今やホンダを代表するスポーティーカーとなった「シビック」がマイナーチェンジを実施した。今回の目玉は「タイプR」に次ぐスポーツモデル「RS」の新設定だ。AT(オートマチックトランスミッション)が当たり前のこの時代にMT(マニュアルトランスミッション)専用グレード「RS」を追加するホンダの考えとは? その狙いを体感すべく、試乗してきた。
受注台数は目標の6倍!
現行型シビック(11代目)は2021年8月、心地よい走りを売りとする「爽快シビック」として登場。トランスミッションはCVTに加え、先代と同じく5速MTを設定した。パワーユニットは1.5Lガソリンターボを採用。2022年6月には走りの良さにこだわったハイブリッド車「e:HEV」を追加した。
2022年9月にはホンダのフラッグシップスポーツとなる「シビック タイプR」もフルモデルチェンジを実施。大いに話題となったものの注文が殺到したため、現在も受注停止となっている。そんな背景もあり、2024年1月の「東京オートサロン2024」でプロトタイプが初公開となった「RS」には大きな期待が寄せられた。
シビック改良モデルの発売は2024年9月13日。発売から1カ月と少しが経過した10月20日の時点で、受注台数は月間販売目標の約6倍となる約3,000台に到達した。そのうちRSの比率は7割弱となっている。客層はRSが20代中心、e:HEVが50代中心とのこと。マニュアル車の販売比率が高く、しかも若い人が買っているというデータはちょっと衝撃だ。
マイナーチェンジで何が変わった?
マイナーチェンジにより変わった全車共通のポイントは限定的だ。外観はフロントバンパーを変更してイメチェンを実施。これにより、より力強い顔つきになった。フロントバンパー内のロアグリルも大型化されるなど、ちょっとタイプR風味も足された様子だ。
使い勝手の面では、インフォテインメントシステムがGoogle搭載のHonda CONNECTディスプレイに変更となり、カーナビゲーションが「Googleマップ」となった。先進の安全運転支援システム「Honda SENSING」にもアップデートを加えている。
グレード展開としては、従来は1種類だったe:HEVを「LX」(399.85万円)と「EX」(430.76万円)の2グレード構成とした。ガソリンモデルは従来からある「LX」(344.85万円)と「EX」(379.83万円)に「RS」(419.87万円)が追加となった形だ。シビックでMTを選べるのはRSのみとなった。
新グレードのRSはエステリアパーツの一部をブラック化し、精悍さを向上。前後には専用の「RS」エンブレムを装着している。
外見だけだと「あまり代わり映えしない」と思うかもしれないが、大きく違うのは中身だ。
まずはエンジン。スペックは他のガソリン車と共通だが、エンジン回転を軽やかにする軽量フライホイールを採用し、6速マニュアルトランスミッションを組み合わせる
タイプR譲りの「レブマチックシステム」はシフトダウン操作に合わせ、エンジン回転数を自動制御する機能を備える。MT運転時のギクシャクした動きを抑える機構だ。
サスペンションは専用ショックアブソーバーに加え、タイプRの部品を流用。走りを鍛えた足回りとなっている。これにより全高は5mm低くなり、低重心化も果たしている。
そのほかにはフロントブレーキディスクを大径化して強化するなど、走りにつながる機能をしっかりと磨いているのだ。
マニュアル車の操作性は?
試乗は都心の一般道を中心に行ったが、第一印象はとても乗りやすいMT車だということ。私自身、日頃からMT車を愛用しているが、それでも運転が楽だと感じた。
その秘密は、クラッチの操作の軽さとレブマチックシステム、そして軽快なエンジンにある。交通量の多い都心の一般道はストップ&ゴーの連続だ。操作性のよいクラッチはエンストしにくい。走行中も、シフトアップ時はエンジン回転が素早く落ちるため、次の加速がスムーズだった。
発進時と並んでギクシャクした動きになりやすいのがシフトダウン時だ。ギアを落とすときに回転数が一気に上昇してしまうと、強いエンジンブレーキが発生し、急激な減速力が働いてクルマの動きがギクシャクしてしまう。
ただ、レブマチックシステムを搭載するシビックRSの場合は、ギアダウンの際、ギアに最適な回転数までクルマ側でエンジン回転を上げてくれるので、急な減速が起きず、クルマの動きが安定する。クルマの動きがギクシャクしないから、ドライバーは安心して操作に集中できる。
もちろんスポーツ走行にも効果的な機能なのだが、日常の運転も快適になるので、MT初心者やMTリターン者にもおススメできる。ちなみに、6速から4速といった「ギア飛ばし」をしても、スムーズな変速をしてくれる。ギア操作を間違えても焦る必要はないのだ。
硬めにセッティングされたサスペンションは、クルマの挙動をよりキビキビしたものにしてくれる。例えば、加速して車線変更するするようなシーンではスポーツカーらしい走りが楽しめる。乗り心地はCVTのターボ車と比べれば硬めだが、不快さはない。
「タイプR譲り」というフレーズを持ち出したので「マニア向けなのでは?」と心配されたかもしれないが、エンジン性能自体は最高出力182ps、最大トルク240Nmと適度な性能だ。ちなみにタイプRだと、動力性能は最高出力340ps、最大トルク420Nmまで向上する。燃費性能もRSの15.3km/Lに対してタイプRは12.5km/Lとなる。RSの方がお財布にも優しいのだ。
最後に価格を見てみると、RSは419.8万円、タイプRは499.73万円で約80万円の差がある。ただ仮に、タイプRがマイナーチェンジをすれば、近年の物価高を鑑みて価格上昇は間違いないので、RSをよりお手頃と感じられるはずだ。
なぜMT? 開発者に聞く!
それにしても、なぜ今、MT専用グレードなのか。シビック開発者はこう話す。
「シビックの改良を考える中で、お客様からMTの存在が中途半端という指摘があった。その声を受けて議論し、走る楽しさを追求するのがMTだという結論になった。それがシビックRS誕生の原点。シビックの『RS』の意味は“ロードスポーツ”。つまり、タイプRとは違う価値を持つ、街中で最高に楽しいクルマにしようと磨いていった。ここまで走りにこだわれたのは、海外向けスポーツタイプのSiや最上位モデルであるタイプRの存在が大きい。その部品や知見を活用することで、アフォータブルなスポーティーモデルができた」
まさに、かつて人気のあった身近なスポーティーカーとしてのシビックに原点回帰したグレードだと言える。
個人的には価格だけでなく、「毎日乗れるスポーツカー」というキャラクター設定自体がオススメできる理由となっている。
タイプRは高性能で、普段乗りの快適性を高めた電子制御サスペンションも備えているものの、フロントシートは窮屈に感じるシーンもあるし、大径アルミホイールと肉薄なタイヤは駐車や道の悪い場所で気を使う。
RSはタイプRに比べると特別感は薄いかもしれないが、乗り手を楽しませる要素はしっかりと備えている。サーキットで速く走ることが目的ではなく、ドライブが好き、MT車に乗ってみたいという欲求には、むしろRSの方が向いている。
もちろん、チューニングの節々にはホンダファンを唸らせる要素も満載だ。シビック開発チームはクルマ好きばかりという話も納得できるRSの完成度だった。