日本航海学会シーマンシップ研究会は、11月24日、富山県氷見市「うみあかり」とオンラインにて、シンポジウム「船舶の災害支援とシーマンシップ」を開催した。日本内航海運組合総連合会、富山高等専門学校、鳥羽商船高等専門学校、広島商船高等専門学校、大島商船高等専門学校、弓削商船高等専門学校、日本人間工学会海事人間工学研究部会を後援に迎えた同シンポジウムの様子をレポートする。
能登半島地震における富山高専練習船「若潮丸」の支援
2024年1月1日に発生した令和6年能登半島地震において、本シンポジウムの開催場所「うみあかり」のある氷見市は、富山県の中でも最も大きな被害を受けた自治体だという。今回のシンポジウムでは、能登半島地震の際に船がどのように支援を行ったかの報告や、航海士の技能の違いによる航海当直引き継ぎの調査結果、また1995年の阪神・淡路大震災を経験した神戸市の取り組みや、災害支援に活かされるシーマンシップと、5つの公演が行われた。
シンポジウムの冒頭、富山高等専門学校 若潮丸船長の金山恵美氏より「令和6年能登半島地震における練習船若潮丸の取組み」をテーマとした講演が行われた。富山県富山市と射水市にキャンパスを置く富山高専では、1年生から5年生まで、練習船「若潮丸」にてテーマを設けた実習をカリキュラムに組み込んでいる。また、富山湾をフィールドにした研究航海や地域の子どもを招いた体験講座といった地域貢献も実施しているという。
能登半島地震が起きた際、富山高専は射水市のキャンパスを緊急避難場所として開放し、近隣住民約300人が一時避難した。「その状況のなかで、若潮丸としてできる支援を整理しました。岸壁で行える支援は、飲料水やシャワー、休息設備の提供、航行して行う支援としては、支援物資の運搬や人の移動支援といった内容です」と金山氏は語る。
支援内容を模索する中、國枝校長を総責任者としたTeam富山高専としての支援活動を始動。民間からの支援物資を受け付けており、実習でもお世話になっている石川県七尾市の七尾港へ、七尾市が希望する支援物資のうち水(2Lペットボトル400箱、4.8t)の輸送と寄付を行った。
金山氏は今回の支援を通して、迅速かつ有効的な支援を行うためには、通常時の準備、訓練の必要性と、情報収集と情報発信の重要性を感じたという。
「通常であれば代理店で情報をもらえますが、代理店も被災しているとなかなか状況が入ってこない。今回は、七尾港に災害派遣された高速フェリー「ナッチャンWorld」からビットの状況をもらったりと、情報収集の大変さを身をもって実感しました。若潮丸専用岸壁のある富山新港は、日本海側では2港のみの"国際拠点港湾"であり、富山県内でも最も多くの船舶係留設備を持つ港。そのため災害発生時には富山県の海の災害対策の拠点になりえます。今後は海からの支援活動や避難を行う際の港の状況をまとめた海の防災マップの作成を検討しています」と締めくくった。
内航特殊タンク船の災害輸送への活用
続いて、東ソー物流グループのコーウン・マリン 取締役・山下良一氏より、「令和6年度能登半島地震における東ソー物流グループの取組み」の発表が行われた。
コーウン・マリンは、基礎原料・石油化学・機能商品を取り扱う総合化学メーカー「東ソー」グループの物流部門・東ソー物流を親会社とする船舶管理会社だ。能登半島地震が発生した際、東ソー物流グループでは、499トン型特殊タンク船「東駿丸」を用いた災害輸送を行ったが、その際、東ソー物流がオペレーションを行い、現地調整・運用をコーウン・マリンが担当した。
「能登半島地震は陸路が寸断された半島での大規模災害で、常時からの災害イノベーションの重要さを感じました」と山下氏。災害発生後、「どこで、何が、どうなったorどうなる」の情報収集を実施。乗組員や陸上社員の安全・安否確認や、津波や海面変化など本船への影響調査などを行った後、物流への影響や航行ルートの安全性、出荷・入荷拠点の安全性など経済活動の維持確保をしたという。これに関しては、南海トラフを想定した机上訓練を行っていたことも功を奏したそう。
「会社で何かできないか」という声や乗組員からの意見も受け、海路による支援案として救援物資を輸送することを決定。船型や運航スケジュールをふまえ、通年で日本海を主たる航路としている「東駿丸」で支援を行うこととなった。
続いて、具体的な情報をもとに、国土交通省や受け入れ先の地方自治体、全国内航タンカー海運組合と調整を実施。日本内航海運組合総連合会へは輸送可能事業者としてエントリーも行った。なお港湾運送業者は被災業者でもあるため、対応の可否判断も並行して実施したが、その際、救援物資だとしても通常の荷役として扱ったそう。「被災されている状況なので作業どころではないと思っていたが、仕事を依頼することも支援のひとつです」と当時を振り返る。
こうした情報収集・状況評価により、七尾港と輪島港を選定、さらに輪島市役所は物資受け入れ施設がなく受け入れをセーブしている状況だったため、七尾港に決定したという。1月4日に「支援物資があれば運びたい」と乗組員から要望を受けたことからスタートし、5日には港湾局から入港可能箇所を確認、並行して東ソー・東ソー物流における災害備蓄の輸送を決定し、積み込みを開始。8日には積み込みを終えて山口県の徳山下松港を出港、10日に福井県の三国港に到着したのち天候調整を行い、11日に七尾港着、12日に陸揚げを行った。
また、今回の輸送を受けて災害輸送における現地での注意点も挙げた。原則、自己完結で実施していること、通常ではない状況下の意識を持つこと、余震の状況や、同規模の地震・津波が発生した場合を想定しておくこと、そして状況が不明瞭もしくは迷った場合は、撤退する勇気を持つことだという。
最後に、完遂できた要因についても発表を行った。「メディアを通じて目にした惨状から、何かできることがないかという共通の思いが皆にありました。物流企業としてできることは何かを具現化することで、携わったそれぞれが役割を理解し、全力を尽くした結果、完遂できました。また、本船が持つ能力を最大限に発揮できたのは、ハード面だけでなく乗組員の努力によってなされたものであり、シーマンシップと言えるでしょう」と山下氏は語る。
技能の違いが航海当直引き継ぎに及ぼす影響
国立研究開発法人海上・港湾・航空技術研究所 海上技術安全研究所の吉村健志氏は、「技能の違いが航海当直引き継ぎに及ぼす影響」を講演した。
研究の背景として、国土交通省の自動運航船に関する安全ガイドラインにおいて、自動運航システムが船員の代わりに船舶を運航している間、システムでは対処できない事態に陥ったときなどの非常時等には常時対応できるよう船員を乗船させ、迅速に操船タスクを引き継ぐよう暫定的な指針が策定されたことがあるという。ただ自動運航船の場合、当直航海士から引継ぎ情報が得られないため、自ら迅速に状況を認識し、操船タスクを引き継ぐ必要がある。
一級、二級または三級の海技士(航海)免許を取得している者、かつ内航船及び外航船の操船経験を持つ者25名が実験に参加。実験参加者の内訳は、船長5名、一等航海士9名、二等航海士7名、三等航海士3名、そのほか1名で実施された。東京湾と瀬戸内海を想定した実験シナリオ各4種類をランダムに設定し、航海当直引継ぎ開始から終了報告までの時間を計測する。
実験の結果、88%以上の試行で5分以内に引き継ぎを終えることが確かめられた。またいずれのシナリオにおいても周囲を航行する他船を基準値の80%以上を発見できており、十分に状況認識できていると認められる。船長は短時間で把握するなど、職位によって引継ぎに要する時間は異なることも明らかになった。
「自動運航船における操船タスクの引き継ぎには5分程度を要することから、この時間を考慮した警報発報のタイミングを設定するなど船員の能力に合わせた支援が期待されます」と吉村氏は同実験をまとめた。
災害と港湾における入出港管理
1995年、阪神・淡路大震災を経験したという神戸市港湾局海務課・村井宏一氏からは、「災害と港湾における入出港管理」の発表が行われた。
「災害の種類は大きく分けて、大雨や地震、津波などの"自然災害"、船舶事故などの"人為災害"、有害物質の漏洩など"特殊災害"の3つに分類されます。我々は阪神・淡路大震災や東日本大震災などの課題と教訓を踏まえて、様々な災害に対応するための計画も定めています」と村井氏は神戸市の地域防災計画について説明。今回は阪神大震災を振り返りながら、「地震・津波」の際の災害支援について話を進めた。
「阪神淡路大震災の際、神戸港の係留施設は市が管理する公共バースも含めてほぼ壊滅に近い状態となったが、発災後2日間は歩いて調査し、その中でもどこでどの規模の船を受け入れられるか現場で判断を行いました。現在、コンテナ船の大型化によりコンテナバースが神戸港の沖合いへ展開し、ウォーターフロントの再開発も行われ当時とは様子も変わってきている。また、船舶により性格も異なり、船舶による支援を有効に発揮させるためには必要な予算措置も課題となっています」と現在の神戸港の状況や課題を紹介する。
「法や規則は完璧ではありません。それにより解決ができないところを補完するためのものが必要となり、それがシーマンシップ(安全運航に必要な知識・技術)だと考えています。海上は特殊な環境なので、通常の入出港時においても根底にこの考え方が必要なだけでなく、災害時や災害支援時には特にルールでは解決ができないことがおきる可能性があるため求められると考えます。シーマンシップは社会を通じても養えますが、学生の頃からしっかりと学んでほしい。他を思いやる、人に迷惑をかけない、皆と一緒に協力するといったことを教える教育機関の役割は重要だと感じています」とシーマンシップの重要性を説いた。
災害支援に活かされるシーマンシップ
最後に、「災害支援に活かされるシーマンシップ」として東京海洋大学 海事システム工学部門の田村祐司氏が発表した。
「1995年の阪神淡路大震災、2011年の東日本大震災、2016年の熊本地震、そして能登半島地震において、陸上交通が不通の際、船舶が災害支援で活躍しました。南海トラフや首都直下地震への備えとして、国土交通省でも検討が行われています」と事例を紹介した上で、災害支援におけるシーマンシップの重要性について説明を行った。
「シーマンシップとは、航海(海上)で海難や有事対応が起きた際、乗組員で対応し、安全航海するための航海術です。技術や方法、技、総合力、学際的対応力、道徳観といった様々な知識を持ち、海の掟に従って生きる術と言えます」と田村氏。
シーマンシップの前提を挙げたうえで、田村氏は"新しいシーマンシップの概念"も説明した。「船舶の安全航行に必要な知識・技能、そして知識と技能を駆使した現場で応用できる能力、つまり臨機応変に対応する『生きる力』です。また、船舶職員として求められる資質・能力が、運航技術(テクニカル・スキル)、協調性や忍耐力、注意力・判断力と行った人間力(ヒューマン・スキル)、自ら考え発想する対応力(マネジメント・スキル)、そして課題発生時に理論的・創造的に考え判断する判断力(コンセプチュアル・スキル)の4つです」。この資質や能力を養うためには、机上の学習に加えて、課外活動も含めた演習や実習を通して「慌てず! 焦らず! 侮らず!」の精神を学習してほしいという。
最後に、災害時の船舶支援でシーマンシップがどのように活かされるか、その可能性が提示された。国からの災害支援要請を受けた際、迅速に支援計画を作成することや、各船舶での救難支援可能項目の確認と情報のデータバンク化といったことから、定期的な船舶による災害支援訓練、災害支援時の船舶職員リーダーの養成など多岐にわたる。
「やってみなければならないことは多くあります。またシーマンシップのモラルに関しては、シーマンに限らず海に関わる方が全て持つ必要がある。現在東京海洋大学で指導している学生にも関連付けながら教えていきたい」と締めくくった。