"しょせん段ボール"と、社長の指示待ち社員ばかりだった社内
富山県富山市に本社を置くサクラパックスは、昭和22年創業の段ボール製造会社です。
ワンマン社長だった父の後を継いだ私は、指示待ち社員が多かった社内の大改革に着手し、社員が"人として"成長できる機会を提供しました。それが会社の発展につながり、北陸でダンボール、パッケージ製造と言えば"サンクラパックス"と言われるまでに成長することができました。
そんな私が父の後を継いでサクラパックスの3代目社長に就任したのは平成20(2008)年、会社に入社して12年がたったころでした。
とはいえ、すぐに社長らしいことをしたわけではありません。父に勧められ、社長として顔を売っておくという意味もあり、最初の4年間はサクラパックスの社長の肩書で日本青年会議所の活動にもっぱら従事していました。会社のことは、会長となった父がそのまま見ていました。
先代社長であった父は、30年以上にわたりワンマン社長として君臨してきました。そのため、当時のサクラパックスは社員だけでなく役員までもがその顔色をうかがい、社長の指示を待つだけの体制でした。
営業の現場では、顧客への新たな提案などすることもなく、自分たちが売りたいものを売り込み、顧客から頼まれた段ボールを売るだけ。
製造現場でも、営業から回ってきた注文どおりに段ボールを作るだけ。営業と製造現場が一緒になって、品質改善や新製品の開発のことなどを議論することはありませんでした。 そうなってしまうのも仕方ありません。なぜなら段ボールの製造技術は成熟しきっており、改良の余地はほとんどありません。
また輸送用の梱包資材なので高い品質は不要で、求められるのは早い納期と低い価格だけです。"しょせん段ボール"と、社員たちが仕事にやりがいや誇りが見いだせないのも無理はありませんでした。
そのため、社内に自分から段ボールの生産技術や新たな可能性を探るために何かを勉強しようという意欲を持つものはいませんでした。
そして、日本青年会議所の副会頭を退いてサクラパックスの社長職に専念するようになったとき、このままでは会社の先行きはないと、私は危機感を覚えました。
そこで私が考えたのが、社員自身が人として成長していくために、会社が支援をしていくことでした。
会社が社員の"考える力"を身につける場所になることで、社員の人生が豊かになると考えたのです。そしてそれにより、会社自身も成長、発展していくと確信していました。
社員の基礎力を高めていくために「環境整備活動」を開始
ビジネスの基本である「顧客本位」を目指すためには、顧客が何を求めているのか、どうすればそれに応えられるのか、そのために自分たちは何をすべきなのか──を自分の頭で考えなければなりません。自分で考える力がなければ、顧客本位の業務など担えないからです。
そこでまず始めたのが「環境整備活動」、つまり清掃です。考える力と清掃がどう関係するのかと疑問に思う方も多いことでしょう。しかし私は、この活動こそが社員の考える力の育成に最もふさわしいと考えました。
優秀な人材が集まりやすい東京の企業とは違い、地方の中小企業には、最初から能力の高い人材が入社することは少なく、普通の人がほとんどです。そのため、普通の社員をスキルの高い社員に育てていくことが必要になります。
最初にそれぞれの社員の基礎力を高めていく。それには挨拶や顧客サービス、環境整備などの小さな行動を徹底するのが一番で、特に顧客本位で顧客が求める商品・サービスを生み出していける社員を育てるためには、環境整備が重要だと考えました。
環境整備活動では、まず全社員を7~8人の班に分け、グループごとに清掃場所を決め、毎朝15分清掃しました。
その15分で誰が何処をどのようにして清掃するか1年間の清掃計画を全員で立て、そこから1ケ月、1週間の具体的な行動計画に落とし込んで、1週間単位でPDCAを回しながら実行していきました。
しかし、この活動は社内をきれいにすること自体が目的ではありません。PDCAサイクルと考える癖を身につける活動であり、それが最大の目標です。
清掃であれば、ベテランも新人も同じ立場で自分の意見が言えます。各グループのマネジャーには「清掃に関して、どんどん社員の意見を取り上げてほしい」と指示。
これにより「自分の意見が取り入れられた」と感じ、やる気を出す社員が確実に増えます。つまり、自分で考える癖が自然と身につくようになるわけです。
もう一つ、掃除には良い点があります。新人とベテランが一緒になり、性別や年齢、役職に関係なく全員で毎日掃除をすることで、組織の一体感が生まれます。環境整備は考える力を養う人材教育の面と組織改善の面で、基本となる仕組みなのです。
社員の基礎力を高めるための、もう一つの活動が「ミッション活動」です。サクラパックスでは社員を約50のチームに分け、それぞれが半期単位で3つのミッション達成に取り組んでいます。
例えば経理グループが2021年に半期のミッションとして設定した「コロナの影響を踏まえた通期予測や分析を行い、当社の状況を分析する」、「原価計算ツール・部門別決算の運用サポートを行い、帳簿記録だけでなく経営サポート力のある経理部を作る」というようなものです。
このミッションを1週間単位でPDCAを回すことで「全社員が業務の進捗や残された課題を振り返ることができ、次週の実行計画につなげていきます。この活動を社内では「ミッション活動」と呼んでいます。
生産や営業の業務よりもPDCAを回すことを最優先に
これと並行して進めるのが「KAIZEN(改善)活動」で、これはモノづくりの現場を中心に取り組みます。活動方法は、2~10人のグループに分かれ、ミッション活動と同様に1週間単位で改善活動に取り組み、成果をチェックしていくというものです。
これにより、生産現場で持続的に利益を確保するための基盤づくり、人材育成や作業改善・設備改善を継続的に実施していく体制・仕組みづくり、そして最小のインプットで最大のアウトプットを得る生産システムの構築を目指しています。
うまくいかなければ、どこを修正すべきかをミーティングで議論し、翌週の業務で修正します。あるチームで成功モデルができれば、報告会でその詳細を説明し、ノウハウを共有します。
こうしたPDCAは1ケ月単位で回す会社が少なくありませんが、1週間単位でこまめに回したほうが、不具合が早く修正でき、無駄な時間と手間が減ります。
各チームのマネジャーには、生産や営業の業務よりもマネジャーとしてPDCAを回すことが最優先であることを伝えています。やり続けていけばその価値が分かるようになるのは、挨拶と一緒で、理屈ではなくやっていれば価値が分かるようになるからです。
上に挙げた「ミッション活動」と「KAIZEN活動」が、社員の成長に一番大きく影響を及ぼしていると考えています。
なぜなら、半期ごとに個人個人でやるべきことを明確にするため、各自が徹底して考え抜くことで、考える力とともに会社の業務に関する学びが体に染み込んでいくからです。
「顧客本位」の考え方が浸透し、顧客の問題解決に取り組むように
さまざまな社内活動やミーティングを通じて、会社の理念の一つである「お客様の笑顔のために」という顧客本位の考え方が社員たちに浸透したのは、私が本格的に社長業を始めてから3年ほどがたった2016年ころでした。
「主語をお客さまに置き換えたらどうなる?」「クレームが全くないというほうが危ないんじゃないかな。クレームって、ここを変えてほしいというお客さまの期待でもあるわけだから」といった言葉が、社員たちの口から聞かれるようになったのです。
「顧客本位」の考え方が浸透してからは、営業担当者は顧客と一緒になって包装・梱包の課題解決に取り組むようになりました。その課題を自社に持ち帰り、設計部門に「こんなのはつくれないか」「この問題を解決するにはどういった設計が必要か」といったことを投げかけていくのです。
これに伴い、設計部門も強化していきました。現在、設計士が10人在籍し、地元のデザイン学校や大学の芸術関連学部から新卒者を採用して社内で育成しています。
社内教育としては、包装開発部内で「基礎数学から段ボールの基本、図面のルール、結露の原理、緩衝理論」など基本を重視した勉強会や、自分たちが設計しながら学んだ「基礎的な専門知識」を部内展開する勉強会などを毎月実施しています。
また、日本包装技術協会が主催する「包装管理士講座」も受講させています。最終審査に合格すると「包装管理士」という称号が与えられ、包装の知識が高まることで顧客への提案の幅が広がるだけでなく、新たなアイデアも生まれやすくなります。
包装開発部では設計の賞を取るというのも大きなミッション活動の一つです。また、お客様の要望に応える設計を何件成立させるかというミッションもあり、それらに向かって設計士は日々努力をしています。
実際に日本包装技術協会主催の「日本パッケージングコンテスト」では、2017年に「立山ぐい呑みギフトパッケージ」が最高賞の「ジャパンスター賞」で日本貿易振興機構理事長賞を受賞。その下の各分野の賞でも毎年受賞しています。
2021年に世界包装機構主催の「ワールドスターコンテスト」で、開発に5年かかった「持ちやすい段ボール」が日用品部門で最高賞を受賞しました。
持ち手を工夫することで手指にかかる重さの負担を軽減したもので、「誰かのために」という会社の理念を自分のものにした社員の成長が生んだ成果です。
会社が社員に"考える力"を身につける場や環境を提供することで、社員は"人として"成長していくことができる。それは社員自身の人生を豊かにするだけでなく、それがひいては会社の成長につながると信じています。
人を育てることは公共としての会社の責任です。そのためには、サクラパックスが社員を成長させ、社員の人生を応援する会社であり、彼らの人生に役にたつ会社であることを維持していかなければならないと肝に銘じています。
著者プロフィール:橋本淳(はしもと・あつし)
サクラパックス株式会社 代表取締役社長
1971年富山県生まれ。法政大学卒業後、紙商社勤務と米国留学を経て1996年サクラパックス株式会社に入社。2008年社長就任。東日本大震災の支援経験を活かし企業理念を再構築し、顧客本位の組織改革を推進。社会貢献を重視し、事業拡大により成長。