プラズマ乳酸菌を感染症予防に役立てる研究が日進月歩の勢いで進んでいる。

キリンホールディングスは国立感染症研究所と共同して行っている研究開発において、「乳酸菌L.ラクティス プラズマ(プラズマ乳酸菌)」の経鼻接種が、新型コロナウイルスやインフルエンザウイルスへの感染防御に効果的であると非臨床実験で確認した。

11月18日に行われた研究成果発表会では、キリンホールディングスのヘルスサイエンス研究所で所長である藤原大介氏、同研究所の研究員・城内健太氏、国立感染症研究所 エイズ研究センターで第一研究グループ長を務める石井洋氏らが、これまでの研究成果と今後の展望について説明した。

プラズマ乳酸菌の力で自然免疫・pDCを活性化

2000年以降、SARSや新型インフルエンザ、新型コロナウイルスなど、新型ウイルスの流行が周期的に起こるなど、人々は常に感染症の脅威に晒されている。

  • キリンホールディングス 執行役員 ヘルスサイエンス研究所 所長 藤原 大介氏

藤原氏はこのような社会背景を前提として、「周期的に流行する未知なるウイルス感染症に罹患しないよう対策することが必須である」と指摘。プラズマ乳酸菌の研究に至ったきっかけについて「細菌治療では抗生物質が幅広く効くため、たとえ新しい細菌が流行してもそれほど脅威にはならない。一方ワクチンや抗ウイルス剤などは特定のウイルスにしか効果がないため、新型ウイルスの流行には対処できないという課題がある。こうした経緯から、様々なウイルスに効果がある手頃な手段を確立すべく、プラズマ乳酸菌の研究を行ってきた」と説明した。

免疫は「自然免疫」と「獲得免疫」のふたつに分けられる。前者は外からの敵に対して攻撃するため対象が何であるかは関係がない。一方で後者は一度攻撃された敵を覚え、2回目以降に効果的に攻撃することができる。

藤原氏は「ワクチンは獲得免疫の仕組みを使い、病原体もしくはその一部を封じ込めて作られている。そのため新たなウイルスの攻撃を受けたときにすぐワクチンが作れるわけではなく、まずは自然免疫だけでウイルスと戦わなければならない。しかし自然免疫でワクチンを作れるようになれば抗原が不要になるため、“病原体フリー”のワクチンが実現するかもしれない」と言及した。

ウイルス感染防御に重要な役割を果たすのが、自然免疫である「pDC(プラズマサイトイド樹状細胞)」だ。pDCが活性化すれば、B細胞やキラーT細胞、ヘルパーT細胞、NK細胞など様々な獲得免疫が強化され、ウイルスを攻撃・排除することが可能になる。

藤原氏はpDCの重要性を説明したうえで「2009年までpDCを活性化させる乳酸菌は存在しないと論文で言われていたが、2010年に私たちの研究により、世界で初めて免疫の司令塔を活性化できる『プラズマ乳酸菌』を発見し、2012年に国際的な論文で発表した。国立感染症研究所との共同研究では、活性化したpDCを新型コロナウイルスと混ぜると、本来増殖するはずのウイルスを抑制できるという結果が得られた。これを元に、プラズマ乳酸菌を用いて、あらゆる呼吸器ウイルスに対応できる夢のワクチンが作れないかと考えている」と主張した。

このプラズマ乳酸菌の研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の先進的研究開発戦略センター(SCARDA)が公募した、ワクチン開発・生産体制強化戦略関連事業「ワクチン・新規モダリティ研究開発事業」に採択されている。

  • キリンホールディングス ヘルスサイエンス研究所 研究員 城内 健太氏

続いて登壇した城内氏は、乳酸菌L.ラクティス プラズマの経鼻接種によってどんな影響をもたらすかを解説。「なぜ経鼻接種をする必要があるのか疑問に思う方もいるかもしれないが、呼吸器ウイルスに関しては上気道粘膜(鼻周り)でウイルスが増殖することがわかっている。これまで、プラズマ乳酸菌を経鼻接種した事例がなく、鼻周りの自然免疫応答にどのような影響を与えるのかをまず調べなければならなかったが試験の結果、経鼻接種により鼻腔細胞中のpDCの割合が0.8%ほど増加、疑似ウイルスに対する反応も明らかに向上することがわかった」と説明した。

  • 写真は経鼻接種のイメージ

また、“プラズマ乳酸菌の経鼻接種は、早い時期から自然免疫応答が誘導される”という仮説をもとに実験を行った城内氏らは、「接種から6時間後には鼻腔細胞中のpDCの割合と抗ウイルス遺伝子の量が増え、24時間後まで維持されるという結果が出た。まだ非臨床実験の段階ではあるものの、プラズマ乳酸菌の経鼻接種により、鼻腔での速やかな自然免疫応答を誘導し、ウイルスに対する防御効果を発揮する可能性が示されている」と語った。

  • 国立感染症研究所 エイズ研究センター 第一研究グループ長 石井 洋氏

最後に登壇した石井氏によると、病原体が体内に入ってきた際、自然免疫反応は最初の防御機能として非常に大事な役割を果たしているという。

「これまで自然免疫反応は、1、2日ほどでなくなると報告されていたが、近年では数週間~数カ月持続するメモリー反応(訓練免疫)が存在すると示唆され、多様な呼吸器ウイルスの感染防御に役立つのではないかと研究が進められている」(石井氏)

さらに石井氏はこれまでの研究結果を踏まえ、「プラズマ乳酸菌を経鼻接種することで、新型コロナウイルスや複数株のインフルエンザウイルスなど多様な呼吸器ウイルスに対して増殖抑制効果を示し、その効果は2週間ほど持続することがわかった。さらに、上気道の自然免疫を誘導できるということも研究結果から読み取れる」と語った。

また、将来への展望について石井氏は、「獲得免疫を誘導する一般的なワクチンは高い効果を発揮するが特異性が高すぎるため、ウイルスが変異するたびに効果がなくなってしまう。一方で自然免疫は非常に広いウイルスに対して迅速に効果を示すというメリットがある。そのため新型コロナウイルスの変異株やインフルエンザの多種多様な株にも効果を発揮するのではないかと期待している」と解説。

「少し発展的な話をすると、現在、新たなワクチンを作るためには最低でも100日はかかってしまうが、未知のウイルスに対応できる自然免疫のワクチンができれば、緊急時の最良の対応になる」と語り、発表会を締めくくった。