野球の大谷翔平選手をはじめ、近年スポーツの世界において日本人選手の活躍が目覚ましい。そんな彼らに共通しているのが自己肯定感だ。自己肯定感を持つことがなぜ成功に繋がるのか? 自己肯定感はどうやって高めればいいのか? 『大谷翔平から学ぶ成功メソッド』や『わが子を天才に導くうまい子育て』などの書籍を多数執筆し、数多くのアスリートのメンタルトレーナーを務めてきたスポーツ心理学者の児玉光雄氏に、その秘訣を伺った。
自己肯定感は、どんな時に役立つのか?――先生の著書にも『大谷翔平・羽生結弦の育て方 子どもの自己肯定感を高める41のヒント』というタイトルがありますが、なぜ自己肯定感を高めた方がいいのでしょうか?
児玉光雄氏(以下、児玉):そもそも自己肯定感とは「自分は能力がある」という思い込みを持つことです。控えめこそが美徳という文化のある日本人は欧米人に比べて「自分には才能がある」といったことを表立って出すと、自意識過剰だとか、大風呂敷を広げているなどと、ネガティブな評価をされることがあります。しかし時代はどんどん変わっていて、自信満々の態度、表情あるいは発言をする人たちが、これからはあらゆる組織で受け入れられていくと僕は思っています。スポーツ選手で言えば大谷翔平選手、あるいはすでに引退されていますがイチローさんは、自己肯定感が高く実際に結果を残しています。
ニューヨーク州立大学の心理学教室でR・フェルソン博士という人が2000人ぐらいの高校生を1年から3年まで追跡し、どのような生徒の成績が伸びるかという調査をしました。その結果、やはり自己肯定感が高い生徒ほど3年後に見事に成績が伸びていたそうです。
順風満帆の時は、自己肯定感の低い子どもも高い子どもも大した差がないのですが、両者の差が出てくるのは、逆境やピンチに見舞われた時です。自己肯定感の低い子どもはちょっとしたピンチで「僕はやっぱりダメなんだ」とがっかりしてやる気をなくしてしまう。ところが、大谷選手のような自己肯定感の高い選手は、ピンチになった時に「この壁を乗り越えることをやりがいにするんだ」と考え、ファイトをもって壁を乗り越えられるわけです。
しなやかマインドセットと、コチコチマインドセット――大谷翔平選手やイチローさんのような方々は、非凡な才能があったから自己肯定感が結果に結びついたのではないでしょうか? 一般人でも自己肯定感を結果に繋げることはできますか?
児玉:それについては、私自身も興味を持っているマインドセットという言葉で説明しましょう。これは最近欧米でも非常に注目されていて心理学の重要テーマの一つになっている言葉です。もともとスタンフォード大学のキャロル・ドゥエックという心理学者が言い出して注目されたのですが、彼女はマインドセットには2つの種類があると定義しています。1つは「しなやかマインドセット」、もう1つは「コチコチマインドセット」。「しなやかマインドセット」は基本的には、人間の才能は、努力、鍛錬といった後天的なものによって花開くんだ、という考えです。例えば大谷選手やイチローさんなど一流のアスリートは、もちろん才能がなければメジャーリーガーはおろか、プロ野球選手にもなれないわけですが、でも、才能だけで成功するほどこの世の中は甘くない。日ごろの鍛錬の積み重ねによってのみ才能の花が開くということです。つまり、ピンチになっても、努力をすれば才能の花が開くと信じて努力を続けられることが、その才能を開花させるだけでなく、スランプやピンチ、逆境を乗り越える唯一の要素なんだということです。反対に言えば、いくら才能に満ち溢れていても、鍛錬をしなければその才能は枯れてしまうんだ、という考え方です。
一方の「コチコチマインドセット」は、自分の才能はこの程度のもので、もう変えることはできない、だから自分はうまくいくはずがないと決めつけてしまうことです。つまり「しなやかマインドセット」の人たちに比べて努力というものに価値を置かず、簡単に諦めてしまう。この2種類のマインドセットによって人の運命は簡単に変わってしまうわけです。
しなやかマインドセットの育て方――子どもの「しなやかマインドセット」を育むには、大人は何をすればいいのでしょうか?
児玉:アメリカのベンジャミン・ブルームという教育心理学者が、アスリート、ピアニスト、彫刻家、数学者など、超一流の人たち120名ぐらいを調査し、彼らの共通点を分析しました。その結果、超一流の人たちの大多数が幼児時代は平凡な子どもだったという事実が明らかになったんです。非常に意外だったとブルーム博士は語っています。多分、博士は彼らは小さい頃から周囲を驚かせるようなことをやってのけていた、といったエピソードを予想していたのでしょう。ところが実際は、普通の子どもだったということです。では、なぜ彼らが超一流の成果を上げることができたかというと、好きなもの、得意なものを非常に早い時期に自分で見つけて、それにのめり込む素質を持っていたからです。自分の好きなことや得意なことに関してだけは、どんな逆境に見舞われても努力を怠らない、そういう「しなやかマインドセット」の持ち主だった。たとえばAというやり方でダメだった場合、「コチコチマインドセット」の子どもはすぐにくじけて立ち直れない。ところが「しなやかマインドセット」の子どもは、BやC、D、Eと他の方法をいろいろ試して、最終的にはその壁を乗り越えてしまう。これが、成功者になった120名の共通点だったのです。
キーワードは、好奇心、適性、興味、こういった言葉で、要は自分は何に好奇心を持つか、何に惹かれるのか、そういうものを小さい頃に見出せるような導きを両親がしていく。アドバイスというよりも常に「あなたが今一番のめり込んでいるものは何?」といった質問をして、子どもたちの心の中を探る。そしてそれに対して的確なアドバイスをしたりフォローをしたりして、好きなことにのめりこめる環境づくりをしてやるということも非常に重要だと思います。
好きや得意を見つけるチェックシート――小さいうちは、自分の好きなこと、向いていることに、自分で気付くのが難しい場合もあると思いますが、そういった場合は、どうしたらいいですか?
児玉:その場合は、私が作った以下の表を活用してみてください。
チェックシートの左側の1から10までの空欄には、野球やサッカー、あるいは算数など自分が好きで得意だと思う事柄を思いつくまま記入。次にシートの下にある4つの質問に、一番下の得点表にある答えの中から一番近いものを選んで、その得点を表に記入します。
3番目の「これは、仕事としてニーズはありますか?」という質問は、小さい子どもには、難しいかもしれませんから、それは大人が手伝ってあげてもいいでしょう。
好きなことが、必ずしも仕事になるとは限りませんが、仕事にならないからといって、やめさせる必要はありません。たとえば、サッカーが好きなのに、残念ながらそれほど得意ではないという場合。プロサッカー選手にはなれないかもしれないけれど、趣味として続ければ、それは人生を豊かにする非常に大きな要素になります。好奇心を持って何かに取り組む子どもの時間をしっかり確保してやるということはすごく大切です。好奇心と適性は全く別物であって、それはどちらも同じだけ重要なものです。
子どもがスランプの時に必要な声がけ――好きなことや得意なことに取り組んでいても、失敗して落ち込むことや、壁にぶつかるときがあると思います。そうした時、大人はどうすればいいのでしょうか?
児玉:好きなことや、得意なことを頑張っているのに、ピンチに陥って抜け出せず「自分は才能がないから、いくら頑張っても無駄じゃないか」と子どもが考えたとします。しかしそれは、成果がパフォーマンスになって表れていないだけで、本人の中では必ずマグマみたいなものがどんどん膨らんでいます。逆境に強い人たちほど将来成功する資質があるということも研究でわかっています。ですから、大人は得意でのめり込んでいるお子さんの成果が上がらなくても、もうちょっと頑張ったら必ずまた順調に伸びるよ、ということを言って励まし、継続させるようしっかりフォローをしていただきたいなと思います。
僕は好きな桜の花を使った話を子どもたちにすることがあります。桜の花は1年に1回しか咲きません。でも、毎年3月の中旬頃から下旬になるとつぼみが出て、必ず花が咲きます。その他の時期に桜を見ても外見上は何にも変わっていないように見えますが、中では開花に向かってどんどん着実に準備ができているんですよね。人間も同じで、今は我慢する時期で努力が無駄になっているわけではない。ここでやめたらせっかく頑張ったものがダメになってしまう、桜の木で言えば枯れてしまう。そういう話をして、お子さんを励ましていただけるといいですね。
前編では自己肯定感と才能開花の関係性や、自己肯定感の高め方について伺った。後編では、子どもの才能を伸ばすための、より具体的な方法について教えていただく。
text by Kaori Hamanaka(Parasapo Lab)
photo by Shutterstock
資料提供:児玉光雄
PROFILE 児玉光雄
スポーツ心理学者/追手門学院大学 スポーツ研究センター特別顧問/元鹿屋体育大学教授
京都大学工学部卒業。学生時代テニスプレーヤーとして活躍し、全日本選手権にも出場。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)大学院で学び工学修士号を取得。米国オリンピック委員会スポーツ科学部門本部の客員研究員としてオリンピック選手のデータ分析に従事。過去30年以上にわたり臨床スポーツ心理学者としてプロスポーツ選手のメンタルカウンセラーを務める。また、日本でも数少ないプロスポーツ選手・スポーツ指導者のコメント心理分析のエキスパートとして知られている。主な著書は、ベストセラーになった『大谷選手 86のメッセージ』(知的生きかた文庫)をはじめ、『大谷翔平・羽生結弦の育て方 子どもの自己肯定感を高める41のヒント』(幻冬舎)など、200冊以上にのぼる。