家電のリサイクルに先鞭を付け、「自己循環型マテリアルリサイクル」を牽引しているシャープ。関連会社の関西リサイクルシステムズとともに、高い技術力が求められるプラスチックの再資源化、再製品化に取り組んでいます。
その取り組みの歴史と内容について、シャープ Smart Appliances & Solutions事業本部 要素技術開発部 課長の福嶋容子氏、同部 研究員の上田拡充氏に伺いました。
記事初出時、文中の記事に正確でない箇所がありましたため、修正させていただきました。読者のみなさま、関係者のみなさまにはご迷惑をおかけしたことをお詫びさせていただきます。 |
1990年代から始まったリサイクルへの取り組み
シャープがリサイクルへの取り組みを始めたのは1990年代、自動車業界が金属部品のリサイクルを始めたころです。当時から、すでにプラスチックがリサイクルできることはわかっていました。しかし、リサイクルによって品質が劣化するという課題があり、まだ実用化には至っていませんでした。
そのようななか、1996年に家電リサイクル法の検討がスタート。シャープはプラスチックのリサイクルも視野に大型プラスチックの破砕機を導入し、全自動洗濯機のリサイクル実現に向けて大きな一歩を踏み出します。八尾工場には、廃棄品として回収された100台以上の洗濯機が届いたそうです。これを解体し、手作業で水槽を分解しながら、リサイクルの実験が進められました。
当時からリサイクルに関わっていた福嶋氏は、「それまで“プラスチックはリサイクルできない”と言われてきましたが、“できる”と世に示したかったんです。そこから私たちのリサイクルが始まりました。夏の蒸し暑い工場の中でTシャツ一枚になり、ドライバーでは外せなくなった部品を金づちやドリルを使って分解していたことを思い出します」と、当時を振り返ります。
そして2001年、特定家庭用機器再商品化法(家電リサイクル法)の施行とともに、シャープと三菱マテリアルの共同出資によって関西リサイクルシステムズ(以下、KRSC)が操業開始。シャープの全自動洗濯機解体・回収技術は同社に落とし込まれ、「洗濯機の水槽を、再び洗濯機の水槽に戻す」というところから、資源循環型社会を目指していくことになりました。
シャープのリサイクルは「自己循環型マテリアルリサイクル」
リサイクルと言っても、その手法は大きく3つに分かれます。廃プラスチックを焼却処理する際に発生する熱エネルギーを回収する「サーマルリサイクル」、化学的に分解し原料として再利用する「ケミカルリサイクル」、新たなプラスチック製品の素材として再利用する「マテリアルリサイクル」です。
さらに、マテリアルリサイクルには元の製品とは異なる製品に再利用する「オープンマテリアルリサイクル」と、同じ製品に再利用する「クローズドマテリアルリサイクル」があります。オープンマテリアルリサイクルによって再生された材料は日用品や雑貨などさまざまな製品に利用されるため、ほとんどは一般廃棄物となり再利用後に焼却・埋め立て処理されてしまうのが現状です。
資源循環型社会を目指すシャープとKRSCが選択したのは、同じ製品に対して何度も同じ原材料を利用する、クローズドマテリアルリサイクルでした。
「回収したプラスチックを再生し、繰り返し再使用できるものにすることが私たちのリサイクルです。お客さんに10年ぐらい使っていただいて、それをリサイクルして、再び10年使えるものにしなくてはなりません。耐久性の高さがすごく大切なんです」(福嶋氏)
高品位なリサイクルを行い、再生プラスチックを何度も循環させるこのリサイクルを、シャープとKRSCは「自己循環型マテリアルリサイクル(以下、CMR)」と呼んでいます。家電リサイクル法ができて20年以上が経過し、さまざまなリサイクル技術がある中で、リサイクル材の「耐久性」に注目し磨き上げてきたのがシャープとKRSCと言えるでしょう。
高品位な再生プラスチックはどのように作られるのか
しかし、シャープとKRSCが「耐久性」の高さを実現するまでの道のりは並大抵のことではありませんでした。
リサイクル材の耐久性を向上させるためには、いくつかの手法があります。ひとつ目は、回収したプラスチックから異物を除きプラスチックの純度を上げること。ふたつ目は原料の性質が異なるものを安定した特性に改善することです。
「回収される廃棄品には、さまざまな家電メーカーの製品や何年使われたか分からない製品も含まれていますから、原料が毎回異なるんです。性質が違う原料を安定した物性特性に変え、品質管理まで行わなければならないのがリサイクル材ならではの課題です。シャープはこれらを一貫して行っているので、リサイクルプラント、要素技術開発部、商品事業部の連携がすごく強いんですよ」(福嶋氏)
回収される製品分野は徐々に広がり、現在ではポリプロピレン(PP)だけでなく、ポリスチレン(PS)やPC+ABS(※)も回収されるようになりました。そして、同種の素材に戻し同種の部品として再利用する「水平リサイクル」のみならず、新たに機能性を加えて再生し多様な用途に再利用する「アップグレードリサイクル」の研究も進められています。
例えば洗濯機や冷蔵庫、エアコン部品から再生したPPは、難燃性を付与した「難燃PP」として温度が高くなる箇所の部品としても使えるようになりました。また冷蔵庫の棚板や薄型テレビの筐体に使われるPSは合わせて強さのある「難燃PS」として再生されています。同様に薄型テレビの筐体に使われるPC+ABSは、難燃性と抗菌性を兼ね備えた「難燃PC+ABS」に生まれ変わっています。
「簡単に説明していますが、難燃化ってすごく難しいんです。例えば難燃PPの原材料はもともと非難燃のPPですが、ここに難燃材を添加すると物性がすごく落ちてしまって耐久性が低下するんですよ。とはいえ、耐久性に寄与する手法を加えると逆に燃えやすくなってしまいます。緻密に処方のバランス調整を繰り返し、製品に使えるリサイクル材を開発することができました」(上田氏)
一般的にリサイクル材は、いくら丁寧に素材だけ回収しようとしても、もともと付いていたシールやゴムなどの異素材や製品に付着した汚れが必ず混ざってしまうため、新品と比べるとある程度壊れやすく、燃えやすくなってしまいがちです。
これらを少しでも減らすため、KRSCは人の手で丁寧に分解を行うことで、品質の良い素材を回収することに力を入れてきました。これによって他のプラントが稼働できないときもリサイクルができ、同時にリサイクルの匠も育っているそうです。
多くのリサイクルプラントが効率優先で自動化を進めるなか、シャープとKRSCは、地道な回収と研究、そして試行錯誤を繰り返してきました。リサイクル材でありながら、新品の素材とほぼ同等の素材に再生することがシャープとKRSCの持つ強みと言えるでしょう。
「開発を始めたときには『本当に実現できるのか?』と不安な感じがあったのですが、最終的にできあがってほっとしたっていう思いはありましたね」(上田氏)
「この開発がどれだけ大変か分かっている人は社内にもあまりいなくて、『こんなんできましたよ』と報告しても『じゃあ環境性能良いし、難燃化できたなら使うわ!』と軽い感じで、内心『そんなあっさりできたわけじゃないです……』と思ったりもしました(苦笑)』
洗濯機では4巡目に入ったリサイクル材の活用
それでは、こういったリサイクル材は実際にどのような製品のどんな部分に利用されているのでしょうか。
PPは幅広い分野で利用されています。洗濯機の水槽や底台、冷蔵庫の仕切り板やダクトカバー、エアコンのルーバーや内部カバー、エアコンのコードレススティック掃除機のノズルやスタンド台などです。難燃PPは、セラミックファンヒーターの送風ダクトのような、高温部に利用されます。
難燃PSは、冷蔵庫の電装ボックスやエアコン室外機の基板ホルダー、空気清浄機の基板ボックスといった電装系を中心に実装されることが多いようです。
難燃PC+ABSは、プラズマクラスターイオン発生器の内部部品、複合機のLCDホルダーや吹きつけダクト、業務用携帯端末の充電器キャビネットといった、難燃性や抗菌性が求められる箇所に実装されています。
必要に応じて着色も行いますが、黒色顔料は物性や耐久性を低下させるため、要求特性に応じて顔料の最適化を行います。空気清浄機の外装には生産時の廃材を再利用していますが、リサイクル材ゆえに含まれる黒点を活かしたものだそうです。
「当社のリサイクルは、“回収した樹脂は家電4品目(エアコン・テレビ・冷蔵庫/冷凍庫・洗濯機/衣類乾燥機)に戻しましょう”というコンセプトで進めています。本当はテレビの部品はテレビに戻したいのですが、薄型テレビはブラウン管テレビと異なりコンパクトなため買替商品でなく、まだ捨てられる数はそんなに多くありません。毎年回収される量よりも生産する量の方がぜんぜん多くて、バランスが取りづらいんですね。なので、“家電から出てくるものはもう一度家電として出しましょう”という考え方でやっています」(福嶋氏)
“洗濯機の水槽を、再び洗濯機の水槽に戻す”から始まったシャープとKRSCのリサイクル。2001年に回収された洗濯機の水槽は、リサイクルされて同年に新製品へ搭載されました。それが6~9年スパンで回収され、再び新製品に。さらに再生材を使った製品も回収・搭載され、リサイクルは4巡目に入っています。
「水槽をリサイクルしようと考えたのは、単一素材を使っていて大きかったからです。洗剤を使ってもボロボロにならない耐薬品性を備えた素材といえばPPなので、どのメーカーであっても水槽はPPなんですよ。『この形のものを回収してください』と伝えれば、ほぼ同じ特性のPPが集められるのです」(福嶋氏)
シャープの洗濯機の特徴のひとつは「穴なし槽」ですが、黒カビによる水槽の汚れがほとんどないため、リサイクルも楽だと福嶋氏は胸を張ります。
サーキュラーエコノミーの実現を目指すシャープ
シャープの長期環境ビジョン「SHARP Eco Vision 2050」では、SDGsやカーボンニュートラルへの対応とともに、サーキュラーエコノミーの実現に向けた取り組みが掲げられています。製品中の全部材に対する再生可能材料使用への挑戦、そして自社活動による廃棄物の最終処分ゼロがシャープの目標です。
現在、KRSCは年間およそ約91万台(2023年度)の家電製品を回収し、リサイクルを行っています。廃棄物を出すことなく資源を循環させる“循環型経済”に向けて難しい課題に取り組むシャープの要素技術開発部ですが、お二人はどのような点にやりがいや面白さを感じているのでしょうか。
「難しいことをコツコツとやって、やりきったときの達成感は代えがたいものです。さまざまなメーカーの製品を回収、分解するなかで他社製品の作りやコンセプトがわかるのも面白いですね。昔はテレビを解体するために約400本ものネジを外していたのですが、とても大変なので、当社のテレビは解体しやすいようにネジ止めを減らしてもらいました。もちろん、見習った他社製品もたくさんあります。リサイクルプラントってみなさんライバルではなくて、KRSCの課題は他のプラントの課題でもあるので、情報交換も密なんですよ」(福嶋氏)
「単純なリサイクルだと、回収したプラスチックを溶かしてペレット(原料を加工した粒状の素材)にして使うだけですが、クローズドマテリアルリサイクルを目指す場合は、ここから再び製品として使えるレベルに戻すというハードルを越えなければなりません。そのためには回収の仕方や処方までさまざまな知見が必要で、そこを乗り越える必要があります。最先端のリサイクルという、やりがいのある課題に取り組んでいる面白さがありますね」(上田氏)
現在、シャープでは家電4品目の部材がリサイクルされていますが、現在はまだPCや小型家電などの樹脂はあまりリサイクルされていないそうです。上田氏はそのスキームを確立することを今後の目標としているそうです。
「物価が高騰しているいまだからこそ、改めてリサイクルが今後生み出す価値、循環型社会が実現した未来を考えていくことが大切なのかもしれません。私たちの研究が、これからの世の中を背負っていく子どもたちの助けになれば嬉しいですね」(上田氏)