先週、恵比寿のウェスティンホテル東京において、10月22日から発売される「ミシュランガイド東京2025」の掲載店発表セレモニーが行われた。
【画像】「ミシュランガイド東京2025」セレクション発表の場に、スペシャルゲストとして木村拓哉、玉森裕太が登場!(写真8点) ミシュランガイドといえばご存知、三ツ星/二ツ星/一ツ星のスターマークに代表されるレストランの格付けガイドというイメージだろうが、1900年に本国フランスで初版が発行された時代は、モータリゼ―ションのごくごく黎明期。舗装もされていない道路で長距離をこなす少数のオートモビリスト(自動車ドライバー)に向けて、タイヤのみならず車を修理するためのガレージ、市街の地図や宿泊施設を載せていた。当初はタイヤを買えば無料で付いてくるという体裁だったが、ミシュラン創業者の一人、アンドレ・ミシュランが、あるガレージで自社のガイド本がテーブルの脚がわりに重ねられていたのを見て、タダでは案内情報の価値や意義が理解されないことを悟り、有料化に踏み切った。かくして有料化をきっかけにレストラン情報をも網羅されるようになったのだ。1920年のことだ。 この頃に定められた、三ツ星レストランの「そのために旅行する価値のある卓越した料理」、二ツ星レストランの「遠回りしてでも訪れる価値のある素晴らしい料理」という定義は、当然、タイヤの消費を促すプロモーションと軌を同じくしていた。
東京版は2008年版を皮切りに、すでに18年もの歴史を持つ。今や「ビブグルマン」という価格以上に満足感の得られる料理や、サステナビリティを評価する「ミシュラングリーンスター」など、掲載店のセレクション軸も多様化している。中でも最新の基軸はふたつ。昨年版から始まったミシュランガイドによるおすすめである「セレクテッドレストラン」部門と、今年春からスタートした「ミシュランキー」というホテルに付与される指標だ。
前者は、ミシュランガイドに載っているのに星も付いてなければビブグルマンでもないというカテゴリーだが、星付きレストランとしてセレクトされるような厳密なものさしでは遡上にのりづらい良店を載せること、これも多様性対応の一環だろう。東京2025年版では227店、うち41軒が新規掲載となる。この中には、例えば港区のYAMA 山とハルカ ムロオカというデザートコース専門の店が2軒、紹介されている。ちなみにガイド本の紹介文中では、後者はパティシェールと女性形になっているところは、とてもフレンチといえる。
もう一方のミシュランキーについては、星付きレストランを選ぶような厳密な評価原則と基準が定められる。1ミシュランキーは「特別な滞在」、2ミシュランキーなら「素晴らしい滞在」、3ミシュランキーには「最上級の滞在」と定義され、5つの基準が設けられている。やや簡潔に説明すれば、ホテル自体が旅の目的になることを前提に、その土地ならではのローカル性/内外の建築の素晴らしさ/個性や特徴、オリジナリティ/サービスメンテナンスと快適性/価格相当の体験かどうか、といったところだ。
ミシュランキーの日本国内リストは全国が対象であるため、東京版のガイドや電子書籍ではなく、ミシュランガイド公式アプリやオンラインサイトで公開されている。東京はレストランだけで507軒を数えるが、じつは3ミシュランキーに相当するホテルは3軒のみ、全国では6軒のみ。2ミシュランキーは17軒、1ミシュランキーは85軒となっている。じつはアプリやサイトでは検索予約が可能となっていて、星付きやビブグルマンはもちろんセレクテッドレストランと並行して地図上で近いところ、あるいはその逆でも予約そして経路案内まで完結させることができる。しかも「セレクテッドレストラン」相当の鍵付きではない「セレクテッドホテル」枠もあって、これらのリストは年1回発表の星付き・鍵付きとは異なり、オンラインやアプリ版で常時更新され続ける。
ミシュランによれば一般ユーザーは旅行の予定を組む際に、平均して約10時間をオンラインの検索と予約に費やすのだとか。同時期に、タイやメキシコでもミシュランキーホテルが発表されており、ホテルの格付け情報はレストランと併せて、デジタルへミシュランガイドのインターフェイスを移行させるための方策と考えられるだろう。21年に始めたグリーンスターという、サステナブルガストロノミーの最前線を紹介する部門など、「格付け機関」というミシュランガイドの権威的な側面は過去のものかと思いきや、さにあらず。一企業でありながら公器に近い一貫性と存在感は、掲載店発表セレモニーの様子にうかがえた。 新規に掲載されたビブグルマンならびに星付きレストランのオーナーやシェフら、責任者たちが次々と呼ばれ、レッドカーペットの上を通って壇上に上がるのだが、彼らは呼ばれる瞬間まで委細は知らされていない。またスイスの時計メーカー、ブランパンの協賛によって「メンターシェフアワード」「サービスアワード」そして今年から新設された「ソムリエアワード」が毎回授与されており、美食界への貢献を認められたプロフェッショナルが選ばれる。
メンターシェフを受賞した中央区・鮨 かねさかの金坂真次氏に代わって、名代を務めた同店の薄葉たかし店長は、寿司職人は絶滅の危機にあり、次世代にバトンを繋ぐためこの日も板場に立つため、金坂氏は欠席という旨を伝えた。2025年版のサービスアワードを受賞した千代田区・スィークルbyマウロ・コラグレコのエグゼクティブ・ディレクター、安井理恵氏が述べた「家族より長い時間を過ごしている仲間たち」そして「サービスの仕事にスポットを当ててくれたこの賞」に感謝したいと、スピーチした。ソムリエアワードを受けた中央区・エスキスの若林英司氏は、創設されたばかりの賞を授与された驚きを率直に語った。いずれもレストラン業で一定以上のクオリティを込めて続けることの難しさを、感じさせるコメントだった。だからこそミシュランの星を頂くというのは料理人にとっては特別なことで、とくに一ツ星レストランとして壇上にコールされた人々は、ほぼ例外なく初々しい驚きを隠さなかった。
ところで今回の発表セレモニーにはサプライズが用意されていた。いよいよ三ツ星店が発表という際に、年末12月29日にスペシャルドラマが放映され、翌30日から映画「グランメゾン・パリ」公開を控える、主演の木村拓哉とスーシェフ役の玉森裕太が現れ、プレゼンターを務めたのだ。さすがスター、木村拓哉が今回の三ツ星を得た店をコールし、玉森裕太がコックコートの授与、さらに木村拓哉がトロフィーを手渡すという、三ツ星ならではのゴージャスな演出で授与式は進行した。
トロフィーにホコリか汚れでもあったのか、ステージの袖で、木村拓哉が自らの服で拭ってから受賞者に渡すシーンもあった。自身が役で演じたフレンチのシェフ、尾花夏樹が足掻き続けてそれでも届かなかった、ミシュラン三ツ星の重みへの、強いリスペクトを感じさせる振舞いといえた。以前に放映されていたドラマは、グランメゾン東京が三ツ星を獲ったところで終わっていたが、続編ではパンデミック下でお店が直面したであろう困難が描かれ、「フィクションとはいえ無視して描くのは、本職の方々に失礼という想いがあった」と、木村拓哉は壇上で明かした。
逆説的にいえば、飲食業界の仕事に日々、向き合い続ける難しさに共感できてこそ、その仕事ぶりの尊さをより一層、深く味わうことができる。ミシュランの星が語り続けている「足を運ぶ価値のある料理(やレストラン)」というのは、単なる食通のための特別な目印ではなく、そういうことでもあるのだ。
文・写真:南陽一浩 Words and Photography: Kazuhiro NANYO