神奈川県相模原市では今年4月、地域の少年野球チームが中心となり、複数の中学校野球部の生徒が参加する2つのクラブチームが設立された。1つは本気派が所属する「相模TKS」、もう1つは野球を楽しみたいエンジョイ派のための「東林TKSC」。なぜ、こんな組織編成となったのか。今、全国で進んでいる部活動の地域移行のヒントにもなりそうな試みをご紹介する。

部活動の地域移行から始まった2つのチーム構想

今回、お話を伺ったのは2つのクラブチームの発案者でもある「相模TKS」の監督、星野直人氏だ。相模原市立相模台中学校の現役教師である星野氏は、高校時代は東海大相模高校の選手として出場した甲子園(センバツ)で優勝。さらに前任の上溝中学校、新町中学校では指導者として、野球部を全国大会出場に導いた、根っからの野球人でもある。また、読売ジャイアンツの菅野智之選手を輩出した少年野球クラブなどを管轄する東林少年野球連合が約40年も前に創設されるなど、相模原市は少年野球が盛んな地域でもある。2年前、その地域の方から、星野氏にある相談が持ち込まれたという。

「前任の新町中学校に赴任してから9年が経つ頃でした。地域の方から『今の部活動の地域移行の流れの中、ぜひこの地域で、地域のクラブチームの立ち上げをやってくれないか』という内容でした」(星野直人氏、以下同)

そして間もなく、星野氏は現職の相模台中学校に異動となった。そこで異動先の校長にこの件を相談。さらに本気派の「相模TKS」とエンジョイ派の「東林TKSC」の2つの組織のビジョンも話したところ、クラブチームとしてやってみたらどうかという回答を得たのだという。

本気派とエンジョイ派を分けた理由とは?

「相模TKS」は大会での優勝、全国大会に出場したいなど、より高い目標を目指し野球に取り組む子どもたちのためのチームで、「TKS」は地元の中学校、東林(とうりん)、上鶴間(かみつるま)、新町(しんちょう)の3校の頭文字。一方、「東林TKSC」は少年野球の経験はないが興味がある、あるいは経験はあっても野球は楽しむためにやりたいエンジョイ派の子どもたちのためのチーム。「TKSC」は先の3つの学校の頭文字にクラブのCをプラスしたものだ。なぜ、わざわざこんな風にチーム分けをしたのだろうか?

「以前勤務していた中学校の野球部は、僕が赴任する前の10年間のうち5回も全国大会に出場し、そのうち1回は全国優勝するような、公立中学としては考えられないような強豪校でした。赴任してそれを引き継いだ僕も引き続きトップチームを目指し、子どもたちも頑張ってくれて、関東大会や全国大会に出たり、県大会で優勝したりしたんです。でも一方で色々思うところがありました」

というのも、星野氏が少年野球教室で小学生を教えていた頃、楽しそうに野球をやっていた子どもたちに「中学校でも野球をやったら?」とすすめたところ、「中学校だと、僕はついていけるかわからないから、どうしようか迷っています」と、躊躇する声を聞いたことがあったからだ。実際、その時の子どもたちの中には、中学校に進学したものの、トップチームの雰囲気に気後れして、野球部ではない部活動に入ってしまった子が複数人いたという。

「もちろんトップチームを目指して真剣に野球に打ち込むのは素晴らしいですが、中学から野球をはじめたい子や、実力に自信はないけど野球をやりたいという子どもたちの受け皿も必要なんじゃないかと思ったんです」

そこで、子どもたちのニーズに合わせた2つの団体を作ることを思いついた。ちょうど新しい赴任先の相模台中学校の校長も、部活動で勝つことが目的ではなく手段であり、部活動を通して社会に出たときに必要なことを学ぶことが大切であるという考えの持ち主で、すべての子どもの受け皿を作りたいという星野氏の考えを後押ししてくれたのだそうだ。指導者も練習場所も地元で調達本気派、エンジョイ派、合同での練習風景
写真提供:星野直人氏

2つのチームはあくまでも地域のクラブチームのため、入部の条件は、東林、新町、上鶴間中学校、星野氏が勤務している相模台中学校に在籍をしていること。あるいは、小学校時代に東林、新町、上鶴間、相模台のいずれかの地域の少年野球チームに在籍していたことを原則としている。指導するのは星野氏の他、指導を希望する当該中学校の野球部の顧問や、両クラブの代表など全部で11人。いずれも地元にかかわりのある人ばかりで、いわゆる指導者を派遣する民間企業などは利用していない。

練習場所はこの活動を後押しする相模台中学校のグラウンドを使用している。その他にかかる諸経費はチームに所属する中学生たちが払う月3000円の会費で賄っているので、部活動の民間移行でよく問題となる費用面では、それほど大きな負担はないという。スタートした4月には選手は60人ほどだったが、中学校の部活の仮入部期間に野球部に所属し、野球に興味を持ったのでクラブにも入ってみたいと思った子どもたちも参加するようになり、現在は両クラブ合わせて70人を超える選手が所属する。

理解を深めた丁寧な対話

自治体によっては部活動の地域移行だけでも、なかなかうまくいかないという話も聞こえてくる。その上さらに、「本気派」と「エンジョイ派」の2つのクラブチームを作るという取り組みが、わずか1年ほどで実現できたのは、なぜなのだろうか?

「新しい形のクラブだったので、まずは理解をしてもらうために、いろんな人に会ってたくさん話をしたことが大きかったと思います。たとえば、各中学校の校長先生に集まっていただき話をしたこともあります。それから、当事者である中学生やこれから中学に進学する小学6年生向けの説明会を地域の児童館や公民館で何度か行いました」

説明会では、まだ形の見えない新しいクラブに関して、子どもたちはもちろん、参加した保護者からも疑問や不安の声があがったという。その段階ではまだ不確定な要素もあって、はっきりと答えられないことが心苦しかったそうだが、それでも丁寧に説明を続けるうちに、「どうやらこの組織は単なるクラブではなく、文科省(国)が目指している部活動の地域移行に対して、ちゃんと考えそれを実行しようとしているんだな」ということが、子どもたちやその親、そしてそれぞれの学校の教職員にも伝わって理解されるようになっていったそうだ。

「部活動のように学校という組織の中だけでやるとなると、当然顧問の人数にも限りがありますし、教師一人で全部をやるとなると難しいです。でも、地域の組織の依頼から始まったことで、地域でやっていくんだったら協力したいと力を貸してくれる人たちが現れて、今一緒にやっている各中学校の野球部の顧問の先生たちも協力しますと言ってくれたので、これならやっていけると強く思うことができました」

どちらのチームに入るかを決めるのは子ども自身

取材した5月下旬の段階では、全員「本気派」「エンジョイ派」のどちらに所属するか、はっきりとは決定しておらず、全員一緒に練習を行っていた。

「最初からどちらに所属するかを決めてしまって、『思っていたのと違う』『こんなはずじゃなかった』となってしまっては、子どもたちが可哀想じゃないですか。ですから今は一緒に練習をして、本気派はこんな感じ、エンジョイ派はこんな方針でやっていくよ、というのを体験してもらって、今の3年生が引退した後に、正式にどちらに所属するかを子どもたち本人に決めてもらう予定です」

星野氏がこう語るのも、公式の試合などに出る場合、野球協会にメンバー登録をする必要があり、原則的に登録するのは年に1回。こっちがダメだったからあっちと、コロコロと所属先を変えることは難しいためだ。しかし1年間エンジョイチームで野球を楽しんだ後、やっぱり本気で高みを目指したいと思った場合は、翌年に本気派に転向することは認めたいという。

本気派は勝利を、エンジョイ派は何を目指す?

本気派は野球がうまくなること、チームが強くなって勝つこと、と目標が明確だが、エンジョイ派の場合は、何を目指せばいいのかわかりづらいと感じる人もいるかもしれない。それに関してはどのように考えているのだろうか。

「本気派の子たちは、高みを目指したい、勝ちたいから相模TKSに来るわけですからブレがない。よく考えるべきなのは東林TKSCのチームに入る子どもたちです。チームの狙いはエンジョイベースボールですが、その在り方というのは幅が広いと思っていて、たとえば去年の夏の甲子園で優勝した慶應高校もエンジョイベースボールを標榜していました。あの場合は、ただ楽しめばいいというのではなく、勝ちを目指した中での楽しさの追求で、それも有りです。一方で、本当にただ競技を楽しもうっていう年があってもいいんじゃないでしょうか。だからどちらかというと東林TKSCの方が子どもの意見をちゃんと聞かないとやっていくのは難しいと思っていますし、勝ちたい子もいれば、そうでもない子もいて、勝ちたい子は相模TKSという行き場がある。そうでもない子も、野球はチームスポーツなので自分のことだけではなくて、みんなのことを考えて、その上で楽しんでいける、全員のやりたい野球ができる環境を整えてあげること、それが大人がやるべきことだと思っています」

相模TKSも東林TKSCもまだ対外試合は行っていないという。しかし、練習のある日曜日になるとわざわざ見学にくる保護者もいて、「家では子どもがクラブのある日が楽しみだと言っています」と、嬉しい言葉を聞くことも多いそうだ。

部活動の地域移行は指導者や練習場所の確保、それにかかる費用の捻出など簡単には進まないさまざまな課題があるのも事実だ。しかし、星野氏は「部活動って誰のためにやっているかと言えば、すべて子どものためなんです。ですから地域移行も、大人の事情で、これは出来ない、あれは無理ではなくて、その中でも知恵を絞って環境を整えてあげるのが大人の役割」だと言う。

取材後「偉そうなことをいっぱい話してしまいましたが」と恐縮しながら前置きした星野氏は「結局は、子どもたちが頑張っている様子を見ると、僕自身がそこからエネルギーをもらえるので」と笑顔で話してくれた。星野氏のように心から子どものことを考えられる大人が増えることが、部活動の地域移行を進めるのかもしれない。

text by Kaori Hamanaka(Parasapo Lab)
写真提供:星野直人氏
photo by Shutterstock