人口減少・高齢化・産業衰退――。日本全国の自治体がぶつかる地域課題に、北海道の人口3,000人の小さな町「上川町」も同じく頭を悩ませていた。だが、2017年に「上川大雪酒造」の誕生を契機に、わずか5年足らずで道内に3つの蔵が造られ、空前の酒蔵ブームが巻き起こる。

  • 上川大雪酒造の日本酒

書籍では、3つの蔵について次のように紹介している。

一つ目の蔵は、人口減少のやまない過疎のまちと力を合わせて「幻の酒」を生み出し、日本酒ファンの往来が始まってにぎわいを取り戻した。すると、新しい地域再生モデルが共感を呼び、企業や移住者を呼び込んで、多彩な官民連携のまちとして生まれ変わった。

二つ目の蔵は、国立大学のキャンパス内に設けられ、酒造技術者を養成する国内屈指の醸造学の拠点になりつつある。

三つ目の蔵は、観光都市にとって54年ぶりの酒造復活となり、魅力ある「地酒」をもたらした。原材料の酒米作りも始まり、荒れ放題の耕作放棄地が息を吹き返している。

  • 上川大雪酒造の代表取締役社長である塚原敏夫氏

このほど、そのストーリーを紹介した一冊の書籍『北の酒蔵よ よみがえれ!国を動かした地方創生蔵 上川大雪』(1,980円/垂見和磨 著)が世界文化社より発売された。

今回は、上川大雪酒造の代表取締役社長である塚原敏夫氏に本書にまつわる話や想いを聞いてきた。上川町でレストランや酒蔵を創業する以前は、野村證券やヘッドハンティング企業を渡り歩いてきたという同氏が考える、地方創生とは?

■苦労する資金繰り。有力者たちの信頼を得るコツとは

そもそも日本酒業界は参入障壁が非常に高い。ここ数十年で低迷を続けている国内の日本酒市場において、新規参入を認めてしまえば、日本酒の供給過多になり、過当競争で既存の酒蔵が淘汰(とうた)されてしまう可能性がある。そうなれば、国税収入の重要な地位を占める酒税を確保できなくなってしまう、と国は考えており、原則として酒造免許の新規取得は認められていない。

塚原氏は、この参入障壁の高い日本酒業界において、不可能と言われた北海道での酒造建設を、自治体や企業、地元住民と協力し成功させた。

同氏に酒造建設時、特に苦労した点を尋ねてみると……、即座に「圧倒的に資金調達です」との答えが返ってきた。元手が少なかった同氏は、家族に内緒で自身の生命保険を解約したほど資金繰りには苦労したのだとか。

では、どうやって有力者たちから資金調達を行ったのか? ポイントを聞いてみた。

「官民連携にこだわりましたね。上川町や自治体の人々をしっかり巻き込むことで、僕のわがままじゃなく、町もそう言っているんだとなり、ちょっとずつ信用をみたいなものがついてくるんです」

だが、これは塚原氏自身に信頼や魅力がないと成り立たない話。どうやったら信頼を集められるのだろう。人の"信頼を得るコツ"についても聞いてみた。

「人間関係って普通預金の残高と同じなんです。相手が喜ぶことをしてあげると残高が増え、頼み事をすると残高は減る。時間はかかりますけど、預金をしていれば自分がやりたいことがあるときに一気に下ろせる。でも、頼ることばっかりしてきた人は、結局何かやりたいときに手を貸してくれる人がいない。かっこよく言えばギアンドテイク、どこまでそれができるかですね」

さらにはこんな話も。

「うちの会社にも中途入社の社員が入ってきます。ただ、僕は円満退職してきた人しか採用しない。なぜかと言ったら、円満退職していない人は残高が少ないからです。退職するって体力のいることで、能力だと思っています。就職するより円満退職する方が、能力がいりますから。そのとき、キレイにやめられるっていうことは"能力と残高がある人"と考えています」

■産声をあげた「上川大雪」

自治体をはじめ、多くの財界人などを巻き込んだ結果、2017年についに上川大雪酒造が産声をあげ、試験醸造を開始した。そこで、塚原氏に初めて上川大雪の酒を口にしたときの感想を尋ねてみた。

「うれしかったんだと思いますけど、本当に何も実感がわかなかった。味わいとか、そういうこととは全く別で酒屋さんでこのお酒を誰かが買ってくれている場面を想像できなかったんです」

では、いつ実感がこみあげてきたのだろうか。

「(お酒を売り出して)何カ月か経ったときですかね。新聞などのメディアに出て、その情報を一般の読者の方々と同じように読んで、そのときおーっと思いました」

上川大雪が、試験醸造の一部を2017年にクラウドファンディングで出品すると、募金は受付開始1時間半で目標の100万円を突破。そればかりか、1カ月後の締め切りまでに、日本酒ジャンル至上最速のペースで1,300万円を超える額が集まったほか、視察団も年100組以上が来訪したという。

  • 帯広畜産大学内にできた酒蔵

こうして上川町の盛り上げに成功した上川大雪は、メディアをはじめ、多くの人の関心を集めた。その後、2020年5月に帯広畜産大学内にできた蔵でも同様にクラウドファンディングを実施すると、約3,000万円の支援金が集まり酒類分野では過去最高額を記録。

そのわずか約1年半後の2021年11月にできた函館の蔵も同じくも注目を集め、初日100本限定の整理券がわずか6分で完売したほか、初回生産分の3,000本も即日完売という人気ぶりを博した。

■「知ってもらうこと」が地方創生に

上川、帯広、函館と、酒蔵を起点とした地方の活性化を実現した上川大雪。塚原氏に"地方創生とは?"と尋ねてみた。

「みんなに知ってもらうことですね」

"知ってもらうだけ?"と疑問に思っていると、「知ってもらう内容が、応援したいと思わせる内容ということです。地方の会社を発展させたいときに伝えるのは、"酒がうまいだろう"ということではなく、全国的に減り続けている酒蔵を、人口が減り続ける町で一生懸命やっているやつがいる。これを"応援したい"ということを多くの人に知ってもらうんです」と説明。

続けて、「それから、そこに住んでいる地域の人たちが『関わっておかないと損するかも』という思いにさせることです。良かれと思ってやっていても田舎では厄介者の目で見られることも。でも、メディアなどが正しく僕らの姿勢を、地方創生だ、産学連携だと取り上げてくれると、その目が変わり応援してくれる」と、地元を巻き込む重要性も語ってくれた。

そんな同氏は現在、数多くの自治体から引き合いがくるそうだが、"ある依頼"は受けないという。それは?

「アップグレードには興味がありません。昔からある名産をなんとかしたいという相談がありますが、これは僕に相談してくるよりも前に、多くの人たちが知恵を絞りあって、すでにいろんなものを作っています。ここに僕が出て行っても過去の否定になるだけです。そこには複雑な利害関係が絡んでいることも多いので、こういう地方創生はやりません」

過去の否定をするようなやり方はせず、サポーターや仲間を作ることで地方を元気づけていく、と独自のスタイルについて教えてくれた。

■網走にも酒蔵を復活させたい! 上川大雪が目指す先とは?

北海道に大きな酒蔵ブームを巻き起こした上川大雪だが、すでに次の一手を仕掛けている。4カ所目の酒蔵創設を、網走に計画している。「2年後には網走の地酒が飲めるようにしたい」と言い、その勢いはとどまることを知らない。

新しい挑戦を続ける塚原氏に、今後の展望を聞いてみた。

「世の中の役に立つだけじゃなく、役に立ちながら利益も出して貢献する。『酒蔵に勤めたんだけど、銀行に勤めた同級生と給料が変わらない』みたいな会社を作りたいですね。酒蔵やレストラン、チーズ工房、ホテルができあがっていくことで町のトータルブランディングができる。会社をでかくすることだけだとは思わないが、従業員にポジションを作るのは大事です。網走に展開するのもその一環。地方創生の路線を守りながら、これまでよりも一歩上を目指していきたいです」


地域と連携し、地元に根を張りながら新しい風を吹かせる。そんな上川大雪の挑戦はまだまだ続く。

『北の酒蔵よ よみがえれ!国を動かした地方創生蔵 上川大雪』(世界文化社刊/垂見和磨 著)

  • 『北の酒蔵よ よみがえれ!国を動かした地方創生蔵 上川大雪』(1,980円/垂見和磨 著)