東京ガスは11月14日、「東京ガスグループ人的資本レポート2024」を公開した。人的資本に特化したレポートの発行は、同社としては初めて。関係者は「1人ひとりの人材を”心をもつ貴重な財産”と捉える東京ガスグループでは、挑戦を奨励しながら人材の価値を高め、多様性を尊重しながら最大限その価値を発揮する環境づくりを進めています」と説明する。
■成長のベースは『人』
東京ガスの人的資本経営の考え方・具体的な人事施策について、同社 常務執行役員CHROの斉藤彰浩氏が説明した。冒頭、斉藤氏は「1885年の創立から約140年にわたり、エネルギーの安定供給を通じて、人々の生活や社会基盤を支えつつ成長を遂げてきた当社グループには、創立者の渋沢栄一が提唱した社会的課題の解決と持続的な企業成長を両立させるという『論語と算盤』の精神がDNAとして受け継がれています」と説明する。
現在を第3の創業期と捉える同グループ。社会的課題である「カーボンニュートラル社会の実現」と「未来を紡ぐエネルギーとしての持続的成長」の両立に向けて、従来のエネルギー分野だけではなく、新たなソリューション開発、海外への事業展開、グリーントランスフォーメーション(GX)分野への挑戦が求められている。
創立当初からのDNAを受け継ぎつつ、新たな事業分野にも挑戦していく、と斉藤氏。そのうえで「社会的課題と持続的な成長を両立させるベースとなるのは『人』です」と繰り返して強調する。
■理想的な人材配置を実現
東京ガスグループでは、各事業分野において専門性の高い人材が集うプロ集団となることを目指す過程で、【1】人材ポートフォリオを再構築し、【2】挑戦による成長を促し、【3】多様性を力にして、さらには【4】ウェルビーイング・健康と安全に向けた取り組みも進めていく。
「人材ポートフォリオの再構築では、経営戦略と連動した人材シフトや最適配置を実現する手段の1つとして、タレントマネジメントシステムを導入し、データを活用したデータドリブンな人事を推進しています。またグループ員の成長・エンゲージメントの向上のために、1人ひとりが目指すキャリアの実現に向けて、各種制度を通じて調整による成長を促すとともに、多様性を力に変えていくために多様な経験、能力、属性を持つ人材がお互いに尊重し合い、能力を発揮できる環境も整備しています」と斉藤氏。これらを実現するための土台として、ウェルビーイング・健康と安全に向けた取り組みを進める。
東京ガスグループでは23年度よりタレントマネジメントシステム「CIRCLE」を導入し、24年度より本格始動させた。「本システムでは、社員が自らの専門性やスキルをオリジナル専門性ガイドというものに基づいてレベル別に棚卸しをして、このCIRCLEに登録しています。これにより、社員の視点からは『理想の自分が持つ専門性』と『実際に自分が持っている知識・スキル』のギャップが明確になります。理想の自分に近づくために必要な研修、自己啓発もCIRCLEから検索できるので、理想のキャリア開発につなげてもらえたらと期待しています」。
同社では、CIRCLEに独自の「キャリアアドバイザーAI」機能を追加。これを利用すれば、自分が目指している「専門性」の獲得に必要な知識、スキル、推奨学習などを教えてもらえる。また、自分の持つ専門性を活かせる職場についても提案があるという。「こうしたツールも活用することで、スキルアップ・成長を後押しし、社員の理想的なキャリア実現につなげるとともに専門性を活かして活躍する社員を増やしていければと考えています」。
ちなみに会社側の視点では、CIRCLEを活用することで社員が保有する知識・スキルなどの人事情報を用いて理想的な人材配置ができるほか、現状のギャップも明らかになる。さらに事業やポジションに必要な知識・スキルを持つ社員を見つけ出し、将来を見据えた採用、育成、最適な配置にもつなげていけると説明する。
CIRCLEには「最適タレント検索」機能も盛り込んだ。これは社員が保有する知識・スキルなどの人事情報を活用して、データドリブンな異動配置を実現するもの。「社員が持つ専門性やキャリアの希望情報をもとに、職場にマッチした人材を客観的、かつ網羅的に検索できます。これにより、従来なら人事担当者の勘・経験に頼っていた人員配置をデータに基づいて客観的に検討できるようになり、不適切な異動・配置の回避も期待できます」。
■人材公募にFA制度も
ほかにも人事施策として、人材公募・FA(フリーエージェント)制度/社外兼業を導入している。人材公募は、自らの意志で挑戦してキャリアを切り開く仕組み。人材公募を通じて成立した人事異動は、ここ4年間で8名(19年度)から79名(23年度)と10倍まで拡大している。「この人材公募ですが、さらに活用しやすい制度となるよう、毎年改善を重ねています。募集頻度は年1回から2回に増やし、また自職場のPRということで、全職場が社内のイントラネット上で業務内容を説明し、職場の紹介も行っています。これを見れば、自分が挑戦したい職場の雰囲気がつかめるというわけです」。このほか、定年後の再雇用社員に向けたシニア人材公募もスタートした。
社外兼業については22年度より制度化。社員1人ひとりの成長を促すために(健康への配慮を十分に行いながら)取り組みを進めている。「すでに若年層からベテランまで、あらゆる年齢層で自己実現に資する制度として定着しつつあり、兼業許可件数は22年度末の68件から23年度末には84件まで増加しました」。専門性を活かしたコンサルタント、業務委託によるアプリの開発など、その内容も多岐にわたっているという。
■育児・介護、女性特有の健康課題
多様性を力にするため、仕事と育児/介護の両立についても取り組んでいる。「育児や介護といったライフイベントがある中でも持てる力を最大限発揮できるよう、柔軟な働き方を推進し、社内制度の整備や、制度を活用しやすい環境づくりに取り組んでいきます」と斉藤氏。
社内制度の整備については、テレワーク・在宅勤務について取得の回数や適用業務に一律の制限を設けず、職場の実態、個々の事情に応じて柔軟に活用できるようにした。また育児休職・勤務、介護休職・勤務については、法令以上の期間を取得できるようにしている。さらには不妊治療のためのライフデザインサポート休職も整備済み。
制度を活用しやすい環境づくりとして、育児や介護に関する各種セミナーを、上司、本人、全社員に向けて開催。また女性特有の健康課題についても積極的に取り組んでいる。たとえば今年度は、役員・人事担当マネージャー向けの「生理痛体験研修」を開催。疑似的な体験ではあるものの、知識として頭で分かっていることと、実際に体感することは相当違う、という気づきにつなげた。
男性の育児休職も推進しており、取得率100%(取得期間1カ月以上)を目指している。男性が育児休職するとき、どうしても【1】収入減の不安、【2】キャリアの影響不安、【3】職場に迷惑をかけてしまう不安がある。これを解消すべく、経済的な支援、キャリアの支援を開始。また休職者をフォローする同僚の頑張りを人事評価に反映する仕組みも構築し、職場の中に支え合いの風土をつくっている。こうした取り組みが功を奏し、取得率は2019年度に5%だったものが23年度には74%まで増加し、今年度は9月末時点で100%(取得期間は約60日)という状況にまでなった。
■新卒・中途の不安も解消
戦略的な人材シフトや最適配置を実現するため、多様な人材を採用、さらに能力を最大限に発揮できるよう、オンボーディング(若手社員や経験者採用の社員に向けた、きめ細やかな取り組み)にも取り組んでいる。新卒採用では、エントリー時に自身の希望する業務領域を選択する「選考領域別採用」を実施。また即戦力となることを期待された経験者採用も強化している。
経験者採用の割合は23年度には28.6%となり、直近の4年間で約4倍まで増加。さらに社員の知人・友人の紹介を通じて採用するリファラル採用、退職した元社員に退職後に得た知識・経験・スキルを発揮してもらうカムバック採用も展開する。
「オンボーディングについてですが、新卒社員に対しては安心してキャリア形成できるよう、ビジネスの基礎の習得支援、不安を解消する仕組みを構築しています。具体的には、歳の近い先輩が若手社員をサポートするFナビ(フレッシュマンナビゲーター)や、新入社員サポーター制度があります。若手社員を対象とした仕事・人間関係・健康に関するアンケートも毎月実施しています」と斉藤氏。
経験者採用の社員に対しても、自社施設の見学会を実施して事業内容・企業文化の理解を促進し、入所者フォロー交流会を開催して社内での人脈形成を支援するなど、不安の解消に務めている。
最後に、斉藤氏は「当社グループの経営理念は、人によりそい、社会をささえ、未来をつむぐエネルギーになる、ということです。この実現に向けて、今後もグループ員1人ひとりと当社グループの双方の成長を目指してまいります」とまとめた。