スマートで速くて静かなだけのBEVはもう古い!? アルピーヌA290はアナログ感重視のBEVホットハッチだ

「ドリームガレージ」という将来のラインナップ・コンセプトを唱えて3台のBEVを次世代モデルの中心に据え、ルノー・グループ内のプレミアム・ブランドとなるアルピーヌ。1970年代初頭にゴルディーニとほぼ同時に当時の公団ルノーに吸収され、旧ルノー・スポールの土台となった歴史を鑑みれば、RRかFFかを問わず、アルピーヌと旧ルノー・スポールはここ50年来、限りなく一体であり続けてきた。そもそもA610が1990年代半ばにディスコンした直後、ルノー・スポール・スピダーが発売されたことを思えば、5ターボIやクリオV6以外でも、復活したA110に至るMR(ミドシップ・リア駆動)の系譜は繋がっている。

【画像】もはやBEVであることすら忘れて欲しくなる。そんな魅力を秘めたA290(写真44点)

その新世代A110は確かに高評価のスポーツカーとなったが、あいかわらずアルピーヌがディエップ工場で一日最大20数台のみ生産するような単一モデルの少量コンストラクターであることを思えば、まだブランドとして線は細い。しかしグループの戦略によってそのアルピーヌが、初のBEVにしてR5アルピーヌ以来となるホットハッチを世に送り出す。それがドリームガレージ第1弾市販モデルにして、ほぼ同時発売となるルノー5E-テックとプラットフォームを共有する、アルピーヌA290なのだ。

いずれここ半世紀をふり返れば、RRからFF、あるいはMRからFFといった具合に、直近の系統とはなはだ異なる駆動方式やパワートレインを採用する際、ブランドを再編するのはもはやルノー・グループの「歴史的なクセ」ですらある。そして1970年代から1980年代のホットイシューは「ターボ」だったが、今回は「電動化」だ。かくして、新しくも先進性の高いテクノロジーによってもたらされる、ファンな恩恵の媒介となるマシンは、やはりホットハッチでなくてはならない。それがいささか古典的な、やや予定調和気味のルノー・アルピーヌ/旧ルノー・スポール式のストーリーだ。

今回はスペインはマヨルカ島で、インテリアとパフォーマンス双方の面でトップグレードとなる「A290GTS」を公道とサーキットの両シチュエーションで試乗してきた。外観からしてA290は、ポピュラーで安価でスポーティであることがウリの昭和型ホットハッチとは一線を画す。「X」のモチーフが4灯並んだフロントフェイスは確かに挑戦的だが、ツートン仕上げを含む青・グレー・黒・白のみが今のところ用意されたシックなボディカラーもあって、むしろ大人びた佇まいに仕上がっている。タイヤの回転面を整流するフェンダーやブレーキ冷却ダクトをはじめ、下部がミルフィーユ状のスリット積層型になったリアバンパーに、テールゲート上の控え目なダックテールウイングなど本気の空力デバイスは、ハデさよりも抑制ぶりを示す。

本国ではほぼ同時発売となるルノー5E-テックに比べ、ずいぶんとロー&ワイドな姿勢も効いている。AmpRスモールというプラットフォームを同じくするものの、A290のそれは「スケートボード・プラットフォーム」と開発チームが名づけた通り、ショートホイールベースとトレッド拡大による低重心化、つまりアジリティやドライビング・プレジャーに最初から的を絞ったタイプだ。しかもホイールは19インチで、ミシュランと共同開発した専用コードA29をもつパイロットスポーツS5が、パフォーマンス志向のGTSには与えられている。前後ともサイズは225/40R19で、じつはミシュランとの共同開発によるタイヤはもう2種類、より転がり抵抗の低いパイロットスポーツEVと、ウィンタータイヤも用意されている。

昭和型ホットハッチではない、と述べたが、室内に入るとますますその確信は強まる。ボディサイズはEU発表値で全長3990×全幅1823×全高1512㎜と、通常なら1400㎜台に収まるハッチバック車と比べて背が高いのだが、着座位置がきもち高く感じる。昨今のSUV慣れしたドライバーには逆に違和感はないだろう。加えて、両足を前に投げ出すよりも曲げ気味に着座して、浅いバスタブのような視界に、少し寝かされた3本スポークステアリングと正対するのは、本当に昔のR5やシュペールサンクのスポーツに通じる感覚だ。

ただし、ここで隔世の感へと至らせるのは、インテリア素材の質感や、組立精度の高さだ。ホットハッチのコクピットというより、ラグジュアリーなGTカーに近いものがある。ナッパレザーの青白ツートンによる内装テーマは、サーキット仕様というよりテニスかマリンスポーツの雰囲気で、意外でもないかもしれないが、フランスでサッカーの次に人気あるスポーツはテニスだったりする。車名エンボスの入ったアームレスト兼センターコンソール収納や、ドライブモードに応じて色の変わるアンビエントライトと一体になった助手席側のダッシュボード加飾部まで、インテリアの仕上がりは上々だ。シフトコンソールのボタンこそA110と同じだが、整然と横一列に配されたクライメートコントロールのトグルバーなど、世代が新しいことを強く感じさせる。リアシートもナッパレザーで同じツートンのテーマを踏襲しているが、52kWh容量のバッテリーがフロア下から迫る分、後席乗員のフットスペースが高めで窮屈な点だけが惜しいところだ。

ステアリングコラム脇の電源をオンに入れ、センターコンソール上でA110同様のボタン式シフターでDを選択し、走り出す。マヨルカ島の決して広くない道で驚かされたのは、路肩側だけが洗濯板状に荒れている路面でも、A290は外乱にめっぽう強く、ドライバーが狙ったライン通りに進んでいく。中速コーナーやアップダウン続きで、突然視界に現れる対向車とすれ違う際にも、路肩に寄せる操作が怖いとか億劫に感じることはなかった。低中速でも路面への追従性が失われて足元がパタパタすることがなく、生硬さを感じさせない乗り心地なのだ。

そもそも加速感からしても、アクセルペダルのトラベル量は多めだが反応は鈍からず。BEVにありがちな無機質で無粋なトルクがいきなり立ち上がるのではなく、それでいて加速のツキも、踏み込んだ先の速度の伸び方も上々というフィールだ。ブレーキはフロントのディスク径が320㎜、リアが288㎜で、モノブロックキャリパーまでA110と共通だが、約370㎏ほど重量の増したA290を制動するのにキャパ不足やペダルタッチのブレは感じず。むしろステアリングホイール左下のRCH(リチャージ)ダイヤルで、回生の効きを4段階、コースティングやICE並の0.1Gから、街中で十分にワンペダル減速可能なレベルまで、回生ブレ―キの強さを選べる。さらにノーマル・スポーツ・セーブ・インディヴィジュアルと、ドライブモードも4段階で設定できる分、走る・曲がる・止まるの幅がさらに広がる。確かにA110のような「レース」モードこそないが、ESC完全オフにもできるしレベル2のADASも備わるため、サーキット走行から高速巡航まで、かゆいところに手が届くように対応する。

今回は実際にサーキットでもA290を走らせた。荷重移動に対してアクションは大きいが不安定さがなく、躍動感あふれる動的質感とコントロール性、つまり速さだけに終わらないスポーツドライビングのクオリティは、確かにアルピーヌだ。おそらくはBEVだからこそ可能になった57 :43の前後重量配分のおかげもあるだろう。ダンパー・イン・ダンパーのサスペンションによるフロント剛性の盤石ぶりに対し、リアが緩やかな滑り出しを許容しつつ、加速に転じれば素直に収束して、駆動力と舵の効きが一体になるようなフィールは、なぜか同じFFのメガーヌR.S.よりMRのA110に近く感じられた。

ただBEVのホットハッチとして「走る・曲がる・止まる」を磨き上げただけでなく、そこを楽しむに至るプロセスについても、A290には独特のアプローチがある。まずインフォテイメントシステムにはテレメトリー機能のみならず、ドライビングのコーチング機能や、ゲームのようにプレイ&クリアを(時にはクローズドコースで)求めてくるチャレンジ機能がある。とくに後者はOTAでアップデート可能という。

もうひとつ注目というか耳を傾けるべきは、フランスのハイエンド音響メーカーであるドゥヴィアレと共同開発したオーディオシステムならびに「アルピーヌ・ドライブ・サウンド」だ。これはモーターの駆動音をサンプリングしてアンプで増幅し、レシプロのエキゾーストノートとは明らかに異なる、しかしジェットやガスのタービンよりは中低域寄りトーンの機械音に変換して、車内の9スピーカーシステムを通じて再生する。ややエンジンの爆発音のニュアンスがする「アルピーヌ」と、よりタービンに近い「オルタナティブ」の2種類が選べる。

これは純粋に電気のパワートレインとドライビングを価値づけるサウンドジェネレーターといえる。なぜなら、ICEのエキゾーストノートで糊塗するでなく、電気の駆動音そのものを生の状態から採り出し、ドライビング・エクスペリエンスという抽象画のように難解なパズルの、最後の重要なピースならしめる機構だからだ。いわば振付はあっても音がなければ踊り手が踊りづらいのと同様、ドライビングも綺麗に走らせるには機能や設定あれこれのみならず、フェイクでない音が耳に届くことが必須なのだ。

アルピーヌは「イマーシブル(没入できる)なドライビング体験」と説明するが、ドライバーが味覚以外の五感を通じて感じとれる要素や情報量を、感覚装置としてのBEVであるA290は可能な限り磨き上げてきた。嗅覚についてはエアクオリティ機能で中立化するぐらいだが、BEVの目指すべきドライビング・エクスペリエンスといえば「自動運転と車内エンターテイメントの充実」といったシナリオとは真逆に、ドライビングにインテンシブに没頭できる方向性をアルピーヌとA290は打ち出した。だから変な話、BEVであることすら忘れて欲しくなる、そういう魅力を秘めた一台にA290は仕上がっている。

日本への導入上陸はChaDeMo対応を待ちつつ2026年が予定され、参考までにA290GTSプルミエール・エディションの本国価格は4万6200ユーロ(約760万円)だ。

文:南陽一浩 写真:アルピーヌ

Words: Kazuhiro NANYO Photography: Alpine