ジェームズ・オーウェンとはここ数回の国際試乗会で何度も語り合った。彼の肩書はシニア・ヴィークル・エンジニアリング・マネージャー。要するに開発の現場におけるサブリーダーだ。イベントでは互いに顔を見つけると即、”よし、話をしようぜ”という雰囲気になる。そして話し込む。お題のプロダクトについてはもちろんのこと、今のアストンマーティンの開発現場や現在過去未来とのことなど、だ。そして、DB12のときも、ヴァンテージのときも、きっと他のときも彼からの〆の合図は同じだった。
【画像】V12搭載のアストンマーティン・ヴァンキッシュにサルディーニャで試乗!(写真18点)
「お前は12気筒が好きなんだろ?とにかく次のV12を楽しみに待ってくれ」
とうとうその日がやってきた。ところはサルディーニャのコスタ・スメラルダ。起点となるリゾートホテルは以前にDBX707でも訪れた場所で、海系の趣味人にとっては憧れの場所らしい。最近のアストンマーティンは、こう言った場所選びから車両の揃え、プログラムまで、とても手が込んでいる。ブランドの価値をさらに引き上げる、それも急速に、の真っ最中なのだった。
実際、この18カ月間で彼らはすべてのモデルの刷新を終えている。特にシリーズモデル(DBX707、DB12、ヴァンテージ)に関しては、すべてのパフォーマンスレベルとデザイン含む見栄え質感をきっちり高みに揃えてきた。コンセプトはシンプルで、デザイン・ラグジュアリィ・パフォーマンスの三点でハイエンドブランドのトップを目指すというものだ。つまり、同じ英国でいえばマクラーレンとロールス・ロイスを足して2で割ったような存在とでもいえようか。それは何もプロダクトに限った話ではなく、F1を筆頭とするモータースポーツ活動から、販売やマーケティングの現場、そして各種のメディア向けイベントまで、ブランドの関わるすべての活動分野において、そのこだわりを貫く。逆にいうと、そうでなければアストンマーティンほどの老舗ブランドであってもさらなる高みに達することはできないということだろう。
シリーズモデルのフラッグシップとして、DBSの後継となる新型ヴァンキッシュに”改めて”V12エンジンを積んできた背景には、そういったブランドの積極的な姿勢と、もちろん、熱心なカスタマーからの強烈な要望があった。
東京でも新型ヴァンキッシュのお披露目があった。その甲斐あってか、世界で最も多くの予約オーダーが入った場所は”東京”だったという。つまり、乗らずともスタイリング(とスペック)が性能の多くを物語っていたということもできる。
試乗会にやってきたデザインチームのボスで副社長のマレク・ライヒマンも、「とにかくパフォーマンスを最重視したかった」、と語り、その見えるために「フロントホイールとドアとの距離を伸ばさなくてはならないとエンジニアチームにも提案した」という。つまりデザインチームも(これまでのアストンマーティン12気筒FRモデルとは違って)フロントミドシップを目指したというわけだ。
改めて新型ヴァンキッシュのスタイルを真横から眺めてみる。確かにホイールベースは前方で伸ばされており、”間延び”して見えないよう、おむすび形状のデザインエレメントが入った。そこには誇らしげに赤い文字でV12。これこそが新型ヴァンキッシュの要諦であろう。
筆者に与えられた個体は内外装ともに黒系というシックなコーディネーションだった。この辺りの道は以前にも走って知ってはいたが、広く快適な道が長く続くとはいえず、実は走る前から少し心配していた。はたして835psで1000NmものFRスポーツカーを遠慮なく走らせることができるのだろうか?
乗り込んでみれば、そのゴージャスさに改めて感心する。物理スイッチがほどよく残されていることも嬉しい。相変わらずメーターパネルの大きさは控えめだが、これはこれで視界の騒がしさを省くというメリットのあることを直近の新型2モデルで体感済みだ。
荒れぎみの舗装路を走り出し、ものの5分も経たないうちに、今までのアストンFRモデルにはなかった車との一体感を覚えた。と同時に、NVH性能も著しく上がっている。例えばそのソリッドなライドフィールこそDBSに近いものだが、快適さでははっきりと上回った。車体の塊感もしっかりあって、さらに大きくなったクーペを駆っているとはとてもじゃないが思えない。DBSや以前のヴァンキッシュには、筋肉と骨格がバラバラに動いているような感覚があったものだ。
長くなったノーズやホイールベースの悪影響は微塵も感じない。一体感の恩恵だろう、広がったという車幅もプレッシャーとはならなかった。細いカントリーロードやワインディングも躊躇うことなく進んでいける。
ハンドリングファンという点で、歴代アストン製FRモデルの中では抜きん出ていると思う。最新のヴァンテージともいい勝負だ。否、トルクのあるぶん、楽しいか。加減速含め、ヴァンテージのように走ることもまた開発目標のひとつであったらしい。
確かなハンドリングを可能にしているのは、やはりフロントアクスルの動きが良いと思えるから。左右の支え感が素晴らしいのだ。要するにフロントミドの恩恵だ。もちろん、理想的な前後の重量配分に加えて、新たなダンパーシステムや強化されたシャシーとブレーキなどを統合的に制御するシステムの優秀さも寄与している。
ハンドリングマシンであったことと同じくらい感動したのは、凄まじいまでの中間加速だった。オートマチック+スポーツモードで攻め込んでいたとき、前を走るバンが中途半端に遅かった。直線路で追い越そうと徐々に加速しつつ対向車線に出て右足を目一杯踏み込んでみれば、驚くなかれ、まるでそうすることを前もって知っていたかのように(実はそうであることを後から知ったのだが…)、実に強烈な加速をみせた。
速度計を見れば、そこまで出す必要はなかったのに、という数字になっていて驚く。実に大台越え。にもかかわらずそこまでの速度感覚はなく、車体の姿勢は安定している。これが1000Nmの実力というもので、後から知った機能というのが、”ブースト・リザーブ”という新たなプログラムだった。
最後にもうひとつ。エグゾーストサウンドも最新モデルにしては相当に勇ましいもので、イタリア産の最新モデルを迫力では上回っていた。もとよりアストンマーティンの12気筒サウンドといえば、初代V12ヴァンキッシュの頃より、車好きを虜にしてやまない。最新モデルもそうであったことを報告しておこう。
文:西川 淳 写真:アストンマーティン
Words: Jun NISHIKAWA Photography: Aston Martin