トヨタ自動車(レクサス)が自らの手で「AE86」(カローラレビン)の中身を電気自動車(BEV)のシステムに載せ替えた異色のクルマ「AE86 BEV Concept」に乗ることができた。電化してもレビンの走りは変わらない? BEVなのにマニュアル車ってどういうこと? レポートしていきたい。

  • トヨタ「AE86 BEV Concept」

    「AE86」(カローラレビン)の電気自動車バージョン「AE86 BEV Concept」に試乗!

クルマが電動化しても愛車に乗り続けるために

AE86のパワーユニット(PU)をトヨタ自らがコンバージョンする今回のプロジェクト。エンジン版の「AE86 G16E Concept」(スプリンタートレノのエンジンを換装)に続いて乗ったのが、電気自動車版の「AE86 BEV Concept」だ。

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    左が「スプリンタートレノ」の「4AG」エンジンを1.6L直列3気筒の新世代エンジン「G16E」に換装した「AE86 G16E Concept」。右が「カローラレビン」をBEV化した「AE86 BEV Concept」だ

ベースとなったクルマはカローラレビン。角形ヘッドライトを搭載した白黒パンダの「GT APEX」グレードで、現役時代はトレノよりもこちらの方が人気が高かった。製作の目的は前回のG16Eに関する記事で説明した通りだ。

考えてみれば、自動車メーカーが販売する新車が全てBEVになると言われる2035年~2040年ごろになっても、ガソリン車など既存のクルマの方が保有台数の割合としては圧倒的に多い状態は続く。つまり、街を走っているクルマが全て、いきなりゼロカーボンになるわけではない。既存のクルマ(現在の愛車)をゼロカーボン時代にどうやって乗り続けるのか。その選択肢として、今でも人気で愛車の代表格でもあるハチロクをBEVにコンバージョンしてみました、というのがこのクルマの趣旨だ。

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    BEV全盛時代が到来しても現在の愛車、昔の名車に乗り続けられるのか。ハチロクのPUコンバージョンプロジェクトが試金石となるかも?

流用品満載のPUはまさかのミッション付き?

「AE86 BEV Concept」が搭載するモーターは、トヨタの北米向けピックアップトラック「タンドラ」のハイブリッド車用のものを流用。ストリートモードではオリジナルの「4AG」エンジンとほぼ同じ最高出力95kW(129PS)、最大トルク150Nmを発揮する。ただし、重いバッテリーを搭載して110kg増えた車重(1,070kg)に対応して、ここ一発では230Nmまでのトルクアップが可能になっている。トルクの変更はスマホでできるらしい。

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  • モーターは「タンドラ」のハイブリッド車で使っているものを活用。動力性能や加速の仕方はエンジン車のイメージに近くなるよう調整してある

バッテリーはレクサスのプラグインハイブリッド車(PHEV)「NX」のものを使っている。電池容量は18.1kWhだ。航続距離は100km程度で普通充電のみに対応する。その体躯は意外と大きく、取り払ったリアシート部分から荷室部分までの広い面積を占めている。

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  • 前席の背後には大きなバッテリーが。クルマの軽さを重視して容量は割り切った

トランスミッションは「GR86」用の6速MTで、モーターの後方にかませてある。普通のBEVでは機能的に不要となるミッションをあえて載せたのは、BEVにコンバートしたことで乗り味が急に変わってしまうのは悲しいことであり、やっぱり五感で操る楽しさを提供したいという開発者の思いを盛り込んだからだ。

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  • BEVなのにマニュアル車! 開発者のこだわりを感じる部分だ

これまで見てきたとおり、PUは新しく作ったものではなく、全て流用品だということがおわかりいただけたかと思う。

内外装はスパルタン!

ボディサイドには「電気じどう車(実験用)」の文字が。フロント、サイド、リアの「LEVIN」のエンブレムは真ん中の「EV」の部分(電気自動車はBEVともEVとも略す)を緑色に、「TWIN CAM 16V」のロゴは「NON CAM 0」に変えてある。ボンネットはドライカーボン製で、ホイールは『頭文字D』と同じレーシングサービスワタナベ製の8スポーク、タイヤは185/60R14サイズのブリヂストン「ポテンザRE71RS」でかためている。

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    「AE86 BEV Concept」のボディサイズは全長4,200mm、全幅1,625mm、全高1,315mm

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  • 外観のところどころにBEVであることを主張する工夫が盛り込んである

インテリアは軽量化を徹底するため、ドア以外の内張りを全て取り払った剥き出しの状態。車内には太いロールゲージを張り巡らせている。シートはフルバケットのBRIDE製でポジションは低め。ナルディのステアリングはホーンボタンがTRDのものに変えられている。総じてG16Eよりもスパルタンでレーシングカーのような仕上がりだ。

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  • 内装も含めスパルタンな仕上がり

4AGのハチロクを電気で再現?

キーをひねってモーターをスタートさせる仕草はエンジン車と一緒。ちょっと長めのクランキング(エンジン車ではないので言葉は適切ではないかもしれない)を行うことでスイッチが入る。

1速に入れて駐車場を出るために曲がろうとすると、リアからいきなり「ガシャガシャガシャッ」と大きな音が。これは効きが強めのLSDが暴れるのと、ラテラルロッド(リアアクスルと車体を結ぶ棒)からも音がするためだ。聞けばこのBEV版、ガチガチのドリフト仕様に仕上げてあるそう。モリゾウさん(トヨタの豊田章男会長)に乗ってもらうためには、ドリフト走行やドーナツターンができるクルマにしなければ、ということで、クルマ好きの社内有志(たくさん手が上がったらしい)が張り切って製作したそうだ。静かでスムーズに走るBEVのイメージの対極にあるクルマだと言っていい。

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    静かで振動の少ない一般的なBEVとは全く違った走りを見せた「AE86 BEV Concept」

面白いのは、クラッチをつなぐ時の半クラッチの感覚を出すために「アイドリング」するような仕組みにしてあること。本来、BEVにアイドリングはないのだが、単純にモーターが空回りするようにしてあるらしい。

2速→3速→4速とシフトアップすると、タコメーターの針がアップ・ダウンを繰り返しながら振れていくのがエンジン車っぽくて、BEVであることを忘れてしまいそうになる。この回転数、実際にモーターの回転数を示していて、それに合わせて「4AG」のエンジンサウンドが車内に響いてくる。

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    モーターの回転数に合わせてタコメーターの針が動くメーター

電気のハチロクはどんな音? 動画で確認!

音はドライバーの腰下にある2つのスピーカーから出ていて、その音源はエアクリーナを外してスポーツマフラーを取り付けた4AGのものを使っている。アクセルの踏み加減や回転数に応じて変化するよう、サウンドジェネレーターを調教したそうだ。こんなことができるのは、まさにBEVらしいところと言える。

走り自体は軽い車重と適度なパワー、48:52の前後バランス、MTの操作感などがミックスされ、軽快なエンジン車を操っているような楽しさがしっかりと表現されていた。

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    軽快なエンジン車を操っているかのような楽しさを感じられた

クルマ文化を未来につなぐ意義深いプロジェクト

正直にいうと、試乗する前はなんだか「キワモノ」っぽい印象を持っていたAE86のPUコンバージョンモデルだったのだが、実際に乗って関係者から話を聞いてみると、この2台の製作はしっかりと将来を見据えた計画であることが認識できた。

それでは、実際にトヨタがAE86のPUコンバージョン事業を行うとした場合、AE86ユーザーはいくらくらいなら「やってみたい」と思うのだろうか。コンバージョンモデルにKINTOの特選旧車レンタカーで乗った利用者などに聞くと、エンジンモデルなら200万円~250万円、BEVモデルなら300万円前後という声が多いそうだ。

  • トヨタ「AE86 BEV Concept」

    「AE86」に長く乗り続けたいと考えるユーザーにとってみれば、トヨタ自らがPUのコンバージョンを引き受けてくれるということになれば心強いし安心だ

トヨタによると、AE86は1983~1987年の4年間で計13.69万台を販売したとのこと。日本国内には約1.3万台がナンバー付きとして現存している。『頭文字D』の影響もあり、タイやシンガポールなど東南アジアにもかなりの数が輸出され、人気モデルになっているらしい。

もしコンバージョンモデルが商業ベースとして実現した暁には、輸送にお金がかかったとしても「ぜひやりたい!」というリッチな海外ユーザーも出てくる可能性がある。旧車が生き延びる道のひとつとしてだけでなく、クルマ文化を醸成するという意味でも注目のプロジェクトだ。

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