カナレットという名前の画家を聞いたことはありますか? 日本ではあまりなじみがありませんが、ヨーロッパではその名を冠した展覧会が定期的に開催され、主要な美術館に行けば必ず1点や2点は彼の作品に出会うほど著名な画家。現在、 東京・西新宿のSOMPO美術館で、18世紀のヴェネツィアで活躍し、“ヴェドゥータ”という絵画ジャンルを確立した巨匠、カナレットの日本初となる展覧会「カナレットとヴェネツィアの輝き」が開催されています。
ヴェドゥータというのは都市景観図、いわゆる景観画のこと。1697年、アドリア海に浮かぶ水上都市・ヴェネツィアに生まれ、その陽光きらめく都市景観を鮮やかに描き出したヴェドゥータで、その名を馳せたカナレット。ヴェネツィアの“絵になる”眺めや“映える”景色を写し取った「名所絵」は、とりわけグランド・ツアーでこの地を訪れた上流階級の英国人に愛され、旅の記念にこぞって買い求められました。特にジョゼフ・スミスという英国人のパトロンに恵まれたこともあって、今日カナレット作品の多くが英国に存在。なかでも最も多くのコレクションを有しているのが英国王室です。
「今年6月に天皇皇后両陛下が渡英され、バッキンガム宮殿を訪れたニュースを目にした際に、両陛下が日本の美術のコレクションをご覧になっている部屋の壁にはしっかり、カナレットの作品が飾られていました。このように現在にいたるまで、カナレットはイギリスとヨーロッパで愛されている画家。いっぽう日本では、西洋美術の展覧会のなかで数点、カナレットの作品を目にすることはあっても、その名前を冠し、彼の画業と生涯を真正面から検証し評価する展覧会は一度もありませんでした」と、担当学芸員の岡坂桜子さん。
“日本初のカナレットの展覧会”を謳う同展は、カナレットのヴェドゥータでベネツィアがどのように描かれてきたのか、いわばベネツィアを表象の歴史的な流れの中に位置づけ、俯瞰して見ようとする画期的な試みだと、その意義を強調します。
同展は、スコットランド国立美術館をはじめとする英国コレクションを中心に、油彩、素描、版画など約60点で構成。第1章ではカナレットに先立つベネツィア風景の先行例で、18世紀当時のベネツィアの雰囲気を味わいます。続く第2章が、最も重要なセクション。日本の美術館において、11点ものカナレットの作品がずらりと並ぶさまはとても貴重で壮観な眺め。ベネツィアを訪れた英国人旅行者たちの、「この風景を本国に持ち帰りたい」という期待に応えて描かれたベネツィアの景観にはじまり、ロンドンやローマなど、その他の地域のヴェドゥータも並びます。
「様々な角度から街並みをとらえた作品を通じて、ベネツィアの街中を歩くようにご覧いただきたいです。カナレットのヴェドゥータはいずれも、その表現の精緻さに目を奪われます。こうした表現は、“旅の記憶”を鮮明に喚起するきっかけとなると同時に、ときに構成において写真のようだという、なかば消極的な評価がされることもあります」(岡坂さん)
“写真のよう”とされるのには理由があって、カナレットのヴェドゥータの特徴は、当時の光学機器である「カメラ・オブスキュラ」を用いて、遠近法的に正確に描かれている点。ですがカナレットは、単に実景を写し取っただけでなく、実景に基づきながらも画面に景観を収めた時に見映えのよい、“絵になる眺め”になるよう意図的に、構図上の操作を加えました。彼のそうしたヴェドゥータは非常に人気を博し、同時代の画家にも大きな影響を与え、多くの追随者を生み出すことに。第3章ではカナレットの版画と素描を通して、彼の創造の周辺を、第4章では同時代の画家と後継者の作品から、カナレットに連なる系譜が紹介されます。
カナレットが確立したヴェドゥータの影響力は一体いつまで続いたのでしょうか。「カナレットの遺産」と題した第5章では、ホイッスラーやシッカート、そしてモネら19世紀以降のロマン主義や印象派の画家が、ベネツィアの眺めを独自の視点と解釈で描いた作品が登場します。「カナレットが華々しいベネツィアの表の顔を描いたとするなら、19世紀以降の画家たちは、それぞれに異なる独自の視点で、この街のいわば裏の顔を描いたといえるのかもしれません」と岡坂さん。
カナレットを核に、このヴェドゥータの巨匠の功績を日本に紹介するとともに、3世紀にわたってさまざまな画家が描き出した世界遺産の街・ベネツィアの輝きに触れる日本初の展覧会は、12月28日まで開催です。
■information
「カナレットとヴェネツィアの輝き」
会場:SOMPO美術館
期間:10月12日~12月28日(10:00~18:00※金曜は20時まで)/月曜休、ただし11月4日は開館
料金:1,800円/大学生1,200円・高校生以下、および障がい者手帳提示の方および付添者1名まで無料