山梨県は11月18日、「富士山登山鉄道構想」を断念した上で、新たに「(仮称)富士トラム」を発表した。有料道路「富士スバルライン」を閉鎖して新交通システム専用化する。ゴムタイヤ式の車両が磁気マーカーや白線による誘導で走行するという。簡単に言えば、連節バスを路面電車のように走らせるしくみである。

  • 「(仮称)富士トラム」の車両イメージ(山梨県提供)

磁気マーカーによる誘導バスは、道路に磁気マーカーを一定の間隔で埋め込み、車両側が感知して位置を把握する。車両はつねに磁気マーカーの真上を通るようにステアリングを制御する。これでレールの上を走るように走行車線を維持できる。新交通システムと同様の無人運転が可能で、発進、速度維持、停止などを車載コンピューターが制御する。

実用化した例として、1999年にトヨタが開発した「IMTS(Intelligent Multimode Transit System)」がある。2001年に淡路島のテーマパークで園内移動用に提供され、2005年に愛知県で開催された「愛・地球博」(2005年日本国際博覧会)にて、会場内交通手段として採用された。CNG(圧縮天然ガス)を燃料とするバスで、3台までの無人運転による隊列走行が可能。最高速度は30km/h、平均速度は20km/h。隊列走行時は数メートル間隔で走行し、停止時は1.5m間隔に詰める。専用道区間で自動運転を実施し、一般道扱いの支線区間では運転士が乗り込み、路線バスとして運用した。

  • 「愛・地球博」で運行したIMTS。自動運転中の運転士席に大会キャラクター「モリゾー」も(筆者撮影)

「愛・地球博」のIMTSは鉄道事業の許可を受け、「愛・地球博線」として運行した。会場内交通だから園内遊覧バスでも良かったが、「未来の鉄道交通システム」として博覧会の出品物とし、「専用の軌道を持ち、他者のために運輸事業を営む」鉄道事業の許可を得ている。

このIMTSの導入などを契機として、2000年3月に鉄道事業法が改正された。第5条第2項に「特定の目的を有する旅客の運送を行うものとして国土交通省令で定める要件に該当すると認める鉄道事業」を追加し、公共性が低くても、観光など特定の目的が主体の鉄道事業は簡易な手続きで許可できる。たとえば鉄道路線の開業と廃止について、国土交通大臣の許可が必要になるところを地方運輸局長に委任されている。

淡路島のIMTSは小型路線バスを改造した車両だった。一方、「愛・地球博」は専用車両を開発した。期間限定とはいえ、国土交通省が許可した鉄道路線であり、鉄道全線完乗をめざす「乗り鉄」には見過ごせない存在になった。筆者も開業したばかりのリニモ(愛知高速交通東部丘陵線)と合わせて乗りに行った。IMTSの案内係は停留所を「駅」、IMTSバスを「列車」呼ぶ。これは鉄道だと主張している様子が印象に残った。

  • IMTSは愛知県長久手市の「トヨタ博物館」で保存されている(筆者撮影)

しかし、IMTSは実用化されなかった。「(仮称)富士トラム」でIMTSを採用した場合、CNGエンジンではなく燃料電池モーターを動力とするとのこと。環境に配慮したIMTSとして実用化されるとしたら、四半世紀越しの実用化となる。「愛・地球博」で乗車した1人として感慨深い。

IMTSとは別に「白線による誘導」も候補に入っている。磁気マーカーの代わりに白線を使い、クルマに搭載したカメラで読み取り、リアルタイムで画像解析を行って白線をなぞるように走る。すでに市販の自家用車で実用化されたレーンキープシステムの延長のようだ。

バスの自動運転も実用化されている。ソフトバンク系列のBOLDLY(ボードリー)が全国10カ所以上で運行しているほか、東急も実証実験を重ねている。どちらもカメラ映像と三次元地図データを参照して走る。

  • 東急が実証実験を進める自動運転バス(筆者撮影)

しかし「(仮称)富士トラム」は「白線使用」にこだわる。道路上に占用設備を持つ「軌道法」にこだわっているからだ。磁気マーカーや白線などの設備を用い、軌道法に則って運行すれば、現在の富士スバルラインは自動運転バス占用軌道になり、マイカーや観光バスを排除できる。

排除というと意地悪に聞こえるし、専用道路で運行となれば独占事業に見えるから、なおのこと印象はよろしくない。それでも山梨県が富士スバルラインの専用化を進めたい理由は、富士山の入山者を制限し環境を維持したいから。富士山の鉄道は環境保全と経済振興の間で揺れ動いている。

「富士山登山鉄道構想」はなぜ頓挫したか

富士山周辺の鉄道構想は明治時代からあったようで、1917(大正6)年に山梨県知事が提唱した「富士岳麓遊覧鉄道(富士公園鉄道)」は大月から身延下部までの計画だった。しかし県内有力者からの協力を得られず、鉄道免許申請に至らなかった。1925(大正14)年に山中湖から須走登山口までの鉄道免許が申請されたが、地元自治体が反対した。反対理由は「登山客相手の商売に打撃を与え失業者が増える」などだった。

昭和期も富士山の鉄道構想があり、中にはトンネルとケーブルカーで山頂に至るという大胆な構想もあった。これも景観破壊や自然保護の観点で反対され、実現に至らなかった。1964(昭和39)年に開通した富士スバルラインは、景観維持と観光振興の落としどころといえる。東京オリンピックやマイカーの普及により、全国的に観光投資ブームが起きていた頃だった。

  • 富士スバルライン(筆者撮影)

富士山登山鉄道は経済的事情や自然保護の理由で実現しなかった。落としどころだったはずの富士スバルラインも、自動車の排気ガスの影響が指摘される事態になった。年配の鉄道ファンに有名な鉄道紀行作家、宮脇俊三氏も1992年の著書『夢の山岳鉄道』で構想を披露している。

最近になって鉄道構想が再燃した理由は「富士山の世界文化遺産登録」だった。日本を代表する富士山を世界遺産として認められたい。しかし世界遺産になると国内外から観光客が急増する。車での来訪が増えれば環境破壊が進む。すでに「山ガール」など若い世代の登山ブームが起きていて、富士山登山者の急増も問題になりつつあった。

ユネスコの諮問機関であるICOMOS(国際記念物遺跡会議)は、富士山について登山者の過大、有料道路の富士スバルラインを含む人工物の多さ、それらによる環境負荷を指摘していた。富士山の世界文化遺産登録に関して、これらの課題を解決することという条件が付いていた。放置すれば登録を抹消されてしまう。世界文化遺産の抹消は世界で3件だけ。世界遺産抹消は不名誉すぎる。約束を守らなければ、今後の日本の世界遺産登録にも影響しかねない。

そこで山梨県知事が公約に掲げた構想が「富士山登山鉄道構想」だった。富士スバルラインを併用軌道に改造し、LRT車両を走らせる。架線柱を立てず、バッテリ、燃料電池、第三軌条または軌道上の非接触集電を使ってモーターを動かすというしくみだった。さらに道路下に上下水道と電力・通信ケーブルを埋設する。富士山五合目では生活水と屎尿処理能力の不足、ディーゼル発電機による環境影響も問題となっており、これらをすべて解決する。

  • 富士山登山鉄道構想を披露する山梨県知事の長崎幸太郎氏(筆者撮影)

かつて環境保護の観点で反対された富士山登山鉄道が、こんどは環境保護を理由に提唱された。かつて世界文化遺産登録に向けて、富士急行(当時)の社長も富士山登山鉄道を提唱し、2015年には富士五湖観光連盟も「富士スバルラインの鉄道建設が望ましい」と報告書をまとめた。

しかし、この構想も地元の富士吉田市長などから反対されてしまう。「富士山登山鉄道に反対する会」という市民団体も結成され、富士急行社長の堀内光一郎氏が顧問となった。堀内氏は富士五湖観光連盟会長でもあり、賛成側が反対側に転じた。反対する理由もまた「環境」だ。鉄道整備の考え方は変わったが、環境重視という点では筋が通っている。

「富士山登山鉄道」を建設するために富士スバルラインを掘り返す。LRTでは曲がりきれない急カーブや勾配を解決するために曲線緩和線路やスイッチバックを作れば、新たな施設を増やしてしまう。富士スバルラインはすでにEVの路線バスを運行しており、マイカー規制とEVバス、入山規制で十分に環境保全の対応が可能だ。これが反対派の新規鉄道不要論である。技術の進化によって、鉄道より環境に優しい乗り物が登場した。

そして「経済」だ。そもそも建設費はどのように回収するのか。「富士山登山鉄道構想」は、通行人数を減らす代わりに鉄道運賃を上げる。1人あたり往復1万円を見込んでいる。バス運賃の5倍である。ただし、山岳観光鉄道としてこれは高額とはいえない。スイスのユングフラウヨッポのチケットは約200スイスフラン、日本円で約3万5,000円。立山黒部アルペンルートも立山~扇沢間で片道1万940円である。日本最高峰の富士山の1万円は妥当、むしろいままでが安すぎたといえる。

環境と経済の両面から指摘を受けて、山梨県は鉄軌道の整備を断念した。その代案が「(仮称)富士トラム」というわけだ。「道路に簡易なしかけを設置して自動運転バスを導入します。ただし占用軌道は堅持して、入山規制に役立てます」とした。

山梨県は「(仮称)富士トラム」とリニア中央新幹線を連携させる方針も打ち出した。鉄軌道ではなく、ゴムタイヤ車両であれば一般道にも乗入れ可能となり、リニア中央新幹線の山梨県駅発着も可能。リニア山梨県駅を核として、県内一般道を網羅する路線網の構想も見据えている。「富士山のため」から「山梨県のため」に解釈を拡大し、県民の賛同を得たい考えだろう。

  • 「(仮称)富士トラム」の路線網イメージ(山梨県提供)

そこには既存のバス路線網の再編をはじめ、マイカーから公共交通へ、さらにMaaSの導入も見えてくる。つまり、観光客にとっても、山梨県民にとっても利点のある「新しい県内交通体系」を作りたいという構想になっている。

「富士山のため」なら鉄道も道路も不要ではないか?

ところで、「(仮称)富士トラム」の発表では触れられていないが、「富士山登山鉄道構想」にはもうひとつの開発計画がある。五合目の老朽化した建物と不要となる広大な駐車場を埋め戻して自然回帰させ、半地下タイプの新たな登山拠点とリゾート施設をつくる。鉄道は冬季の運行も可能となるため、通年観光地として年間の富士山来訪者数を維持するという構想であり、この計画は撤廃されていない。撤廃したら「(仮称)富士トラム」の存在価値すらなくなる。

しかし、世界文化遺産の富士山を守るために、そしてICOMOSの意向に従うならば、トラムもEVバスも要らない。富士スバルラインさえも廃道として自然に回帰させたほうがいい。信仰対象の山という意味もあって世界「文化」遺産になったわけだから、信仰の山に戻したほうがいい。富士山に登る人は麓から登山道を使えばいい。登山のエキスパートだけが挑戦できる山でいい。

日本のアニメーション作品の名作『機動戦士ガンダム』で、主人公から見て敵国となったジオン公国は、人類をすべて宇宙に移民し、地球を人類全体の聖地として自然に帰そうという思想を持っていた。荒唐無稽なロボットアニメの中で、この思想は慧眼だった。この考え方は富士山にも当てはまらないか。北海道の知床半島北側は立入禁止となっており、その判断は正しいのではないか。

バブル経済期の1987年に施行されたリゾート法(総合保養地域整備法)によって、本来は国が厳しく管理すべき開発を自治体権限で可能にした。国定公園を含む自然が「活用」されてしまった。いまも飛行機から見下ろせば、山林を切り取られたゴルフコースが散在する。バブル経済が破綻せず、当時申請されたリゾート施設がすべて認可されたら、日本は多くの山林を失っていただろう。それと同じにおいを富士山高級リゾート化に感じてしまう。

そもそも「富士山を守ろう」という思想と「富士山にバスやトラムを走らせよう」という構想が矛盾している。とはいえ、この矛盾は乗り物好きの筆者の中にもあって困る。新しい乗り物ができたら乗りたい。リゾートラインであればEVバスよりトラムがいい。路線バスに往復1万円を出す人は少ないだろう。徳島県のDMVのように、乗り物として楽しいほうがいいに決まっている。その一方で、富士山を日本人の聖地として自然に帰すべきではないかと思う。そんな複雑な心境で、この件は悩ましい。結果がどうあろうと、山梨県民の選択を尊重したい。