デジタル技術の活用によって観光価値を向上させ、これまでにない新しい観光コンテンツの創出を目指す取り組み「観光DX」。
日本のこれからの成長産業のひとつとして挙げられる観光産業の現場では、昨今、どのような取り組みが行われているのだろうか。関西屈指の温泉街である兵庫県豊岡市城崎地区における取り組みを紹介する。
豊岡観光DX基盤
"街全体が1軒の旅館"をコンセプトに掲げる城崎温泉。
2022年に地域の45歳以下の若手経営者で構成される旅館青年部が牽引し、市、旅館組合、DMO(観光地域づくり法人)からなる「豊岡観光DX推進協議会」を設立。
実際の旅館ごとの宿泊データを集約し、地域全体の宿泊状況を統計化する「豊岡観光DX基盤」の構築に向けて取り組みを進めている。
かつて旅館青年部メンバーとして活動し、城崎温泉で「小宿・縁」などを営む、イースリー 代表取締役の田岡聖司氏は「観光業界においてもこうした施策自体がそもそも珍しい」と語る。また、その背景には"共存共栄"という歴史と伝統が育んだ地域特有の思想が根付いているからだと言う。
「城崎温泉には、70軒ぐらいの旅館がありますが、そのうちの半分以上が参加しています。ふつうはライバル関係にある旅館どうしで自分の旅館の宿泊データは見せたくないものですよね。それを地域全体で提供しているというのが他の温泉街ではまず考えられないことだと思います。城崎は1925年の北但大震災以降も共存共栄の精神で復興・発展してきた町で、協力して稼いでいくという考えが歴史的に根付いているんです」
およそ2年前から運用している「豊岡観光DX基盤」では、城崎温泉地域全体で入っている宿泊予約状況のデータを収集し、市やDMOがデータや観光指標の正確な把握やエリア動向をレポート化し、加盟している旅館と飲食店・物産店向けに毎日LINEグループで配信している。
観光DX基盤が提供する予約増減データや需要予測をもとに、各観光事業者は価格推移の可視化や、自社と地域の価格やプランの比較が可能なダッシュボードを閲覧して収益最大化や、施設の経営改善につなげているのだ。
「おもにそのデータを活用して、旅館の宿泊価格の値段を変更して最適化するレベニューマネジメントしています。海外の旅行サイトからのインバウンド客による売り上げ率とか、いろんなデータが取れるので、予約の現状を理解でき、データ分析をフィードバックできるので助かっています。あとは私どもの宿ではレストランとカフェを併設しているので、利用者予測を元に材料の仕入れを調整するいったところにもデータ活用しています」と田岡氏。
城崎温泉でのDXの取り組み以前から、地域の旅館や飲食店、土産品店等の観光事業者における個人旅行客ニーズに対する“おもてなし力”の向上が課題としてあった。また、繁忙期や閑散期に応じた価格設定や経営資源の適切な配分・管理や、顧客満足度の向上、客単価の向上、業務負担の軽減に向けた取り組みが求められていた。
「大手旅館はある程度DXの必要性というものを前々から訴えていました。ただ、私どものように小さな旅館に関しては、本当にこんなのこれから必要になるの? というような半信半疑の状態で始めました。
街全体で取り組んで街全体で稼ぐためのシステムだということを説明し、なおかつレベニューマネジメントなどの考え方を導入して値付けができる。それまでは個人の経験に裏付けした感覚で『この週末はいくらぐらいだったら予約が入る』という方法だったのが、城崎全体の旅館が平均で今これくらいの価格で販売されているだとか、利益率が何パーセントくらいまで上がってきているだとか、だったらこの週末はこれくらいの金額で販売しても売れるというような形で各旅館がデータと分析を使用して収益の最大化を図る意識を高め、自分のところもしっかり稼げるようになるというところで、現在のような協力体制ができてきたのかなと思います」
このレベニューマネジメントを始めた時期と、旅館の改装費用を補助してくれる国の支援制度を使って、城崎温泉の大半の旅館が部屋をきれいにしたり、お風呂をきれいにしたり、高付加価値のための改装を工事して、設備投資をしたぶん価格を上げるというタイミングも重なり、「各旅館が一気に値段を上げすぎて、一時期城崎全体の予約が少なくなってしまったことも(笑)」という失敗もあったそうだ。
DXによる働き方の変化
一方、DX によって観光業界の従業員の働き方や接客面でも変化が見られると明かす。
「旅館としての変化で言うと、週に1回必ず休館日を入れるだとか、月に何回休館日を設定するだとか、休館日をしっかりと設けるようになったというのが城崎全体的に見受けられます。城崎ではないですが、多いところでは旅館自体を週3日休みにするとか、しっかり仕事とプライベートのバランスが取れるような働き方に変わってきたと思います」
とはいえ、特に外国人観光客は平日に2~3泊連泊する場合が多く、その調整が難しい。
「うちはおもに水曜日を休館日にしているのですが、ちょうど週の真ん中を休みにしてしまうと、連泊ができないというところで、なかなか予約につながりにくい部分も出てきたりはします。
幸い、城崎温泉は横のつながりが非常に強いので、1泊目は当館で宿泊して、2泊目は城崎の中の別の旅館に宿泊するということが結構あり、その場合はスーツケースだとかお荷物を次に泊まる旅館に運ぶなどのサービスでカバーしています。城崎温泉の外湯は入浴できるフリーパスがあり、連泊する場合は、前に泊まった旅館がつなぎの入浴券を発行して、お客様にお渡しするといったような以前から行っている連泊のサービスをうまく活用しています」
現在は、宿泊予約はオンラインが主流となっている。以前と比べて電話の問い合わせが減ったことで、対面でのお客様のサービス向上につながっているという。
「事務仕事の負担が軽減され、お客様と接する時間が増えました。例えば、フロントのスタッフが夕食のサービスのほうにまわれるなどマルチタスクで働きやすくなりました。夜間スタッフの人手不足の解決にもなっています」
田岡氏は、DX基盤の構築を進める上での課題としてシステムの導入を挙げる。
「城崎温泉にある約70軒の旅館のほとんどが20室未満の小規模・零細な旅館が多いので、すべてに導入するのはなかなか難しい。データを提供するためのPMSというシステムをもともと契約しているという旅館はスムーズにデータを提供できるのですが、そのデータを提供できないシステムを使っている旅館や、ご高齢の方が経営している旅館だったりするとそもそもインターネットの使用が難しい状況です。手書きで台帳を書いているとか、そういったところは参加できないのです。
システムを新たに入れてもらうのにも、何十万円というお金がかかってしまう。城崎に必要なデータだから、そのデータを取るためにといって、新しいシステムの契約を無理に求めることはできません。そういった理由ですべての旅館が参加できていないところがあり、悩ましいですね」
「豊岡観光DX基盤」の最終目標は、地域の観光産業の持続的発展にある。その実現のための第一ステップとして、地域全体の宿泊データの統計化の仕組みの構築。
今後はさらに、「地域アプリ」の機能強化等デジタル技術による「城崎温泉ならではの体験価値」のアップデートを目指している。
「街全体でしっかり稼げる仕組みとより便利に街を観光できるサービスのシステムが一本化できるようにしたいですね。例えば、荷物の運搬が顔認証でシステム的にできればいいなとか。入浴券が以前は紙でしたがデジタルになっているので、発券に関してもデータが取れますし、どれくらいの間隔で巡っているのかといった行動的なデータのようなものも活用していきたいですね」