最近では、学校の授業にICTツールの活用や「探究」が取り入れられ、学習は教科書とノートだけで行うものではなくなっています。しかしそんな中でも、「落語」と「ICT」を組み合わせるというのは珍しい形ではないでしょうか。今回、東京立正中学校・高校でこの2つを組み合わせた出張授業が行われると聞いて、その様子を取材させてもらいました。

英語落語と国語の授業はどう組み合わされるのか?

東京立正中学校・高校は、中学1年生から高校3年生までの6年間を同校ですごす中高一貫生と高校1年から入学してくる生徒が混合クラスで学ぶ、いわゆる“併設型中高一貫校”。高校には3つのコースが設置されており、この日の授業を受けたのは「イノベーションコース」の高校1年生の皆さん。“持続可能な探究活動を通じて社会貢献できる人材を育成する”というコースで、教室での教科学習にとどまらない、実践的な学びに積極的に取り組んでいるのが特色です。

今回の出張授業は、カシオ計算機が学習アプリ「ClassPad.net」の活用の一環として企画したもの。前半をバイリンガル落語パフォーマーの琉水亭はなびさんが、そして後半を浦和実業学園中学校・高等学校 国語科の田口純平先生が担当しています。筆者は「バイリンガル落語」というのを聴くのも初めてですので、はなびさんの口演がどんなものなのかも楽しみですし、それを受けて行うという田口先生の授業がどんなものになるのかにも興味がありました。

  • 琉水亭はなびさんと田口純平先生

    バイリンガル落語パフォーマーの琉水亭はなびさん(左)と浦和実業学園中学校・高等学校 国語科の田口純平先生(右)

コミュニケーションと笑いの話から、英語落語「反対俥」へ

はなびさんは、高校卒業後に英語とヒップホップを学びに渡米し、その後ラジオパーソナリティなどを経験したのち、現在はさまざまなイベント等で英語落語の口演を行っています。最近では、「Google Pixel」のCMにも出演しており、そこで見覚えがあるという方も少なくないのではないでしょうか。

はなびさんの授業は、自身が渡米した際の経験談で始まりました。ほとんど英語が話せない状態で渡米し、そこで何もしゃべれずにいたはなびさんですが、クラスでヒップホップミュージアムを見学に行った際に、決して得意ではないダンスを披露したところ、大きな笑いが起きて一躍人気者になったとか。この経験から、はなびさんは、「笑わせる」のも「笑われる」のも違いはない、と言います。当時のクラスメートは、「自分を笑顔にさせてくれた」ということで、はなびさんをリスペクトしてくれた。それからはクラスでの周囲とコミュニケートできるようになり、授業もしっかり受けられるようになったそうです。

  • はなびさん

    英語落語の口演の前に、コミュニケーションと笑いについて話すはなびさん

それ以来、笑いを届けることをい意識しているというはなびさん。「Google Pixel」のオーディションでも披露したという小噺で教室の空気が緩んだところで、いよいよ英語落語の口演に移ります。

この日の演目は「反対俥」(はんたいぐるま)。はなびさんのバージョンでは、登場人物のひとりである旅行者を外国人に設定して演じられ、日本人の人力車夫との間に生じるコミュニケーションのすれ違いのおかしさを強調しています。10分ほどで噺がサゲに至ると教室内からは大きな拍手が起こりました。

  • はなびさんの口演

    大きな身振り手振りで熱演

口演を終えたはなびさんは「私にはいっぱい夢がいっぱいあるんだけど、時間が足りない。だから、まだまだ時間がたくさんあるみんながうらやましい」と語り、さらに自身の経験を振り返って「大学受験に失敗してしまったけど、それでアメリカに渡り英語をしゃべれるようになったことで、当時の夢だったラジオパーソナリティにつながった。結局行きつくところは同じだったんですよ」と話し、「自分の好きなことをいっぱいもって、それに一生懸命になること」がコミュニケーションを助けることになる、と締めくくりました。

「ClassPad.net」を活用した国語の授業が、いつのまにか情報の授業に

ここで休憩をはさんで、田口先生のパートに移ります。田口先生は、自身の勤務校である浦和実業学園中学校・高等学校では普通科・商業科の3,200人の生徒に対応しているそうで、全員の顔が見える今回の授業を「すごく嬉しい」と言いつつも、「ただ、今日は私が主役じゃなくて、みなさんを主役として進めていきたいと思っています」と授業を始めました。

今回の授業の内容は大きくふたつ。ひとつめは、「『反対俥』の『俥』の謎をとけ」というもの。

  • 田口先生

    「私じゃなくてみなさんが主役」という田口先生

  • 田口先生の授業のレジュメ

    田口先生の授業のレジュメ

田口先生はまず「反対俥」という演題について、「なにか謎がない?」と生徒たちに問いかけます。そこで「(「俥」という字に)にんべんがついている」という声が生徒からあがると、「そう! これに何か意味があるんだなって思いませんでした? 調べてみたくありません?」といいます。ここが「ClassPad.net」の最初の出番。田口先生は「何か気になることがあったら辞書機能で調べてみましょうよ」と生徒たちを促し、さっそく「ClassPad.net」の辞書機能を活用することを実地で体験させました。ちなみに、「俥」の意味はというと、「人が動かすからにんべんがつく、つまり人力車のこと」でした。

  • 「反対俥」の「俥」

    「反対俥」の「俥」に注目

  • 辞書機能

    「ClassPad.net」にはカシオの電子辞書「EX-word」から厳選した辞書が搭載されており、授業中に出てきたわからない言葉などを調べることができます

そして授業は、次のトピックにうつります。田口先生が「はなびさんとは別の方の『反対俥』の口演を聞いて、二人の高校生がその内容をまとめたもの」としてふたつの要約を示し、生徒たちは2つの要約とはなびさんの口演との違いを探すというグループワークを行うことになりました。

  • まとめA

    Aの要約

  • まとめB

    Bの要約

このグループワークの際にも、「ClassPad.net」が活用されます。生徒たちは、グループごとに用意されるデジタルノートにふせんを張り付け、意見をまとめていきます。

  • グループワーク

    グループごとのデジタルノートにふせんを張り付けて、意見をまとめていく

10分ほど各グループで話し合った後、代表して1グループが話し合った内容を発表。その際には、グループワークで話し合った際のデジタルノートが田口先生のPCに共有され、そこからプロジェクターで全員に見えるように映し出されていました。

  • プロジェクターで投影

    生徒がグループのまとめを発表。グループのデジタルノートの内容がプロジェクターで映し出されています

生徒たちが積極的に意見を出してそれぞれのグループの意見をまとめている様子を見て、田口先生は「皆さんが考えて動いてくれるというのが、高校の授業なんです」と言います。「先生が言ったことに、『あれ、これはどういうことなんだろう』と思ったら、『ClassPad.net』でぱっと調べられる」と、「ClassPad.net」を積極的に使って自分たちで学んでいくことを勧めていました。

グループワークの発表で終わりと思いきや、ここで田口先生は先の要約を示して「『反対俥』を聞いてどれくらいの時間でこれを作ったと思いますか」と問いかけます。そして「実はこの要約、1秒で作っています」と続けました。実は先ほどの2つの要約は、「Gemini」「ChatGPT」に「反対俥」のストーリーを要約させたものだったのです。

  • ふたつのまとめは生成AIによる要約だった

    ふたつのまとめは生成AIによる要約だった

ここから田口先生は、生成AIの限界やそれを使ううえで気をつけなければならないことを説明していきます。はなびさんが今日の教室の様子をふまえてアレンジした噺の内容は検索や生成AIでは調べられないし、AIには間違った情報を出力してしまうハルシネーションという問題があるので、AIで作成したものは必ず確認することが必要。そのための知識と思考力を身につけなければならないと言います。

  • リテラシーについてのまとめ

    リテラシーについてのまとめ

国語の授業がいつの間にか情報の授業のようになったところで、田口先生の授業も一区切り。最後にはなびさんが再度登壇し、生徒たちからの質問に答えたり、反対にはなびさんから生徒たちに「夢を持っている人ってどれくらいいますか?」と尋ねるなどして、この日の2時間の授業を終えました。

  • はなびさんと生徒

    生徒たちと互いに質問しあうはなびさん

授業後に、「最初はリアクションが薄かったのでどうしようかなと思いました」とはなびさん。「イノベーションコースの生徒さんということで、社交的な子が多いのかと思っていたんですけど、まじめで礼儀正しく聞いてくれて、終わった後にわざわざ『よかったです』と言いにきてくれた。聞いていて大爆笑するって感じではないけど、あとで聞くと『よかった』って言ってくれるのは、フランス人の反応に似てます」と話していました。

他の学校の先生を招くのは生徒たちへの刺激が狙い

授業後、今回の出張授業を企画したカシオ計算機の古川広樹さんにも話を聞きました。

  • 古川広樹さん

    カシオ計算機株式会社 カシオ教育研究所 EdTech事業部 EdTech開発部 古川広樹さん

「ClassPad.net」を活用している学校での出張授業や公開授業というのは、これが初めてではなく、これまでにも何度も行っているそうです。田口先生にわざわざ東京立正中学校・高等学校に出向いて授業を行ってもらったのも、その経験からの判断。他の学校から先生を招いていつもとは違う授業にしてあげることで、生徒たちが前のめりになっていくのを見てきたことから、今回も外部の刺激を提案しようという狙いがあったそうです。

はなびさんを講師として招いたのにも、彼女に人生やコミュニケーションについて語ってもらうことで、たんなる教科学習にとどまらない、生徒たちにとって刺激になる授業にしたいという考えがあったといいます。

今回の授業の構成は、まずはなびさんが自身のパートの内容を考え、それを受けて田口先生が2時間目の内容を決めるという形だったとのこと。田口先生はこれまでにもカシオ計算機の企画にさまざまな形で協力されており、今回の授業の内容もカシオ計算機としてはノータッチで完全におまかせだったそうです。

現在、「ClassPad.net」がメインの対象としているのは高校だそうですが、それでも「ClassPad.net」を導入している学校は一部にとどまるそうです。カシオ計算機としては「ClassPad.net」を導入してもらうことで教育環境を向上させられると信じているため、より多くの学校とご一緒したい、高校だけでなく小学校・中学校にも広げていきたい、と話していました。