iPad Pro(M4)の登場と同時に発表された「Apple M4」プロセッサーにより、Apple製品が搭載する「M」系プロセッサーは若干混乱を伴うラインナップとなっている。一体どのプロセッサーが一番速いのか。そもそも「M」って何なのか。今一度、「M」系プロセッサーを整理してみよう。

Appleが独自設計した3種のSoC

Appleは2010年以降、ARMアーキテクチャを採用した「Apple Silicon」SoC(System on Chip)を開発してきた。SoCというのは、CPU、GPU、メモリ、I/Oコントローラーなどが全て1つのチップ上に搭載されているものを指す。現在、スマートフォンやタブレットなどのCPUは、ほとんどがこのSoCという形で搭載されている。

最初に登場したのはiPhone 4に搭載された「Apple A4」に始まる「A」シリーズだ。iPhone 4に合わせて4からスタートし、iPhoneの進化に合わせて毎年バージョンアップを重ねてきた。現在はiPhone 16 Proに搭載された「A18 Pro」が最新版となる(ちなみに世代としては16代目だ)。

「A」シリーズは大変よくできたSoCで、高い省電力性能と、処理性能を兼ね備えている。Android陣営と比較すると、概ね同時期に展開されるAndroid陣営の最上位SoC(例えばA18 ProならSnapdragon 8 Gen3など)と同等と言っていいだろう。そしてAシリーズはスマートフォンだけでなくタブレット(iPad)やスマートTV(Apple TV)、DAP(iPod Touch)などにも流用されてきた。汎用性も高いSoCなのだ。

そんな「A」シリーズに続いて登場したのが、今回メインで扱う「Apple M」シリーズだ。「M」シリーズは、スマホよりも高い処理能力、高いGPU性能、そして高い消費電力を要求するプラットフォームをターゲットにしている。

さらにもう1つ、ARMアーキテクチャを採用したプロセッサとして、Apple Watchに搭載される「Apple S」シリーズのSiP(System in Package)もある。A/M/Sの3種類のSoC/SiPは、基本的なコアの設計が共通化されている。つまり、1つの基本設計から多様なプロセッサが生み出されているのだ。SoCと、それを搭載するハードウェアとソフトウェア、すべてを自社で設計しているAppleならではという、スケーラブルで効率的な開発と言えるだろう。

  • 「A」を中心に、省電力・小型化に特化したのが「S」、処理能力に特化したのが「M」という位置付けになる

さらに細かいことをいうと、AirPodsシリーズに搭載されているオーディオ処理用の「Apple H」シリーズや無線処理用の「Apple W」シリーズ、UWB処理用の「Apple U」シリーズ、Touch ID処理用の「Apple T」シリーズ、Apple Vision Proに搭載されている低遅延A/V処理用の「Apple R」シリーズなどのチップもあるが、これらはA/M/Sシリーズとは性格が異なるので、本稿では触れないでおく。

具体的に「M」は何が違うのか?

Apple Silicon(というか最近のCPUはほぼどれも、だが)には「高性能コア」と「高効率コア」という2種類のコアがあり、性能重視のときは高性能コアを、それ以外の軽いタスクでは高効率コアを、というように、役割に合わせて使用するコアを変更することで、省電力と高性能を両立している。ちなみにAppleによると、高効率コアは、同じ性能であれば高性能コアの10分の1程度の消費電力で動作するとのことだ。

で、結論から言ってしまうと、「S」「A」「M」の間の大きな違いというのは、ざっくり言えばこのコア数の違いになる。コア自体の設計が共通している場合、シリーズの違いによるコアの性能差はほとんどない(クロック周波数とか、メモリ帯域の違いはさておき)。

基本となる「A」はスマートフォンからタブレット、スマートTVなどにも搭載され、対象となるサービスやアプリの幅も広いため、省電力性能を重視しつつ、汎用性中心のバランスとなっている。これに対してスマートウォッチ向けの「S」は、パフォーマンスは必要ないので高性能コアを取り除き、画面も小さいので、GPUも最低限でいい。逆に「M」はハイパフォーマンス向けなので、省電力性能を犠牲にしてでも、高性能コアとGPUコアを増やしていく、という発想で設計されている。

  • 幅広い分野に使用する「Apple A」の設計を中心に、バッテリー容量の限られるスマートウォッチ向けの「S」ではバッテリー駆動時間を優先して高効率コアのみを搭載。逆にハイパワーが要求されるパソコンやハイエンドタブレット向けの「M」では、高性能コアとGPUを増やしている

スマートフォン向けのSoCを、いくらコアを増やしたところでパソコンに使えるものか?という疑問もあるだろう。MacがIntel CPUを搭載していた時代は、「ARM系は省電力性に優れるがパフォーマンスではIntel系に劣る」という認識が広く浸透していたし、事実でもあった。しかしARMの世代がどんどん進むにつれて、性能差は縮まってきていた。さらに「ARM系」とは言ったが、実際にはライセンスこそ取得しているものの、コアの設計はApple自身がかなりチューニングして、シングルスレッド重視にカスタマイズされている。こうした積み重ねにより、iPhone 15 Proに搭載されていたApple A17 Proはシングルコアの性能で、2022年に発表されたIntel Core i7-12700を上回る性能を叩き出せる。2年前のデスクトップ向けのメインストリームやや上くらいのCPUとスマートフォンのSoCが、同等クラスの性能を持つわけだ。

  • Apple A17 Proを搭載したiPhone 15Pro Maxでの、ベンチマークアプリ「Geekbench 6」の結果。Geekbench 6ではCore i7−12700を「2,500」として性能を評価しているので、2,900台というのは、約16%上回っていることになる(さすがにマルチコアだと、コア数が2倍多いi7が勝つ)

ARM側の性能が十分高くなったところで、Appleは全製品をARM系に置き換えるべく、「Apple M」を開発した。これは、過去にCPUアーキテクチャの大胆な変更を2回(68k系→PowerPC、PowerPC →Intel系)も乗り越えてきたAppleならでは、という判断だったし、macOSとベースを同じくするiOSがARM向けに10年以上最適化の実績を積み上げ続けてきた、という点も大きいだろう(Apple Silicon自体も10年積み重ねてきた)。Apple M搭載後のMacがIntel Mac時代以上の性能を叩き出せているのも、こうした背景にあるわけだ。

ところで、実はこの「コア数を変えることで上位モデルを作る」という発想は、実は「A」シリーズですでに行われていた。A5〜A12世代には、画面が広くサイズが大きいため、放熱にも余裕があるiPad向けに、CPUやGPUのコア数を増やし、末尾に「X」や「Z」の文字が追加されたプロセッサが製造されていた(A5X〜A12XとA12Z)。A14世代からはこれをMac向けにも適用すべく、メモリ帯域などを強化して設計したのが「M」系だと考えるのが妥当ではないだろうか(超細かいことを言えば、A12ZはARM移行用にデベロッパー向けに貸与された「Developer Transition Kit」に搭載されていたので、これが初のMac向けARMとも言えるのだが)。

真新しい製品のように見えて、実は先にほかの製品で予行演習してあるあたり、筆者などは、実にAppleらしい手堅い戦略だなあ、と思う次第である。

PC向けの嚆矢となった「M1」

さて、「M」系最初の製品である「M1」は2020年11月に登場し、MacBook Air、MacBook Pro(13インチ)、Mac miniに搭載された。基本となるアーキテクチャはiPhone 12に搭載された「Apple A14 Bionic」と共通だが、M1では高性能コアとGPUコアを増やし、クロック周波数や搭載するメモリも強化されている(このほか、Thunderboltコントローラーなども搭載されている)。M1は当初はMac用に開発されたプロセッサではあるが、のちにiPad ProやiPad Airにも採用されている(余談だが、A14はiPhoneより先にiPad Airに搭載されて発表されたので、iPad Airは同じコアベースのSoCを2回積んだということになる)。

標準では高性能・高効率の両コアが4つずつの8コア編成だが、一部下位モデルでは高性能コアが1つ無効化され、高性能3+高効率4の7コア編成になったチップが搭載されている。ちなみにこうした、一部のコアを無効化して製品のヒエラルキーを作る方法は、GPUのコア数でも行われている。

ところでA14とM1を比較した場合、最大消費電力はA14が4.8W、M1が13.8Wとされている。コア数を比較すると、A14は高性能コア2つ・高効率コア4つ、GPUコア4つの構成だが、M1は高性能コア4つ・高効率コア4つ、GPUコア7〜8つとなっており、高性能コア2つとGPUコア4つで9W消費が増えている(メモリ等も増えているので、単純には言えないが)。スマートフォンで10W台の消費電力や発熱を許容するのはかなり難しいが、サイズが大きなMacやiPadならこのくらいはカバーできるわけだ。

M1の登場から1年後の2021年10月に、MacBook Pro向けに上位モデル「M1 Pro」が登場した。これはM1よりも高性能コアとGPUのコア数をほぼ倍増させたモデルで、最大メモリ搭載量やメモリの帯域幅も強化されている。一方で高効率コアの数は4から2へと減らされているため、あくまでパフォーマンス重視といった設計だ。

また、M1 Proと同時に発表された「M1 Max」は、CPUコア数はM1 Proと同じものの、GPUのコア数が大幅に強化されたモデルで、メモリ帯域幅や搭載量もM1 Proに比べてさらに強化されている。近年はグラフィック関連など、GPUに処理をさせるソフトウェアも増えているため、そういった用途に特化していると言えるだろう。

そして2022年3月には最上位モデルとして「M1 Ultra」が発表された。これはM1 Maxを内部で2つ繋げたもので、いわばワンチップデュアルSoCとでもいうべきもの。消費電力などは度外視、とにかくパワーを重視する、ハイエンド向けの怪物級SoCだ。

  高性能コア 高効率コア GPUコア Neural Engine メモリ(GB) メモリ帯域 トランジスタ数
M1(モバイル) 3〜4 4 7〜8 32 8〜16 65.28 160億
M1 Pro(ミドル) 6〜8 2 14〜16 32 16〜32 200 337億
M1 Max(プロフェッショナル) 8 2 24〜32 32 32〜64 400 570億
M1 Ultra(ハイエンド) 16 4 48〜64 64 64〜128 800 1,140億

前編では、「M」シリーズ登場までの流れをおさらいしてきた。後編では「M4」までの性能をチェックしていき、結局、どのプロセッサーが一番早いの?という疑問にお答えしよう。