過去との決別を図り独自の進化を遂げる、マセラティ・グランカブリオ

マセラティ・グランカブリオに乗って、ステランティス傘下におけるマセラティの立ち位置について思いを新たにした。現在ステランティスは14のブランドを抱えており、5つのポートフォーリオに分類している。具体的には「ラグジュアリーブランド」、「プレミアムブランド」、「グローバルSUVブランド」、「アメリカンブランド」、「ヨーロピアンブランド」という括りで、マセラティは唯一のラグジュアリーブランドである。参考までにアルファロメオ、DS、ランチアはプレミアムブランドに分類されている。

【画像】エレガントなグランカブリオで、オープンエアーのグランドツーリングを謳歌!(写真17点)

新型グランカブリオは、クーペであるグラントゥーリズモをベースにしたオープンモデルである。グラントゥーリズモは「モデナ」(最高出力490ps)と「トロフェオ」(最高出力550ps)の2グレード用意されているが、グランカブリオはひとまず「トロフェオ」のみで投入された。ハードウェアはグラントゥーリズモと共通で3リッターツインターボエンジン、4輪駆動、8速AT、電子制御式エアサスペンション(フロント:ダブルウィッシュボーン、リア:マルチリンク)、ブレンボ製ブレーキ(フロント:6ピストン、リア:4ピストン)である。

ソフトトップは開けるのに14秒、閉まるのに16秒、開閉(50km/hまで操作可能)にはカーナビ画面下の「コンフォートディスプレイ」と呼ばれるタッチスクリーンで操作するもの。屋根の開閉操作はボタンのほうが楽だと思うのだが…、エアコン操作も車両設定もタッチパネルで行う。なお、ホイールベースが2930mmあるのでクーペ同様、リアシートに身長175cmの筆者が座っても窮屈ではない。オープン時の風の巻き込み量を低減するウィンドディフレクター(装着時はリアシートには座れない)は、日本市場のみ標準装備されるそうだ。

オープンボディ化に伴うボディ補強により、グラントゥーリズモよりも100kg重いが車両重量は1970kgに収まっている。MC20のようなカーボンタブこそ用いられていないが、ボンネット、ドア、トランクリッドなどはアルミ合金製なのだという。3リッターツインターボエンジンはMC20にも採用されているものを、グランカブリオの性質に合うようディチューンされている。それでも軽量化と相まって0→100km加速は3.6秒、最高速度は316km/hと発表されている。

走り出しから上質な雰囲気を感じ取るのはエンジンのパワーデリバリー、滑っとした感触のパワーステアリング、スムーズなトランスミッション、ガッシリしたボディと完璧な調和が取れているからだろう。ドライブモードは「コンフォート」、「GT」、「スポーツ」、「コルサ」の4つを選択することができる。ステアリングホイールのスポーク下部に備わるセレクターを回すと、エンジン、変速タイミング、そしてエアサスの設定が変わる。コンフォートは市街地、GTは高速道路、スポーツはワインディング、コルサはサーキットでの使用が念頭に置かれている。いずれのモードも、実に素晴らしい仕上がりだ。

コンフォートで走っていると、マセラティ車であることを忘れてしまうほど温柔かつ優雅な世界が広がる。路面の凹凸をことごとく往なし、フラットライドでスルスル―ッと駆け抜けていく。アクセルペダルを踏み込めばキックダウンして強烈に加速してくれるものの、レスポンスはスポーツモードとは違った控えめさを感じさせる。コンフォートよりも引き締まった印象を与えてくれ1のはGTだが、個人的にはスポーツのあらゆる場面でのレスポンスの高さが気に入った。市街地でコルサモードを選択すると五臓六腑が揺さぶられる感覚に陥るかと思いきや、そこまでハードではなかった。だが、個人的にはサーキット以外でこのモードを用いることはない、とも。

グランカブリオでちょっと気になったこともいくつか指摘しておこう。ドライブモードを変更しても、パワーステアリングのアシスト量を変えないのは…、明確な理由があるのであれば示して欲しい。夜間も走ってみたのだが、カーナビ画面に夜間モード(ヘッドライトをONにすると暗くなる)が用意されていないのか、あまりに明るく驚かされた。モニターの照度を落としてなんとか対応できたが…、改善されることを期待する。

グランカブリオはGTカーではあるものの、マセラティという由緒正しいスーパーカーメーカーのGTカーであることを消費者は決して忘れない。そんなレガシーへの配慮なのか、グランカブリオにもローンチコントロールが搭載されている。誰が、どこで使うのか定かではないが、この手のギミックは搭載しておくことに意義があるのだろう。どんなシーンでも開口部が広い2+2シーター・オープンカーなのに、ボディが不快に捩れるような感覚は皆無。屋根を閉めれば、GTカーらしい快適性と豪華さに包まれる。と同時に、マセラティが目指しているラインナップにおけるポートフォーリオについて思いが巡った。

グラントゥーリズモ/グランカブリオは従前のフェラーリよりも安くも、フェラーリの血統が見え隠れする弟分的立場からの決別を図っている。もっと言えば、ベントレーがほぼ独占しているクーペ/2+2コンバーチブルへの対抗馬としてグラントゥーリズモ/グランカブリオが投入されていることがひしひしと伝わってくる。事実、車両本体価格もスペックも似ている。

ステランティス傘下に収まってからのマセラティのラインナップの更新は、立ち位置の見直しが徐々に進められていたように思えてならない。ただ、ステランティスのカルロス・タバレス最高経営責任者(CEO)が指摘するように、マセラティのマーケティング不足を感じなくもない。もっとも10月に解任された、マセラティの元CEOダビデ・グラッソ氏はナイキでマーケティング一筋、後にコンバースのCEOを務めたマーケティングのプロであったのだが…

グレカーレはミッドサイズSUVの対抗馬、MC20/MC20チェロはいわゆるミッドシップ2シーターの対抗馬、グラントゥーリズモ/グランカブリオはラグジュアリー2+2の対抗馬、と各セグメントで独自の存在感を放つモデルを着実に投入している点は評価に値する。良い製品を送り出せば、徐々に口コミが広がり、ブランドへの信頼感も高まり、やがて自然に売れていく、という筋書きだったのだろうか?外野からは、なんとなく道半ばでCEO職を解かれたような気がしてならない。

課題として指摘されるマーケティング戦略については、製品の本質的な価値を今まで以上に効果的に訴求していく必要があるのだろう。だが、グランカブリオが示すように、マセラティという老舗ブランドの新たな方向性は、すでに明確な形を取り始めている。

文:古賀貴司(自動車王国) 写真:佐藤亮太

Words: Takashi KOGA (carkingdom) Photography: Ryota SATO