国内海上輸送をになう内航海運業者の団体である日本内航海運組合総連合会は、「内航海運モーダルシフトセミナー」を10月11日に開催した。
トラック等の自動車で行われている貨物輸送を環境負荷の小さい鉄道や船舶の利用へと転換するモーダルシフトにおいて、内航海運への期待は高まっている。今回のセミナーは、内航海運業者だけでなく、荷主にも参加してもらうことで、モーダルシフトへの理解を深めてもらうことが狙いだという。
物流2024年問題における内航海運の立ち位置
セミナーの冒頭では、日本内航海運組合総連合会 会長である、栗林商船 代表取締役社長の栗林宏𠮷氏が主催者挨拶を行った
「内航海運はトンキロベースで国内貨物輸送の4割と、日本経済の大動脈として重要な役割を担っています。今年4月からトラックドライバーの労働時間規制にともなうトラックの輸送力不足、いわゆる物流2024年問題が懸念されております。モーダルシフトへの期待が高まるなか、業界として受け皿を進めるとともに、環境問題の対応も行い、国内物流が滞ることのないよう努めていきたい」と、モーダルシフトにおける内航海運業界の立ち位置を説明した。
基調講演は、流通経済大学教授・矢野裕児氏による「内航海運モーダルシフトの視点」。物流2024年問題の影響や政府の動き、内航海運モーダルシフトに向けての視点の解説が行われた。
「物流2024年問題の影響」については、現在中核を成しているトラックドライバーの高齢化と若年層が入らないこと、求職者数の減少と求職者自体の高齢化といった課題を挙げつつ、2030年にはドライバー不足により輸送能力の19.5%が不足し、2024年問題の影響と合わせて輸送能力の34.1%(9.4億トン)が不足する可能性がある、という予測を提示した。
また、実際に現場の話を聞くと、荷動きが停滞傾向にあり、トラックが確保できないという状況は現段階ではあまり聞かれないという。しかし対応するには従来のやり方よりも人手やコストが掛かるため、中小企業は対応が厳しい状況だ。
政府も、商慣行の見直しや物流の効率化、そして荷主・消費者の行動変容といった施策を実施しており、なかでも物流の効率化においてモーダルシフトは重要視されている。鉄道・内航の輸送量・輸送分担率は今後10年間で倍増することを目指し、港湾施設の整備など、内航フェリーやRORO船ターミナルの機能強化も行われるという。
また、モーダルシフトを行おうと思ったとき、物流事業者、あるいは荷主企業の物流部門において、取引先の関係や製造・生産や営業部門との調整がネックとなることにも言及した。この問題に関しては、リードタイムやロットの見直しなど、物流条件を変更しないと難しい。現在、荷主企業の各業界団体における見直しの進展が行われているが、これは大きな追い風になると矢野氏。また2024年問題によって、物流が抱える問題の他部門の認識、取引先の理解の進展が進んでいるのではないか、と期待を寄せる。
物流拠点の分散化や、モーダルシフトの対象貨物が企業内輸送から取引先への直接輸送に拡大するといった転換も起きている。これまでは需要に合わせて供給側が物流サービスを提供していたが、今後は安定供給のため、物流サービスに需要側が合わせる流れができるのではないか、と矢野氏。
「今までは物流はその場対応のものが多かったのですが、今後は先を読んだロジスティクスへの転換が重要です」と最後に締めくくった。
トラックから内航海運へのモーダルシフト事例も
また、実際にモーダルシフトを実現した事例紹介も行われた。海上輸送へモーダルシフトし、環境負荷の低減に特に貢献したと認められる優良事業の荷主及び物流事業者のなかでも、特に革新的な取り組みを行った「令和5年度 海運モーダルシフト大賞」受賞企業より、ダイキン工業と下関三井化学が登壇。その取り組みを発表した。
ダイキン工業からは、鹿島製作所 保安管理課長 山口昭範氏が取り組みを解説した。同社の柱のひとつである化学事業ではフッ素化学製品を手掛けており、「蛍石」を原料に製品を作る際の廃液・廃ガスで「再生蛍石」の精製も行っている。この輸送に関して、物流事業者の活材ケミカルの仲介で、発荷主のダイキン工業と、着荷主の下関三井化学が連携、再資源化した再生蛍石を海上輸送を実現した。
背景として、同社の化学プラント増設計画にあたり、プラントから排出される不要なフロンガスと廃液の増加、それをもとにした年間2,000トンの再生蛍石の発生がある。1,119km先の山口県下関市まで再生蛍石を出荷する予定において、モーダルシフトにチャレンジしたという。ポイントは、CO2排出量削減と輸送頻度の削減、また2024年トラックドライバー労働時間の削減と、社内作業の削減検討による働き方改革も視野に入れたという。
20tコンテナ車を使用するため、プラント内の道路幅不足や、車体が高く従来のショベルローダーでは積み込みができないということ、また東京港まで指定時間までに届けるといった制約もあったが、環境の整備や社内調整で解決した。今後は今回の事例を参考に、他の排出物についても効率的かつ環境に配慮した輸送方法を目指していく。
最後に「内航海運モーダルシフトに向けた様々な課題が発生しましたが、部門を超えた関係者の協力により解決しました。この経験を活かし、さらなる環境改善に取り組み、環境に優しい企業を目指します」とメッセージを寄せた。
また、着荷主である下関三井化学 営業部 業務推進室長 三本敦久氏は、「半導体の生産が増えると、廃棄物のロットも多くなります。船会社様に運んでいただくものが増えるかと思いますので、その際はよろしくお願いします」と締めくくった。
また、船井総研ロジ ロジスティクスコンサルティング部チームリーダー 普勝知宏氏からは「荷主企業におけるモーダルシフトへの取り組み実態と課題」をテーマに荷主企業目線の講演が行われた。
時間外労働上限規制によりドライバーの拘束時間が短縮されることから、荷役の時間を減らし、運行に充てる時間をいかに増やすかが重要になる。規制を守って運行すると、1回に運べる距離の短縮、輸送リードタイムの延長、そして長距離輸送の制限といった影響を受けてしまう。そのため荷主企業には、荷役の時間の圧縮や、リードタイムを伸ばす働きかけなどが求められると普勝氏は語る。
モーダルシフト(内航船利用)における課題とクリアすべき項目として、どのようなものがあるだろうか。「500km以上の長距離輸送でコストメリットが出ること」、「トラックよりも手配の手間がかかること」、「港での積替え作業が発生すること」、「ダイヤに合わせて搬入する必要があるので、リードタイムの調整の影響を受け希望通りに納品できないケースがあること」、この4つを普勝氏は挙げた。ほかにも台風や強風などの天候や災害による運休や遅延が発生する可能性があるため、代替手段の準備も見定めたうえで、モーダルシフトを行う見極めが必要だという。
国土交通省海事局内航課企画調査官 角野貴優氏からは、行政における「海運モーダルシフト推進に向けた取り組みについて」の発表が行われた。
「政府では、令和5年に『物流革新に向けた政策パッケージ』『物流革新緊急パッケージ』を取りまとめ、その中でトラックから内航海運へのモーダルシフトを推進する施策を行っています。政府としてだけでなく、日本内航海運総連合会様でも自主行動計画を作成しています」と説明。
施策の一環として、海上貨物輸送を一定水準以上利用し、CO2削減に取り組んだ荷主・物流事業者を認定する「エコシップマーク認定制度」や、海上輸送へのモーダルシフトに特に貢献したと認められる荷主・物流事業者に海事局長表彰の実施も行っている。令和元年からは、革新的な取組などにより、最も貢献度が高かったと認められる事業者を「海運モーダルシフト大賞」として表彰する取り組みもスタートしている。
また、政策パッケージに基づいて、中・長距離フェリーやRORO船、コンテナ船の積載率動向の調査結果と公表も行い、積載率に余裕のある航路を伝えることで、荷主の行動変容の促進につなげていくという。他にも、モーダルシフト推進のための受け入れ環境の整備支援として、シャーシ等を船舶に移動させるためのトラクターヘッドや、荷物を格納するシャーシの導入支援も行っている。
そして今後新たな需要の掘り起こしに向けた荷主企業、貨物運送・貨物利用運送事業者、内航海運事業者のそれぞれにモーダルシフトに対する意向や課題の調査や、取引環境改善を目的とした商慣習の実態調査も実施。新規需要の取り込みや、内航海運業界全体の商慣行改善に必要な取り組みを検討していくという。
最後に業界全体として「みんなで創る内航」推進運動も紹介した。内航海運業の魅力を高め、内航海運業界への求職者を増やすために、働き方改革、取引環境改善、生産性向上の取り組みを行う内航海運業者を国土交通省のHP等で情報発信し、求職者に訴求していく。
パネルディスカッションで意見交換も
第2部ではパネルディスカッション「内航船を活用したモーダルシフトを進めるカギは」を開催。パネリストは、ダイキン工業より山口昭範氏、同社化学事業部鹿島製造部業務・計画担当課長 得能通泰氏、下関三井化学 三本敦久氏、活材ケミカル 環境ソリューショングループ部長 栗本大資氏、鈴与カーゴネット 取締役 亀井遊太氏、船井総研ロジ 普勝知宏氏が参加。また内航船業者として、栗林商船 代表取締役社長 栗林宏𠮷氏、川崎近海汽船 代表取締役社長 久下豊氏、コーディネーターは流通経済大学教授・矢野氏がつとめた。
パネルディスカッションでは、「海運モーダルシフト大賞を受賞につながった秘訣」「物流事業者からの立場は?」という質問も。ダイキン工業、下関三井、そして物流事業者の活材ケミカルが回答した。
発荷主であるダイキン工業・山口氏は「化学事業を継続するためには環境問題は避けて通れないものです。CO2削減、ドライバー問題、輸送コスト、弊社のなかでの作業負荷の削減など、評価軸を使って評価して、海運モーダルシフトが条件に合うと判断して利用を決めました」。着荷主である下関三井化学の三本氏は、「一番の決定打は、化合物がまとまった量になったことです。当初は船での輸送は思いつかなかったが、少量でも運べる仕組みを作れれば、モーダルシフトはさらに進むと思います。また、ダイキン様、我々、内航コンテナ船社の井本商運様とのやりとりを、物流事業者の活材ケミカル様が一元的に取りまとめてくださいました。関係会社とコミュニケーションが円滑だったことが、大賞の決定打であったと思います」。
コーディネートの重要性に関して、活材ケミカルの栗本氏は「情報をいかにまとめるかが今回お役に立てたところかと思います。特殊な大型コンテナを使用していますが、海運業者様の協力を得て高さの調整なども行いました」。
モーダルシフトの重要性が訴えられる中、障害になる要因について、鈴与カーゴネットの亀井氏は、「既存の物流会社さんとの関係性や、航路によってはコストが高いことや、ロットがまとめきれないことが障害として挙げられます。共同配送の提案なども行っていますが、お客様同士の都合やしがらみでうまくいかないこともありますね」と現状を語った。
荷主企業の意識変革も重要だが、船井総研ロジ 普勝氏は、「国内の総輸送量で見るとトラックが90%を締めています。2024年問題の対策をどうするか、荷主様と話していると、いかに無駄をなくすか、付帯作業をなくすかに着目し、今と同等の輸送を安定的に実現するかに目を向けて物流改革を着手する企業様が多い印象です。モーダルシフトが活発にならないひとつの要因として、検討するにあたっての相談先がわからない、特定航路の枠が空いていないといった声も聞きます」と課題を指摘する。
そういった荷主企業の状況を受け、海運業者ではどのような取組を行うのだろうか。
栗林商船 代表取締役社長 栗林宏𠮷氏は、「海運モーダルシフトの課題について、価格についてはトラック料金が上昇傾向にある状況です。またリードタイムについても柔軟に対応してくださるお客様から順次モーダルシフトへ以降しています。港から荷物を積みたい場合は、ぜひ検索してその港に配船している船会社に問い合わせをしていただきたい」とコメントを寄せた。
川崎近海汽船 代表取締役社長 久下氏は、「馴染のお客様と話すと、積みたいのに詰めないと言われることもあり、一方では飽和状態、一方では需要の開拓ができていないアンバランスさがある。あとは荷主にもご理解いただいて、できるだけ貨物をまとめていただくといった協力も必要。いずれにしてもまだまだ船会社の認知度が足らないので、地道な営業努力でアピールしていく必要があると考えています」と答える。
セミナーの最後は、日本内航海運組合総連合会 定期船特別委員会 委員長であり、川崎近海汽船 代表取締役社長の久下氏より「今回のセミナーで紹介された事例なども参考に、2024年問題や環境問題、人手不足の対応を含め内航船の利用をお願いしたい。我々内航海運業界は、我が国の経済社会を支える重要な社会インフラとして、引き続き安定輸送に努めてまいります」と締めくくられた。