機械作業による危機はトータル3回くらい
農業はいつでも危険と隣り合わせであり、ボクは3回ほど命の危機に瀕(ひん)した。
雷と雹(ひょう)に襲われた地獄の田植え機
地温40度超えのキャベツ畑の収穫作業
転落寸前、ひっくり返るトラクター
この中から、雷と雹に襲われた地獄の田植え機のトラブルについて紹介する。
雷と雹に襲われた地獄の田植え機
ボクが住む茨城県では、田植えが4月下旬から5月末にかけて行われる。ちょうど季節の変わり目であり、急な雷雨に見舞われることも少なくない。
トラブル当日はいつもどおり8条植えの田植え機を運転し、コシヒカリをバシバシ定植していた。日中は晴れて風もなく植えるのに最適な気候だったが、業務が終盤になるにつれて雲行きが一気に怪しくなってきた。
「土砂降りになる前に終えなきゃ」と思い作業ペースを早めた時、田植え機が田んぼのぬかるみにハマり動けなくなったのだ。
田んぼにハマった田植え機の救出
こうなると自力での脱出は不可能なので、急いで親方に電話をして救助を要請し、トラクターで駆けつけてきてもらった。脱出は布ワイヤーという頑丈かつ柔軟性のあるワイヤーを用いて、トラクターで田植え機を引っ張り上げる作戦だ。そして脱出作業を開始すると、空は真っ黒になり雷鳴がとどろき始めた。苦戦する中20分、やっと田植え機を引っ張り上げることができ一安心したのもつかの間、大雨が降り出したのだ。
雷雨の中の田植え機逃走劇
当然田植え機には乗って帰る必要があり、田んぼから農園の倉庫までは最高速度で走っても15分かかる。「田んぼに置いておけばいいじゃん」という声が聞こえてきそうだが、盗難されるリスクがあるため、田植え機を置いて帰るわけにはいかない。苗を植えて終わりではなく、乗って無事に帰るまでが田植えなのだ。
雷鳴に体と心を打たれそうになりながらも田植え機に乗って帰ることを決心し、大雨と雷の中、田植え機の最高速度であぜ道を駆け抜ける。その瞬間、ボクの頭部に鋭い痛みが走った。
雹襲来
驚いて辺りを見渡すと、雹が降ってきているのがわかった。一応伝えておくが、田植え機に屋根はなく、上から降ってくるものから運転手を守ってはくれない。頭上では雷が稲妻を縦横無尽に走らせ、大雨と雹は全身を撃ち抜くマシンガンのようにボクを襲った。
また、農園までの帰路には県道を横断するところが1カ所ある。通常なら見晴らしのよい道路なのだが、雨と雹により視界は悪く、車を運転する人が田植え機とボクを認識するのはほぼ不可能だった。
だが県道を横断しない限り農園には着かない。ボクは田植え機から降りて車に向かって「ここ通らせてください!」と全身を使って必死にアピールした。ボクの必死の形相を見た運転手が車を止めてくれたので、なんとか横断に成功。その間も雨・雷・雹はやむことはなく、むしろどんどん強まっていった。
命がけの帰路。そして……
意識が朦朧(もうろう)としながらもやっと農園に到着。風雨と雹にさらされた体は冷え切り、震えが止まらなかった。今思えば低体温症になっていたのではないかと思う。
田植え機を倉庫に格納し、農園で心配して待ってくれていた親方にボクは「死にそうになった」と伝えて、タイムカードを押した。
全身びしょ濡れのため着替えたいところだが、予備の服はなくこのまま車に乗って帰るしかなかった。しかし、着ていた服を脱いで水を絞っている時、「これしかないんだけど、一度も使っていないからよかったら着て」と、親方が新品のカッパを貸してくれたのである。おかげで濡れた服で車に乗らずに済み、体調を崩すこともなかった。次の日からはまたいつも通り作業ができたので、我ながら回復力には驚かされたものだ。
ちなみに、何もまとわずつなぎタイプのカッパを着るのは初めての経験だった。もう機会がないことを祈るばかりだ。
とにもかくにも体が資本の雇われ農家
農業法人へ入社して3年目にもなると、トラクターやホイールローダーなどの機械業務に携わることが少しばかり増えてくる。しかし依然として体を使った労働がメインであることは変わらない。さすがに入社当初と比べると作業への耐性はついたが、体力はもちろん、持久力がなければ雇われ農家はしんどい。
体力に自信のない人は走ったり筋トレしたりして、基礎体力を上げておくといいだろう。過去に運動部へ所属していたなら、それだけでも大きなアドバンテージだ。ボクは中学・高校ともに軽音楽部だったので基礎体力はみじんもなく、キャベツの収穫の途中でへばってしまうことも多かった。
そこで、作業が落ち着く1月下旬から4月の閑散期は、自主的に運動して体力をつけることを心がけた。ランニングや市民プールでの水泳、自宅での筋トレなどに取り組んだおかげか、スタミナと筋力が向上した。その結果、肥料袋や米袋などの重たいものを持つことも、以前より苦にならず作業できるようになった。
積み重なる腰への疲労。ヘルニアになった!?️
農作業は前かがみになる姿勢が本当に多い。一日通して収穫や定植作業をしたときは腰が悲鳴を上げる。中でも腰を脅かす作業が「運び方」と呼ばれる、収穫物をパレットやトラックに運んで積み込む作業だ。
白菜の収穫を例に挙げると、白菜は5〜6株を1つのプラスチックのコンテナに詰めるので、1ケース15〜18キロになる。15キロ以上ある白菜のコンテナを持ち上げて運ぶだけでも大変なのに、それを積み上げなければならないのだから腰が休まる暇もない。コンテナを積み上げる高さは、身長177センチあるボクよりも頭1つぶん高い6段重ねだ。そのような動作を収穫期に毎日続けていたら、腰に疲労がたまることがわかるだろう。
そしてついに作業中に腰の痛みがまったく治まらない事態を迎えた。前傾姿勢になれないほど腰が痛むため、その日は半休を取り整形外科で診てもらった。ぎっくり腰や椎間板(ついかんばん)ヘルニアとは診断されなかったが、その後も腰の痛みは治まらず、頼みの綱はモーラステープ(湿布)とロキソニンだけだった。
繁忙期であり納品スケジュールは待ってくれないことから、腰に爆弾を抱えながらもひたすら白菜を収穫した。その間は“運び方”を免れたことで、腰はなんとか復活を遂げることができた。
ボクは使ったことはないのだが、アシストスーツ(体に装着し動作を補助する機器)を導入すれば腰への疲労は軽減できるかもしれない。これから就農するなら押さえておきたいアイテムだろう。
一番つらかった作業は「草取り」
ボクが農業法人の作業で一番つらかったのは、畑の草を手で抜く除草作業だ。腰をかがめて作業するのが基本姿勢になり、疲れたらしゃがむこともできるが、1時間もすると足腰が張ってきて痛くなる。さらにしゃがんだり立ったりを繰り返すことで、太ももや膝も痛くなる。
そしてなにより草取りのつらいところは、単調すぎることだ。精神的な持久力が試される。収穫や定植などの作業は一連の動きがあり、忙しく時間の流れが早い。一方で草取りは「30分くらいたったかな」と腕時計をのぞいてみても、10分しか進んでいないなんてのがしょっちゅうだ。これが1日だけならまだしも、1〜2週間、下手すれば1カ月間続くことも農業法人によってはあるだろう。
体への負担を減らせるようにと、膝を地面につけても痛くない膝パッドや、座りながら移動できる2輪車などのアイテムを試したが、どれも一長一短という感じだったので、最終的には腰を曲げながらの草取りに戻った。
また、イヤホンを付けて自分の好きな音楽やラジオを聴きながら草取りできると、精神的にかなり楽になる。「業務中はダメだよ」と、農業法人によっては言われるかもしれないので、交渉するなりうまくやってほしい。
近隣クレームもやむを得ない「堆肥まき」
堆肥(たいひ)は畑にとって重要な有機肥料だ。だが、この堆肥まきは一筋縄ではいかない。堆肥をまくときはトラックやマニュアスプレッダー(散布機)、ホイールローダーを使用するため、体への負担はそこまでない。問題はそのニオイである。ボクの勤めていた農業法人で使っていたのは完熟堆肥ではなかったためニオイがきつかった。作業者は着ている服から髪、鼻の奥にまでニオイが染み付く。そしてなにより畑や田んぼ付近の住民から「臭い」と怒り心頭の電話がくる。
畑で作物を栽培するには有機肥料のパワーが必要であり、化学肥料だけでは作物を満足に作れなくなる。畑に新たな土を迎え入れる「客土」という方法もあるのだが、大変な上にコストもかかる。堆肥は作業も手軽な上、コストパフォーマンスの面でも優れている。ただニオイが問題なのだ。
完熟堆肥であれば強いニオイがないので、ニオイ問題は抑えられるかもしれない。加えて、堆肥まきを専門業者に依頼するのも一つの手だろう。
祝祭日なし。GWなし。お盆・年始の休みは3〜4日
農業法人のつらいところは、休日が少ないことだ。就職先として農業法人を調べるときは年間休日の数を必ずチェックしてほしい。特にプライベートを重視したいのであればなおさらだ。
ボクの居た農業法人は月6日休みが基本で、お盆休みは3日・年始休みは4日であった。計算すると年間休日は79日と、一般的な企業よりも少ないことがわかる。一方、有休を使うことに対しては寛容だったので、農業法人の中でもホワイト企業に分類されるだろう。
農業法人に勤めて酸いも甘いもかみ分け、各作業に対する知見や経験を積むことができた。そして徐々に現場を統括する立場になっていくボク。次章は現場リーダーとなった雇われ農家の体験談を紹介する。