北海道紋別郡湧別町(ゆうべつちょう)。札幌在住の筆者でも、湧別町の正確な位置はわからない。そんなオホーツクエリアの小さなまちから、最近やけに熱いメッセージが聞こえてくる。
「『誰もが知っている、誰も見たことがない建設会社』を北海道の田舎から狙う!」
発信源は、湧別町で建設業を営む会社らしい。何のために仕事をしているのかという独自の想いを、主に就活生に向けてメッセージしているようだ。
果たして、どのような人が、どのような背景で何を伝えようとしているのか。さっそくインタビューを試みた。
大学4年春、就活をやめて日本一周へ
取材に対応してくれたのは、老舗建設会社「西村組」の取締役 執行役員 社長の西村幸志郞氏。現在28歳。
同社の本社がある湧別町は、道東のオホーツク海とサロマ湖を望む、人口8,000人ほどのまち。
ここを拠点に、同社はすでに85年以上の歴史を重ねている。
2024年6月に社長に就任した西村幸志郞氏は、同社の4代目の跡継ぎ。本人は「四代目若頭」と名乗ることもある。
いわゆる温室育ちのお坊ちゃまと思われがちなプロフィールだが、本人が作詞して自ら歌い上げているオリジナルラップ「You Bet」には、次のような一節がある。
「祈り積もりマジサイテー 気づいたときにゃ無い内定 人生絶望感99%」
西村氏も就活をして絶望を味わったことがあるということだろうか。
そんな質問を投げかけると「大企業ではありませんが、100社ほどから声をかけていただき、その全部で働いて100通りの仕事をしてみるのも面白いかなと思っていたんです。地元に戻って家業を継ぐつもりはまったくありませんでした」と、とりあえずの選択肢はいろいろある状況だったようだ。
「ただ、組織で日々自分を偽って生きていくのは無理だなって感じていました。文句を言いながらの仕事はかっこ悪い。どうせならワクワクしながら働いて成長したかったんです」
強い焦燥感に突き動かされるように、西村氏が選んだのは「日本一周」。
大学4年生の春から初秋にかけての5ケ月間、北海道から沖縄まで自分の車で巡った。
「有名観光地とか大都市ではなく田園風景が広がるような、いわゆる"いなか"道を気ままに進み、帰ってくる期限も特に決めていませんでした」
今までの自分がすごく恥ずかしくなった
西村氏は、大学時代の日本一周ひとり旅で何を得たのだろうか。
「どうしようもなく感謝があふれる場面の連続でした。地元のおじいちゃん、おばあちゃんが"ほら、食べなさい"と手作りのおにぎりや地域の名物を差し出してくれる、など、あちらこちらで親切にしてもらいました」
佐賀県ではさらに忘れられないできごとがあったと言う。
ラストオーダーぎりぎりの時間に入ったラーメン屋さんで、九州だからやはり豚骨ラーメンを注文したという西村氏。
「食べ始めたらすぐに、そのお店のおすすめ"あんかけ丼"も 『サービスだよ』と出してくれたんです」
しかも、お会計のときに「お代なんかいらないよ。この旅で君がいろいろ学んでくれたらそれでいいよ」とラーメン代もとってくれなかったそうだ。
「旅を通して『自分ってめちゃくちゃしようも無い人間だったな』と気づかされました。いつも周りに当たり前に誰かがいて助けてくれたり支えてくれたり、すごく恵まれた環境なのに感謝もできていない。すごく恥ずかしくなりました」
そして、自分も人に何かを差し出せる人間になりたい、相手をまるごと受け入れられる度量を身に付けたいと、強く感じたと言う。
生き方を見つめ直し、家業を継ぐと決意
「将来何をしたいんだろう」と自問自答していた西村氏は、旅を通してたくさんの人たちから学ぶうちに、ふと3つの目標が浮かんできたそうだ。
1つは「かっこいい大人」、2つ目は「有名になりたい」、3つ目は「人の幸せを志す男にという願いを込めて両親がつけてくれた幸志郞という名前にふさわしい生き方」だ。
「有名になりたいというのは、自分のためではないですよ。こう見えてシャイなので(笑)。あくまで会社の価値を上げるために自分が(仕方がなく)前面に出るという意味です」
この3つの目標に向き合える最適な場所は、家業である「西村組」だと気づき、地元へ帰ることを決意。大学卒業とともに入社した。
さまざまな社内改革に着手
「自分はモノづくりには向いていないと入社して実感しました。だから、自分ができない仕事をしている人たちへのリスペクトはすごくあります。自分の仕事はそのすごさを世間へ伝えていくことだとあらためて認識したんです」
そして、まず取りかかったのが、ビジョンの策定だ。
経営陣や社員とのミーティングを重ねて、冒頭にも紹介した「誰もが知っている、誰も見たことがない建設会社」という目指すべき将来像(ビジョン)を描いた。
さらに「"築く"人を、モノを、豊かさを」というミッション(存在意義)を打ち立てた。
「西村組のバリューには、全社員が出したものを入れ込みました。社員一人ひとりに自分ゴトと意識してほしかったんです」
また、年功序列をやめ、人事評価制度はビジョンに連動するよう一新。ビジョンに沿った頑張りが正しく評価されるオープンな仕組みを構築した。
改革はまだまだ続く。
西村組の誇りある仕事をより多くの人に知ってもらうためにコーポレートサイトを刷新。
自身の仕事への想いなどをSNSやnote、YouTubeで日々情報発信し続けている。人としての本質を問いかける、飾らないメッセージがあふれ、SNS「X」のフォロワーはすでに1万人を超えている。
社内改革が少しずつ進み、社外からも以前よりは注目されるようになり、社内の雰囲気が変わったようだ。
「まず、大きな声でのあいさつや笑顔が増えました。新しい提案やチャレンジしたいことを伝えやすい環境づくりがほんの少し前進しているかな」
ベテランの社員から「20年以上働いてきて、今がいちばんたのしいよ」と言われたことがあり、西村氏はうれしかったと語る。
キャンプしながら語り合うインターンを開催
入社と同時に西村組の採用担当としても手腕を発揮している4代目。
自身の就活体験を、どのように活かしているのだろうか。
「当時の自分のようにくすぶりながらも、薄っぺらな就活テクに乗っかってシューカツごっこしているような、ある意味不器用な学生たちに絶対にウソをつかないメッセージをまっすぐに届けたいと思っています」
自社への就職希望者に限らず、就活そのものに悩む学生たちへ「シューカツすんな!」と、西村氏は叫んでいる。
仕事に就くためだけに情報収集して、自分を繕うことに意味がある? と問いかけ続けているわけだ。
そんなメッセージを受け取り、西村組のビジョンに少しでも興味を持った学生とは、とことん話すのが西村氏の何より大切にしているスタイル。
さらに、"普通じゃない"発想で「キャンプインターン」も開催。
参加者は、西村組の本社のある湧別町で5日間キャンプをしながら、建設現場を見学したり、実際の仕事を体験したり。
夜にはBBQや焚き火を囲みながら、4代目とともに「生きるとは」をテーマに語り合う。
「自分の人生を振り返って原体験を思い出し、その自分にウソをついていないか?と自問してほしい」
最終的には西村組に就職しなくても「就活で関わった企業の中で、真剣度合いは西村組がいちばんでした!」と、わざわざ連絡をくれる学生もいるという。
「インターンや会社説明のとき、当社の課題も全部オープンにしています。また、人のために頑張れる人をオレは決して見捨てないよと伝えます」
面白い人生を選んでほしい
リスクを恐れずに最初に飛び込む「ファーストペンギン」でいる方が自分には合っていると言う西村氏は、「セカンドペンギンの方が、価値が高いと本気で認めているので、そんな社員がもっと増えてくれたら自分たちにしかできない仕事をとことん追求できます。そんなふうに会社のブランド力を上げていきたい。さらに業界の壁をぶち壊し、さまざまな業種にも挑戦していく」と、今と未来を見すえながら熱く語る。
「1日は24時間。就業時間と寝ている時間を除くと自由な時間は、3時間くらいあるかないか。でも、仕事が面白かったら満足できる時間は、10時間以上になる。就職は人生の1つの中継地点。ワクワクする人生、面白い人生を選んでほしい」
28歳、4代目社長の言葉は、自分の本音に目をそらしながら社会人をやっている大人たちへも、痛いほど刺さるのではないだろうか。
冒頭に紹介した、西村氏作詞のラップ「You Bet」では、次のフレーズが繰り返される。
「必要なのは覚悟だけ 人生の主役だべ お前の道」
道東の冬はしばれるが、西村組4代目社長のメッセージはますます熱くなりそうだ。