これまでスポーツは、たとえば健康を保つのにいいとか、人間形成やチームワークの精神を養うのにいいなど、身体的側面、教育的側面からメリットが語られることがほとんどだった。しかし、経済学の観点からスポーツを見てみると、将来のキャリア形成に及ぼす影響は見逃せず、また社会全体の幸福度を高める可能性まで秘めていることが明らかになる。その効果を著書『経済学者が語るスポーツの力』にまとめた労働経済学の専門家・佐々木勝氏にお話を伺った。前編の本記事では、スポーツによって人が将来、社会で活躍するためのスキルを身につけることができるという側面についてご紹介しよう。

スポーツを経済学的観点で考察すると見えてくるもの

“経済学”というと、数字が多い何やら難しい学問であるようなイメージを抱く人も少なくないだろう。しかし、私たちが幸せな社会生活を送る上で、さまざまな示唆を与えてくれるのが経済学だ。

「経済学で学べるのは、自分の生活を豊かにし、ウェルビーイング(幸福度)を高めるために、限りある資源であるお金や時間をどう配分すれば良いのか。ひいては自分自身だけではなく、社会全体のウェルビーイングを高めるためにはどうすればいいのかということです。ですから、経済学というツールを通してスポーツを見ると、忙しい中、スポーツに励むのは正しい時間の使い方なのか? 企業にとって、限りある予算の一部をスポーツ選手の支援に割くのは経営の観点から正しい戦略と言えるのか? など、スポーツが人々にもたらす効果を考察することができるのです」

スポーツの力を経済学の観点から見ることのメリットを、このように佐々木氏は語った。氏の専門である労働経済学は、労働という人的資本の扱い方、そして教育や訓練を通して人的資本を蓄積し、生産性を高めることについて学ぶ学問だ。その観点からスポーツを見たときにキーワードになるのが“非認知スキル”だという。

「一般的に教育というと、小中高校生ぐらいだと、国語、数学、理科、社会、英語などのいわゆる“認知スキル”を思い浮かべると思います。これらを学習することで労働生産性が向上しますが、将来社会人として企業に就職して高い賃金を稼いだり、重要な役職に昇進したりするのに必要なのは、この“認知スキル”だけでは不十分。“非認知スキル”というものが重要になるのです」(佐々木氏、以下同)

“非認知スキル”はスポーツ活動で養われる?

人が将来、社会で活躍するために必要なスキルには、学校の勉強で得られる“認知スキル”とともに“非認知スキル”が重要だと語る佐々木氏。それは、具体的に、どのようなスキルのことを言うのだろうか。

非認知スキルとは、

1.協調性(集団の一員として集団の意志決定を円滑に進める) 2.自己規律・自己管理(目標のために望ましい行動をとる) 3.統率力(リーダーとして同僚や部下をまとめる) 4.忍耐力・根性・闘争心(困難な仕事にも果敢に立ち向かう) 5.気配り・思いやり(部署内の上司、部下、パート従業員との関係性をよくする)

この5つを主なものとして氏は挙げている。

そしてこれらの“非認知スキル”を身につけるのに適している手段のひとつが、スポーツなのだという。

「スポーツ活動、とくに団体競技では規律正しい集団行動が求められるので協調性や自己規律が養われます。歯を食いしばって走ったり、球を追いかけたりすることで忍耐力、根性、そして闘争心も鍛えられる。キャプテンになればリーダーとしてチームをまとめる統率力が身につきますし、選手だけではなくマネージャーのような役割を与えられれば、気配り・思いやりを習得することができます。このようにスポーツ活動を通じて得られる“非認知スキル”は、学業を通じて修得する“認知スキル”と同様に、労働生産性を向上させるのに必要で、将来の賃金や所得を引き上げることにつながる可能性があると考えられるのです」

このスポーツの労働生産性向上の効果については、さまざまな研究結果が実証している。とはいえ、“非認知スキル”はスポーツだけでしか得られないと考えるのは行き過ぎのようだ。

「“認知スキル”と“非認知スキル”は両方兼ね備えてこそ、社会で生きていく力が身につくのは事実です。また、スポーツ系の部活動をせず、文化部や帰宅部だったら“非認知スキル”が身につかないままなのかというと、そういうわけでもありません。文化系の部活動や日常の学級活動・生徒会活動でも身につく機会はあります。社会人になってからでも、ジムに通ったり、家の周辺をジョギングしたりといった運動をすることで仕事に必要な自制心や克己心を鍛えることはできるでしょう」

スポーツと経済学といえば、試合会場にどれだけの人が集まって、どれだけの経済効果があるか……などといった、お金の問題をイメージしがちだが、佐々木氏の語る“スポーツの力”とは、人の成長、社会に出てからどのように活躍できるかといったスキルの観点から迫るものだった。後編ではさらに、企業や社会がスポーツの力をどのように活用すべきかについて伺う。

text by Reiko Sadaie(Parasapo Lab)
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