリアルな体験談を独自の視点から切り込んだ。
今回、登壇したパネリスト・ファシリテーターは次の通り。
<パネリスト>
・アクサ生命保険 代表取締役社長兼CEO 安渕聖司氏
・アサヒグループホールディングス 顧問 山岸裕美氏
・日本ロレアル ヴァイスプレジデント コーポレート・レスポンシビリティ本部 本部長 楠田倫子氏
・フジテレビジョン 編成総局編成局 アナウンス室 部長 佐々木恭子氏
<ファシリテーター>
Will Lab 代表取締役 小安美和氏
■各社のDE&I推進の取り組みとは?
冒頭で、小安氏はパネリスト4名に「DE&I(ダイバーシティ、エクイティ&インクルージョン)」推進に関する各社の取り組みを尋ねた。
そもそもDE&Iとは、「多様性(ダイバーシティ)」、「公正性(エクイティ)」、「包含性(インクルージョン)」の頭文字を合わせた概念で、性別や年齢、出身地や価値観などの違いを認め合い、個人が成長できる環境づくりを目指した考え方である。
・トップ自らI&D を推進するアクサ生命保険
年齢や国籍、性別といったあらゆる属性や指向に基づく差別を容認しないこと、雇用や昇進等のあらゆる側面で公正な機会を保障することを行動原理としている。
管理職ポジションの人選の際には必ず女性を検討すること、もしいない場合は育成計画の立案を求めるなど、各部門における女性活躍を推進。国際女性デーなどのイベントに合わせた、外部講師を招いてのメンタリングプログラムやカンファレンスの開催も行っており、全社的にI&D(インクルージョン&ダイバーシティ)への意識を高める取り組みを行っている。
・トップダウン&ボトムアップでアプローチするアサヒ
グローバル化の進展を背景に、グローバル水準に合わせたD&Iを推進。アサヒグループジャパンの社長を委員長、事業会社の社長をメンバーとする「D&I委員会」と、D&I推進に取り組みたい従業員を募って活動する「D&Iサポーター」、トップダウンとボトムアップの両輪でD&I推進に取り組んでいる。
具体的な施策として、エンパワーメントやリーダーシップ、キャリア開発などをテーマにした女性活躍支援の研修や、育休からスムーズに復帰するための両立支援の施策などがあげられる。
・女性管理職比率が半数超のロレアル
日本法人だけで31の国籍の社員が働いており、ダイバーシティを重んじる基本姿勢が経営トップから明確に共有されている。パーパスは「世界をつき動かす美の創造」。男女問わず社員一人ひとりに沿ったキャリア形成を会社がサポートする人事制度を設けることで、結果的に女性も長く定着できる環境を実現。社員の63%を女性が占め、女性管理職比率は54%、女性役員比率は約40%に上っている。
・社員のワークライフの充実を支援するフジテレビ
人事施策方針は「ハッピーワーク∞ライフ」。フジテレビで働くすべての社員とスタッフが毎日いきいきと働けるよう、生活の充実を目指す。
女性活躍推進においては、ff休暇(生理や更年期の休暇)、不妊治療休暇、テレワーク制度など、仕事とプライベートの両立を支援する施策を整備。時短や育休取得が昇進に不利にならない評価制度を設けているほか、同じ悩みを抱える社員と語り合うことで自身のモヤモヤを解消できる学びの場も提供している。
■I&D推進に終わりはない
4社4様にDE&I推進に取り組み、一定の成果が出ている一方で、まだまだ課題もあるという。アクサ生命保険の安渕氏は「I&D 推進に終わりはない」と語る。
同社では、営業は女性が多いのに、管理職は歴史的にほとんど男性という二重構造があった。女性も管理職になれるように人事制度を変えたものの、「管理職は男性」というバイアスがいまだに根付いている。
「マジョリティ(多数派)が変わらないと会社は変わらない」との考えのもと、管理職を対象としたインクルージョンカンファレンスを開催。外部講師の話を聞いた上で一人ひとりに管理職としてI&Dへの取り組みをコミットメント(行動宣言)にしてもらい、半年ごとにレビューを行っている。加えて、全マネージャーを対象とした研修で、アンコンシャスバイアス(無意識の思い込み)の払拭について繰り返し言及している。
安渕氏は言う。「I&Dを推進するには、制度も意識も変えなければなりません。CEOになって5年半になりますが、就任初日から『オープンかつフラットで、多様性を活用する職場にしたい』とずっと言い続けています。3年目ぐらいから女性活躍推進の機運が会社全体に広がっているのを感じるようになりました。こうした取り組みに終わりはありません。ずっとやり続けていくしかないのです」
■大規模工場の工場長に女性を登用
トップダウンとボトムアップの両輪でD&Iを推進しているアサヒグループも、部門によって推進の度合いに差があるという。アサヒグループの山岸氏は次のように語る。
「グローバルが高水準であるために、日本でも2年前から急速にD&I推進の風潮が高まりました。以前は人事部内にあったD&I推進室が社長直轄組織になったことにも、経営トップの意気込みが表れていると思います。ただ、子育てをしながら働くことはできるようになっているものの、部署によって女性活躍の加速の度合いが違うのが現状です。そんな中でも、2023年3月、大規模工場の工場長に女性が登用されたのはひとつの好例です。生産部門の女性比率は他部署に比べて低いのですが、女性が大規模工場のトップに就任したことは、働く女性たちの励みになりますし、彼女の目線で働き方の課題改善もなされつつあります」
■DE&I推進に欠かせないのは「心理的安全性」
女性管理職比率が54%の日本ロレアルでも、やはりジェンダー平等をさらに推し進めようとしている。日本ロレアルの楠田氏は、DE&Iを推進する上での心理的安全性実現のための取り組みについて語る。
「社員の63%が女性ですが、役員の女性比率は約40%にとどまっています。グローバルでも上のポジションになるほど男性比率が高まる傾向にあるため、役員の男女比率を社員の男女比と同等にすることを目指し、全社を挙げて取り組んでいます。多様な組織でイノベーションや生産性向上を実現するためには、心理的安全性が担保されていることが非常に大事であることが経営課題として認識されています。価値観や視座が異なる人々が同じ方向に向かっていくためには、心理的安全性が担保された中で、みんなが意見を出し合える組織でなければなりません。今はそのためのトレーニングやサーベイなどに取り組んでいるところです」
同社では、心理的安全性担保のための施策として、eラーニングや研修型のトレーニングを設けているほか、各国支社に相談窓口を配置。社員満足度調査にも心理的安全性の項目があり、低いスコアが出た部署があれば介入して問題解決を図るという。
■部内の"シャドーワーク"を可視化・評価
24時間ノンストップで動いているテレビ局は、子育て期の女性にとっては厳しい環境と言えるだろう。フジテレビジョンの佐々木氏は、管理職になってから、子育て中の女性が担ってきたシャドーワークを可視化・評価することに努めてきたという。
「アナウンサーは放送業務につきたいという思いが強いですが、生放送は早朝と夜が多いので、産休・育休から復帰した女性たちに合う放送業務は限られているのが実態です。放送業務への貢献だけを評価していてはみんながハッピーな環境にはならないと思い、SNSの推進やコンプライアンスの推進など、以前から部署内にあった放送業務以外の業務を洗い出し、可視化しました」と佐々木氏。
従来、放送業務以外の付帯業務は、放送業務のシフトにゆとりのある育児中の女性たちが人知れず担っていたが、これらをデジタルとアナログの両面で可視化して部内に共有することで、"シャドーワーク"を行っていた女性たちの貢献が見えるようにした。また、放送業務以外の業務への貢献も評価することを明言し、実行している。
■業績と多様性はトレードオフではない
DE&I推進に向けて、それぞれの立場でリーダーシップを発揮しているパネリストたち。
アクサ生命保険の安渕氏は、総合商社の秘書室で大勢の女性秘書に囲まれて働いた"マイノリティ体験"がDE&I推進の原体験になっているという。その後、管理職や経営者を務める中で、チームに女性がいるとチームが強くなり、意思決定の質が上がることも実感したそうだ。世の中の経営者の中には「業績か多様性なら、私は業績を選ぶ」と言う人もいるが、安渕氏は「もはやこのような二択は成立しない」と一蹴する。
「『業績か多様性か』というのは、1980~1990年代には成立した二択だと思いますが、今は多様性がなければイノベーションが起こらないので、多様性がなければ業績も向上しません。日本の人口が減っていく中、新しいことにチャレンジして、どんどん変わっていかなければならないのです」
安渕氏は最後に「D&Iは誰も取り残さないことが大事。マジョリティもマイノリティも、みんなが働きやすい環境づくりを広めていきたい」とも語った。
■女性が働きやすい職場は「みんなが働きやすい職場」
「女性活躍推進」というと「大企業を中心とした、リソースに余裕のある企業がブランディングのために掲げる取り組み」というイメージを持つ人もいるかもしれないが、安渕氏が言う通り、また第1部の講演で麓氏が語った通り、女性活躍・DE&Iは業績とトレードオフの関係にあるのではなく、むしろ企業の業績に資する取り組みである。
また、女性が働きやすい環境づくりとは、結果的に、男性を含めたみんなが働きやすい環境をつくることにつながるだろう。その意味でも「女性活躍推進」は決して女性のためだけの取り組みではない。
マイノリティがビジネスの最前線から退くか、あるいは無理やりマジョリティに合わせるかの選択を迫られる時代から、誰もが望む生き方を選べる時代への転換が迫られているのではないだろうか。