「生産性の向上」「付加価値の向上」「環境への負荷の低減」が3本柱
農林水産省によると、個人経営体の基幹的農業従事者(仕事として主に自営農業に従事している人)の数は、2000年の240万人から2022年の123万人に大きく減少した。年齢階層を見ると、1960年時点の主力層(20代)が40年後の2000年に60代となって最多層を形成することとなり、その後も高齢化が進んだ結果、2022年には70歳以上が69.5万人で全体の56.7%を占めることとなった。20年後に中心層になると見込まれる50代以下すべての年代を合わせても25.2万人であり、圧倒的な担い手不足が予想される事態となっている。
だがこれは、基幹的農業従事者の数が最も多い「副業的経営体」(年間60日以上働く65歳未満の世帯員がいない農家)で働く71万人のうち、51.3万人が70歳以上であることの影響が大きい。「主業経営体」(農業所得が主で、年間60日以上働く65歳未満の世帯員がいる農家)で働く52万人は、高齢化しているとはいえ50代以下が44%を占める。「法人等の団体経営体」では農業就業者19万人のうち50代以下が65%を占め、バランスの取れた年齢構成となっている(下図)。
地方から東京を中心とした都市部に人口が移動し、地方における個人経営体農業従事者の高齢化が止まらない中、これまでも新規就農者を増やすための施策は試みられてきた。しかし、結果的に減少傾向を止めるまでの効果は出ていない。また、2022年の新規就農者のうち49歳以下約1.7万人の内訳をみると、雇用就農者が46%を占めている(下図)。
農業法人が若手を中心に新規就農者を育て、生産性の高い農業システムを実現していくことが望まれるが、農業法人の財務状況は盤石とはいえず倒産しやすい実態にあることから、経営基盤の強化は必須である。
こうした実態を踏まえ、改正基本法では「人口減少下における農業生産の方向性の明確化」として、人口の減少に伴って農業者が減少しても、農業の持続的な発展は図られなければならない、という方針を明らかにしている。
また、少人数でも安定的な食料供給が可能な農業生産の方向性として「生産性の向上」(スマート農業技術や新品種の開発)、「付加価値の向上」(知的財産の保護・活用)、「環境への負荷の低減」が図られることを位置付けた。これらの条件を備えた新しいビジネスモデルが定着することで、農業を魅力的な職業として選ぶ若者が増える効果も期待されている。
新規就農者の受け入れ先となる農業法人の経営安定化も大きな課題
「人口減少下における農業生産の方向性の明確化」の具体的な施策で、新規のものを中心とする主な内容は次の通り。
望ましい農業構造の確立
新規就農者を含めた担い手の確保と育成を続けることは具体的な施策の基本である。改正法では担い手が農業生産の相当部分を担うことを「望ましい農業構造」としつつ、農業者全体で農地の確保を図る施策を新設した。担い手だけでなく、それ以外の多様な農業者が農業生産を行うことで、農地の維持につなげるとしている。
農業経営の基盤強化
新規就農者の受け入れ先となる農業法人の経営基盤を強化するために、農業法人自体の経営力を強化するだけでなく、農業経営体を支えるサービス事業体の事業活動を促進する。サービス事業体とは、農作業受託、機械リース、人材派遣、コンサルティングなどの農業経営の支援を行う事業者を指す。
先端的な技術などを活用した生産性の向上
生産性の向上は、①スマート農業技術などの先端技術を活用した生産・加工・流通方式の導入の促進、②省力化や多収化が可能な新品種の開発や導入の促進、によって実現を目指す。
なお、スマート農業など技術開発に関連する事項については、次回の第4回で詳しく解説する。
付加価値の向上
新たな農業の可能性を育てる基盤整備の一環として、「農産物の付加価値の向上」を掲げた。その具体策には「6次産業化の促進」や「知的財産の保護」などが挙げられている。
2010年に公布された「六次産業化・地産地消法」で定義された6次産業化は、1次産業の農業生産品に加工・流通の工夫で付加価値を与え商品化する試みである。2020年に改定された食料・農業・農村基本計画では「新たな価値の創出による需要の開拓」などで取り上げており、引き続き推進していく姿勢を示した。
また、知的財産の保護は、日本で開発された品種が海外に流出した事例に対応したもので、新品種開発の意欲をそがないための保護措置が規定された。
人口減少は地域コミュニティーの崩壊を加速させる
地方の過疎化は、農業人口を減少させて地域の共同活動に悪影響をもたらすだけでなく、生産品の流通から消費までのサプライチェーンに関わる人口も減少させるため、地産地消構造の維持を困難にする恐れがある。
総務省によると、過疎地域の人口減少要因は、出生数を死亡数が超える「自然減」と転入数を転出数が超える「社会減」の両方によるが、国内人口が2008年をピークに減少局面を迎えたことなどから、2009年以降は社会減よりも自然減が大きくなっている。
農業集落内の戸数は減少を続けており、総戸数9戸以下の農業集落の割合が増加している(下図)。
集落の総戸数が10戸を下回ると、農地の保全などを含む集落活動の実施率は急激に低下することが指摘されている。
例えば、農業用の用排水路を集落で保全・管理している割合を集落人口50人未満の規模で見ると、「30~49人」78.9%、「20~29人」73.2%、「10~19人」63.2%、「1~9人」40.7%と、人数が減るにつれて減少していくのがわかる(下図)。これに高齢化が加わり、集落としての機能を維持することが難しくなっている。集落活動ができなくなる結果、食料の安定供給も難しくなることが懸念される。
たとえ転出を止めたとしても、全国的な人口減少による自然減を止めることはできない。地域コミュニティーを維持するためには、定住・移住や仕事の関係などを通じて農村に関わりのある人を増やす施策を実行する必要がある。
それを受け、改正基本法では「人口減少下における農村の地域コミュニティーの維持」を掲げ、農村の人口減少などの変化があっても地域社会を維持するため、農村振興を図ることを基本理念に明記した。また、農村の総合的な振興に関する施策の基本的な考え方として、田畑・水路・農道などの農業生産基盤の整備・保全、農村との関わりを持つ者の増加を促進する産業の振興を挙げている。
共同活動・連携促進で関係人口の増加を図る
「人口減少下における農村の地域コミュニティーの維持」のために新たに取り組まれる具体的な施策は以下の通り。
共同活動の促進
水路の泥上げ、年度活動計画の促進、施設の点検、農道の路面維持などの、農地の保全に資する共同活動を促進する。
農村関係人口の増加
農村との関わりを持つ者の増加に貢献する、地域資源を活用した事業活動を促進する。例えば、農産物と景観を生かした観光商品化、農産物の6次産業化からの事業領域の拡大など、農村内で促進できる体制を整備する。
農福連携
農福連携とは農業と福祉の連携で、この場合の福祉は障害者の就労支援施策を指す。
農業および農村には労働力の減少と荒廃農地の増加という課題があり、障害者就労には就労先が少ない上に工賃が低すぎるという課題がある。農福連携は、障害者が持つ能力を農業生産活動の中で発揮できるように支援するための環境を整備することを基本に、障害者以外にも社会的支援を必要とする人たちが農業に就労できるよう幅を広げていく。
鳥獣害対策
荒廃農地の発生原因の3割が鳥獣被害である(土地条件や所有者都合を除いた場合)。野生鳥獣による農作物被害額は2010年の239億円をピークに下がっているものの、ここ数年は150億~160億円台で横ばいになっている。(下図)
鳥獣被害が耕作放棄・離農につながることもあるため、被害額以上に深刻な影響を及ぼしている。この対策として①農地への侵入防止、②ジビエ利用の促進を規定している。
農振法等の改正について
関連法の一つである農振法(農業振興地域の整備に関する法律)等は、基本法の改正に伴い一部が改正された。食料安全保障の根幹は人と農地の確保にある、との理念を踏まえ、「農地の総量確保と適正利用のための措置を強化するとともに、人口減少に対応し、将来にわたっての農地の総量確保を図るため、人と農地の受け皿となる農地所有適格法人の経営基盤強化についても所要の措置を講じていく」としている。
出典
農林水産省: