子どもの成長にとって身体を動かすことは欠かせない要素のひとつ。とはいえ、運動が苦手、好きではない、という子どもも多い。しかし、諦めるのはまだ早いかもしれない。科学の力を使って子どもたちの苦手意識を変えるスポーツ塾「アローズジム」を運営する、株式会社スポーツ科学の取締役副社長・原口朋大氏と、ジムで実際に指導にあたっている池田光輝氏に、「苦手」を「好き」にするコツについて伺った。

運動習慣は大人の男性で33.4%、女性はわずか25.1%

厚生労働省のホームページに運動に関する次のような記載がある。

身体活動量が多い者や、運動をよく行っている者は、総死亡、虚血性心疾患、高血圧、糖尿病、肥満、骨粗鬆症、結腸がんなどの罹患率や死亡率が低いこと、また、身体活動や運動が、メンタルヘルスや生活の質の改善に効果をもたらすことが認められている。

体を日常的に動かすことは、心身の健康を維持するためにとても重要だということだ。しかし、そうと分かっていても運動を習慣化するのは難しいという人は多い。実際、厚生労働省「国民健康・栄養調査報告」によると、20歳以上の大人で運動習慣のある人の割合は、男性が33.4%、女性が25.1%。その理由として、忙しい、運動が嫌い、面倒くさいといったことが挙げられている。これを改善するには、子どもの頃から運動を好きになり、習慣化することが大切だと株式会社スポーツ科学の取締役副社長・原口朋大氏は言う。

はじめの一歩は「得意」を知ることから

しかし、子どもだからといって、全員が体を動かすのが好きなわけではない。中には運動が嫌い、体育の授業が憂鬱と、苦手意識を持っている子どももいる。では、子どもたちが体を動かすことが好きになり、大人になってからも日常的に運動を続けられるようにするためには、どうしたらいいのだろうか?

「運動を好きになるには、自分の得意を知ることが大切です。そこで基準となるのは、人と比べて能力が高い低いではなく、あくまでも自分の得意が何かということ。自分の得意分野を知り、それを強みにしていくことがとても重要です。勉強も同じじゃないですか。たとえば通知表のほとんどの教科が1で社会科だけが5の子がいたとします。そうしたら、勉強が苦手と決めつけるのではなく、社会科が得意なんだと考えて、そこを伸ばしていけばればいいわけです」(原口)

同じように、運動とひとことで言っても、走る、飛ぶ、ボールを蹴る、泳ぐと、さまざまな動き、種目がある。徒競走でビリになっても「この子は運動が苦手だから」と決めつけるのではなく、走る以外の得意を見つけて伸ばすことで、子どもたちの能力やモチベーションがあがり、苦手が好きに変わっていくのだそうだ。その得意を見つけるのに最適なのが科学の力だというのだ。

見える化で苦手を克服最新の機器を使って、五大基礎体力を測定

株式会社スポーツ科学では、まず「アローズラボ」と呼ばれるスポーツ版人間ドック検診施設で、子どもたちの五大基礎体力「視力、筋力、持久力、瞬発力、跳躍力」を綿密に測定。そこで出た結果をもとにスポーツ塾「アローズジム」で、各自にあったトレーニングをしていく。

「眼の能力ひとつとっても、動いているものがよく見えているのか、それとも視野がすごく広いのか、あるいは瞬間的なものが見えているのかなど、測定結果を細かく分類します。それによって、得意なスポーツや、能力を活かせるポジションが変わってきます。たとえば、サッカーをやっている子の視野がすごく広いという結果が出たら、全体を見渡すことが多いポジションに向いているとか、その子自身も気づいていなかった得意を見える化することができます」(原口)

五大基礎体力を計測することで、向いているスポーツを知ることができる。

最新の機器を使って五大基礎体力を計測することで、弱点も見える化されるので、不得意を得意にするためのトレーニングにも役立てることができると「アローズジム」で実際に指導を行っている池田氏は言う。

「たとえば走ることひとつとっても、筋力や瞬発力、長距離の場合は持久力も必要になります。走るのが苦手という子がいたとしても、その原因はそれぞれ違うわけですから、五大基礎体力を数値化して見える化することで、その子がなぜ速く走ることができないのかを知り対策を練ることができるんです」(池田氏)

相対評価だけではなく絶対評価眼の能力トレーニングのひとつで、オリンピック選手も実践しているスポーツビジョン

「アローズジム」では、だいたい週に1回、80分の授業を行うそうだが、授業の度に五大基礎体力を計測・トレーニングする。

「計測は勉強でいう筆記テストと同じです。学校ではなぜ定期的にテストをするかといえば、本来は優劣をつけるためではなくて、今の自分の現在地を知って弱点を補ったり強みを伸ばしたりするためです」(原口氏)

実際、計測をして見える化した数値をもとにトレーニングをすると、どんな効果があるのだろうか。

過去の数値と比較することで自分の成長を可視化。それがモチベーションへと繋がる

「計測した数値はフィードバックしてトレーニングに取り入れ、次回の目標を立てます。学校の体育の授業や運動会などのイベントでは、タイムや回数、順位など他者と比べる相対評価になりますが、科学的なアプローチによって自分自身の記録をデータとして残していくと、絶対評価ができるので、子どもたちは『目標を達成できた』『頑張ったらこれだけ伸びる』と喜びを感じているようです。それがモチベーションにも繋がっていると思います」(池田)

この結果、アローズジムでは、だいたい3ヶ月程度で効果が見えてくるという。

「精神論や根性論だけ」はもう古い 筋力検査の結果(左)と視力検査の結果(右)。どちらも、細かい分析がされている

もともと「アローズラボ」「アローズジム」を始めたきっかけは、同社の創業者がスポーツトレーナーとして、オリンピックの日本代表チームに帯同したときに目にした光景がきっかけだった。

「海外のチームは、医者や研究者、トレーナー、工学博士など、いろんな分野の人たちを巻き込み、幼少期から数値化して見える化させた中でアスリートを養成していたそうです。日本のような精神論や根性論を中心とした教育・指導がどこにもなかったことに衝撃を受けたと言っていました」(原口)

そこで日本でもスポーツのトレーニングに科学を取り入れるために同施設を作ったそうだが、それは単にオリンピック選手などのアスリートのためだけではないのだという。

「子どものうちから自分の成長を数値で見て、これが出来た、これを達成したといった喜びだったり、苦手を克服して好きになったりという成功体験を作っていくと、運動習慣は勝手にできると思うんです。うちのラボやジムにはアスリートを目指している子も来ていますが、運動が苦手な子、好きじゃないという子もたくさん来ています。そうした子たちは、トレーニングをして数値が伸びたことが自信になって、運動することの楽しさや喜びを知るようになります。そうなれば、いずれ彼らが中学校、高校を卒業してもずっと運動をしていくようになるはずです。今は運動習慣がない大人は7割、8割ですが、こうした科学の力を活用することで、運動習慣のある人の割合が7割、8割になっていくといいよね、というのが我々の大きな狙いでもあります」(原口)

スポーツが持つ力とは?持久力をアップさせるための、低酸素マラソントレーニング

かつて、根性論や精神論が当たり前だった時代、スポーツはある意味苦しいものだった。しかし、時代は進み多くのデータやエビデンスが集められた現代、スポーツはもっとポジティブなものになろうとしている。自身もずっとボート競技を続けているという池田氏は、スポーツの持つ力について次のように語ってくれた。

「私にとってスポーツは、自分に自信をつけられるものです。最初はできなかったことが、練習してできるようになるといった、小さな成功体験を積み重ねることは楽しみのひとつですし自信に繋がります。そうやって培ったチャレンジ精神や自己肯定感は社会に出ても役立つと思うんです」(池田氏)

そして同じく、ひとりでも多くの子どもに運動嫌いを克服してほしいという原口氏も、スポーツ好きが増える未来について以下のような話をしてくれた。

「オリンピックやワールドカップがなぜこんなに盛り上がるかといえば、やっぱり感動を与えられるからですよね。極限まで努力した成果を大きな大会で見せて周りの人たちを熱狂させる姿は、ある意味社会変革、世の中を変えるひとつのきっかけになると思っています。スポーツの良さとか素晴らしさっていうのを一人ひとりが持つことで、絶対に世の中って変わるんじゃないかって思っています」(原口氏)

近年「ウェルビーイング(身体的・精神的・社会的に良好な状態)」という言葉を耳にするが、この状態を維持するためには、健康・幸福・福祉のすべてが満たされていなければならないそうだ。子どもたちがウェルビーイングなよりよい人生を送るためには、運動は不可欠。運動嫌いはアプローチ次第で、苦手から好きに変えることができるというのだから、試さない手はないのではないだろうか。

アローズジム
https://www.sports-science.co.jp/arrowz-gym/

text by Kaori Hamanaka(Parasapo Lab)
写真提供:株式会社スポーツ科学
photo by Shutterstock