パーソル総合研究所と中央大学が共同研究として取り組んだ「労働市場の未来推計2035」が先月発表された。
生成AIが進化を遂げるなか、10年後の労働市場においても人手不足は深刻なままなのか。業界別・職種別・エリア別における労働力不足の傾向とは──幅広い観点で解説された。これから会社探しや仕事探しをする学生にとっても有益なヒントが多く含まれている。
「人手」ではなく「労働時間」で2035年の労働力不足を予測
パーソル総合研究所では、約5年ごとに10年先の見通しを更新して発表しており、前回は2018年に行われた。その際、2030年は644万人の人手不足と予測されていた。
今回発表した調査でも、5年前と変わらぬほどの労働力不足が予測されている。
ただ今回の2035年の未来推計では、「『労働力=人手』といった従来とは異なる視点を導入していた」と、同所の研究員 中俣氏は語る。その根拠として、二つの問題点が挙げられた。
「一つは多様性が広がり、人によって就業時間が異なるようになってきたことです。例えば、就業者Aは1日8時間、週5日勤務で、就業者Bは1日5時間、週4日勤務とした場合、同じスキルを有する場合でも、前者は週間労働時間は40時間、後者は20時間となり、同じ労働力とは言えないケースが増えてきました。そのため、労働力をより詳細に捉えるためには、週間労働時間の粒度で考える必要があると考えています。
もう一つは、『就業者数(人手)』と『のべ週間労働時間(人手×時間)』で比較した際に大きな差が生じる点です。『就業者数』と『のべ週間就業時間』の単位をそろえて比較すると、2000年の数値を100とした場合、2023年までは『就業者数(人手)』が増加している一方で、『のべ週間就業時間』が減少しています。これにより、人手と労働時間との間でギャップが拡大しているのです」。
この二つの問題点によって、「例えば2030年に100万人の人手が不足する場合でも、今の感覚の100万人と未来の100万人では、労働力の大きさが異なるため、大きな誤差が生じてしまう可能性がある」と、中俣さんは指摘する。だからこそ、労働力不足を人手で考えるのではなく、労働時間で捉える必要性があるのだと言う。
推測モデルでは、日本人と外国人を労働供給に反映した
続いて、中央大学経済学部の教授 阿部正浩氏が推定モデルについて説明を行った。
今回の「労働市場の未来推計2035」と前回との違いは、一つは「人手×就業時間」。そしてもう一つは、日本人に加えて外国人を労働供給の対象にしている点だという。
「昨今の外国人の労働力への期待の高さを反映して予測しています」と阿部氏は述べた。
また、推測モデルには二つの前提条件がある。一つは日本の将来推計人口で、これは国立社会保障人口問題研究所が2023年に発表した数字をベースに労働供給者数を予測している。
もう一つは日本の経済成長率。日本政府が発表している平均0.4%を基準としている。
この二つを加味して、従来からの予測モデルをもとに2035年の労働市場を予測している。
シニア、女性、外国人の就業時間が増加に伴い、一人あたりの年間労働時間が減少する
2035年にどのくらいの労働力不足が見込まれるのか。推測の結果、2035年には日本で1日あたり1,775万時間の労働力不足が見込まれると中俣氏は言及する。
「働き手の数で換算すると384万人の不足に相当します。2023年には1日あたり960万時間の労働力不足が見込まれており、比較すると1.85倍の深刻さに達すると推測されます。2035年は、現状の約2倍の深刻さになると考えればイメージしやすいでしょう。
前回と同様に日本人のみで試算した場合、 2030年の労働力不足は625万人。前回の推定では644万人不足と予測していたので、 大きな変化はないと考えられます。ただ、2035年の予測では外国人を加えることで労働力不足が約半減しています」。
興味深いのは、労働力不足が深刻になる中で、就業者数が増えていく傾向にあることだ。2023年就業者数6,747万人が、2035年には約400万人増加し、7,122万人に達する見込みである。
労働力不足のなか、なぜ就業者数が増えていくのか。中俣氏はその理由として、次の三つを挙げている。
「一つ目が、シニアの就業者の増加です。背景には、昨今の高年齢者雇用安定法などが考えられます。二つ目は女性の就業者の増加。2023年時点では男性の労働力率はほぼ100%に近く、大きな変化は予測されていませんが、女性に関しては 2023年から2035年にかけて上昇幅が大きくなる見込みです。特に60代前後の上昇が顕著だと予測しています。
三つ目は、今回新たに加えた外国人労働者の増加です。2023年には205万人の実績があり、 2035年には約2倍近くの377万人に達すると見込まれています。 このようにシニア、女性、外国人の就業者の増加することで、全体の就業者数が増えると予測されています」。
一方で、就業者一人あたりの年間の労働時間は減っていく見込みとなっている。直近の2023年は1850時間の実績だが、2035年に向けて減少傾向にあり、最終的には1687時間へ推移していく見込みであると言う。
これは、シニア、女性、外国人といった比較的勤務時間が短い就業者の割合が増加するため、 平均労働時間が減少する傾向が見られることである。また、昨今の働き方改革による長時間労働の規制が影響し、全般的に労働時間が減少傾向で推移していく特徴がある。
「サービス業、卸・小売業」「事務従事者、専門的・技術的職業従事者」「東北エリア・四国エリア」で労働力不足が深刻
産業別、職業別、都道府県別の労働力不足の推計(予測)についても解説された。
まず産業別では全般的に労働力不足であるものの、特に深刻なのがサービス業、卸・小売業、そして医療・福祉、製造業である。
「規模が大きい企業ほど、労働力不足が深刻になります。。またサービス業では製造系と比べて自動化が難しく、サービスの提供者がその場で行う必要があるため、人手が不足するとサービスが成立しなくなるなど、 消費と生産が同時に行われる特性が影響しています」と、中俣氏は説明する。
次に職業別では、事務従事者や専門的・技術的職業従事者における労働力不足が深刻であるという結果が出ている。都道府県別では、東北エリアや四国エリアなどの地方の労働力が深刻である傾向が見られる。
「特に東北のエリアでは、人口減少や高齢化が加速するような傾向があり、そうした土台の部分も大きく影響としていると思われます」(中俣氏)
産業や職種選び、副業につながるスキルの習得が重要に
最後に、労働力不足解決のヒントが紹介された。「労働力を増やすことと、労働生産性を向上させること、この二つの異なる施策を両輪で回すことが解決の糸口になる」と、中俣氏は提言した。
具体的には、二つのテーマが紹介された。労働力の増加に関しては、「シニア就業者」「パートタイム就業者」「副業者」三つの就業者にフォーカスして、活躍機会を創出していくこと。
生産性の向上に関しては、「ヒトの成長」と「新たなテクノロジー」に着目し、労働力不足の緩和を促進することである。
2035年に向け、全産業において労働力不足はさらに深刻化することがうかがえる。職種においても多くが需要過多に陥っている。
これだけ見れば、どの産業・職種においても高いニーズがあり、若手が活躍できる場は広がっているといえそうだ。
ただし、産業と職種を選択する際には、その分野の今後の成長性を考慮する必要があるだろう。
また、労働力不足の解決策として挙げられた「副業者」などの活躍機会の創出が今後さらに広がっていくと予想される。
効率的に仕事をこなせるスキルを磨き、スキマ時間に主要業務以外の仕事をこなせるようにもなることが、長期的に活躍する上で重要になりそうだ。