東京都の「はたらく女性スクエア」が主催となり、「働く女性のキャリア形成に向けた講演会」が11月22日に開催された。第1部では、作家・ジャーナリスト 元日経ウーマン編集長の麓幸子氏が「ダイバーシティ時代の女性のキャリア形成」をテーマに講演を行った。
麓幸子氏は2006年~2018年にかけて、日経ウーマン編集長・日経BP社執行役員等を歴任。2019年以降は、故郷の秋田県大館市を拠点に、福祉・農業・6次化事業に従事しながら、社会課題の解決に尽力する「ソーシャル・アクティビスト」として活動している。
■ジェンダー平等は企業活動に資する?
冒頭で麓氏は「何が起こるかわからないVUCA(ブーカ:不確実性が高く、未来の予測が困難な状態)の時代、重要なのはキャリア自律です。自分のキャリアを会社や組織に任せるのではなく、自分の頭で考えて決めることがとても大切です」と力説した。
「女性活躍」というと、どこか理想論的な白々しさを感じる人もいるかもしれない。ところが麓氏は、「女性管理職・女性リーダーはなぜ必要か?」という問いに対し、「ジェンダー平等が企業活動に資するから」と断言する。
ビジネス環境の変化が激しく、先行き不透明な今、女性活躍は企業がイノベーティブな事業を起こし、価値を創出し、成長するために欠かせない取り組みだという。
■女性活躍が企業にもたらす3つのメリット
女性活躍が企業にもたらすメリットとして、麓氏は次の3つを挙げる。
1. イノベーションが生まれる
VUCAの時代、企業にはこれまで以上にイノベーションが求められており、女性の活躍によって、次の2つのイノベーションが期待できる。
女性の目線・女性の力を生かすことで、市場のニーズに合った商品・サービスが開発できる「プロダクトイノベーション」、そして職場に女性が加わることで、気づかなかった課題が可視化され、ビジネスにおけるプロセスが改良される「プロセスイノベーション」だ。
2. リスクや変化に強くなる
意思決定層が同質な人々で占められていると、リスク要因や変化を見落としがちになるため、経営者が男性ばかりだと経営破綻するリスクが高くなるという。女性取締役が1人加わることで、経営破綻リスクが20%削減されるという研究結果も報告されている(英国リーズ大学の研究)。
麓氏は、「VUCAの時代、同じような価値観、同じような行動様式の男性だけが集まる取締役会では、変化やリスクになかなか気づけません。女性が加わることによって多様な視点が提供され、リスクが可視化されます」と語った。
3. 組織が活性化する
性別に関係なくそのポストに一番ふさわしい人を選べば、メンバーのモチベーションやエンゲージメントが上がり、組織のパフォーマンスも上がる。ところが、実際にリーダーになる人は男性が圧倒的に多い。麓氏はこのような現状を踏まえて、女性がチャンスをつかみ取ることの重要性を説く。
「女性は『女性だから』『お子さんが小さいから』といった理由で"配慮"され、昇進から排除されてきました。一方、男性は『同期の中で昇進が遅れているから』とか、『子どもが生まれたから』など本人の能力や意志とは関係ない理由で下駄(げた)を履かされて昇進することもかつては多かったのです。女性は昇進のチャンスが来たら臆せずにゲットしてください。それがみなさんのキャリアだけでなく、会社の成長のためにもなるのです」
■女性活躍後進国・日本の"不幸な均衡"とは?
麓氏の願いに反して、現実には自分の能力を過小評価して「私にはできません」と昇進を断ってしまう女性が多いという。
「女性がリーダーになることをためらうのは女性のせいではありません」と麓氏は言う。世界経済フォーラムの「ジェンダーギャップ指数2024」で日本は146カ国中118位と先進国で最低水準であり「女性活躍後進国」という不名誉な称号を与えられている。
日本には、いまだに専業主婦を前提とした昭和の時代の価値観が残っており、女性に家事・育児・介護を任せる、女性活躍を阻む構造がある。
さらに、ロールモデルが不在であったり、少数派であるがゆえ、全女性を代表する役割「トークン」としてのプレッシャーにさらされたりするなど、女性がリーダーとして活躍する上での心理的なハードルもあるという。こうした状況を受けて、麓氏は女性活躍を阻む構造を崩すことの重要性を説く。
「管理職を務める自信がないのは、あなたのせいではなく、日本の抱えている構造に課題があるのです。そしてあなたの問題はあなただけのものではなく、働く女性の多くが直面する問題です。女性が活躍できず、男性は過労死寸前まで働かされ、育児にも参画できない。今の社会は"不幸な均衡"のもとに成り立っています。みなさんには、男性も女性も共に働き、共に育児や介護をする新たな社会モデルに向けて、一緒に変化を創り出すチェンジメーカーになっていただきたい」
■新時代の女性リーダーがすべきこと
働く女性は仕事と育児の板挟みになることも多いだけに、女性がリーダーとして活躍するためには、男性とはまた違ったアプローチが必要だ。麓氏は、子育てをしながら日経ウーマン編集長を務めた自身の経験も踏まえ、新時代の女性リーダーが目指すこととして次のようなことを挙げた。
・リーダーとしてのマインドセットを持とう
自組織をマネジメントして、スムーズに業務が進むよう環境を整えるほか、自分の組織が会社にどう貢献できるのかを考える。
「管理職になった女性は『私は管理職になんてなりたくなかったけど、会社から頼まれて……』とおっしゃる方が多いですが、それではダメなんです。リーダーの自覚を持つ。そして、今の職位の1つ上のポストの目線で自分の仕事を見てください。課長になったらそこで終わりではなく、その先の部長、役員を目指していただきたいです」
・自分らしいリーダーを目指そう
昭和型の「オレについてこい」式のリーダーではなく、現代は自分の視点やパーソナリティを大事にして、自分の強みを生かしたリーダーが必要。麓氏は、これからの時代に重要なのは人々の内発的な動機を引き出し、内面にある価値観を「変革」させる「変革型リーダーシップ」だと強調する。
"変革"の例として麓氏は、資生堂で初めて美容部員(現ビューティーコンサルタント=BC)から取締役になった関根近子氏の体験を挙げる。当時20代だった関根氏が美容部員としての壁に直面したとき、先輩から『私たちの仕事は化粧品を売ることではなく、化粧品を通して女性の幸福・美しさに貢献すること』だと言われ、はっとさせられたという。
「このように、目の前の仕事の意義を自分の言葉で語って、部下の価値観を変革できるリーダーが求められているのです」と麓氏。
・スポンサーやメンターを増やそう
女性は男性よりもメンター(親密な関係を築き、助言を与える)を有しているが、昇進に力を発揮するのはスポンサー(経営会議や人事委員会で自分を推薦するなど自分の昇進を積極的に支援する人)だ、と麓氏。自分を支援してくれるメンターやスポンサーを増やして、「あなたを信頼している」「私を助けてほしい」というメッセージを送る。
「私の研究では、昇進する女性には必ずスポンサーがいました。男性も同様です。自分のスポンサーになるような人は身近にいないと思うかもしれませんが、最初に配属された部署の先輩や上司など、自分のキャリアを棚卸しすることで、メンター・スポンサーになってくれる人が必ず見つかるはずです」
・自分の葛藤を理解しよう
人はジレンマとして、家族としての役割と職業人としての役割がぶつかり合う「役割葛藤」があるという。役割葛藤を抱えたままでは十分に仕事に打ち込めないため、葛藤を理解して解消するよう努めることが重要。
「役割葛藤を解くには、1人で抱えないことが大切です。まずパートナーを上手に巻き込んで、ときにはベビーシッターなどにアウトソースしてマルチオペレーション育児をしましょう。家事や育児、介護をシェアするとパートナーの人生も豊かになります」
・自己研さんを怠らない
経営層から新規事業や新たな価値創造を求められるのが職場のリーダーであり、管理職としての決断の精度を高めるためにも日々のインプットは必要。
麓氏自身は「50歳で大学院に行ったことが大きな学びになった」とし、キャリア形成において重要なのは「重要だけど緊急ではないもの」だと話す。
緊急度と重要度から自分のタスクを4象限にわけるアイゼンハワーマトリックスを用いて自分の課題を考えることで「自分のキャリアにおける重要なポイントが見えてくるのでは」と提言する。
「女性の政治参画が進み、女性政治家が多い国は幸福度も高い」と説明する麓氏は、大館市長選に3度出馬するなど、ソーシャル・アクティビストとしてのチャレンジを続けている。講演の最後には、「みなさんも自分の力を信じてライフキャリアを築いていってください」と、力強いメッセージを残した。
今回の麓氏の講演は、女性自身の意識変革に焦点を置いたものであったが、女性活躍推進には、女性の意識変革だけでなく、男性の意識変革や社会経済制度の変容も欠かせない。
その上でポイントになるのは、女性活躍が女性の権利向上や自己実現のためだけのものではなく、企業の利益にも資するという点だろう。「女性活躍は男性も含む社会全体の利益になる」ということが広く理解されれば、女性活躍推進に対する企業の本気度も変わってくるはずだ。
女性がビジネスパーソンとして当たり前に活躍している社会では、わざわざ「女性活躍」という言葉を使うことはない。その意味で「女性活躍」という言葉が1日も早くなくなればいいと思う。