ビジネスパーソンのなかには、「他にやりたいことがある」「いまの自分は本当の自分ではない」と違和感を抱くだけでなく、そもそも「自分らしさや、やりたいことがわからない」といった悩みを持つ人もいるだろう。
モデル、歌手、俳優など様々なかたちで自分を表現し続けているドラァグクイーンのドリアン・ロロブリジーダ氏をゲストに迎え、日本マイクロソフトの元業務執行役員で、現在は圓窓の代表取締役を務める澤円氏が、自分の可能性を解放して「自分を表現する生き方」について探求する。
「好き」を追い続ければ、自分の価値が見えてくる
【澤円】
ドリアンさんは、舞台、映画、音楽、ファッションと幅広いジャンルで表現をしながら活動されています。そこで、「自分を表現する」ということをテーマにお話を伺いたいのですが、自分のなかに秘められた価値に気づいたきっかけや手がかりは、どこにあったのでしょうか。
【ドリアン・ロロブリジーダ】
大きくふたつあると思っています。ひとつはベタかもしれませんが、とにかく「好きなことを追い続ける」ということでした。
仕事や就職に関して、「好きか嫌いか」「稼げるか稼げないか」という2軸で考える人も多いと感じます。もちろん、好きで稼げるなら最高ですよね? でも、稼げるか稼げないかという軸を意識し過ぎると、「稼げないからこの仕事はやめたほうがいいのではないか」というように、仕事に対する熱量が下がってしまいます。
本当に好きなことであれば、最初は稼げなくてもいいのではないでしょうか。本気で続けているうちに、その仕事が別の仕事を呼んでくれることも珍しくありません。わたしの場合も、ただ好きなことをずっと続けていたことで、少しずつ仕事の幅が広がってきたという経緯です。
もうひとつは、「失敗の経験」です。いま思えば、大失敗や修羅場のようなものがあったからこそ、自分の人生に必要なものや、逆にそぎ落としてもいいもの、あるいは自分が本当にやりたいことが見えてきたように感じています。
「自分らしさ」は、世間が押しつけてくる幻想
【澤円】
「自分を表現する」ということでいえば、「自分らしさ」もひとつのキーワードになりそうです。その言葉だけが独り歩きしていることで、「自分らしく働かなければ」「そもそも自分らしさとは?」と悩んでいるビジネスパーソンに僕もよく会います。
【ドリアン・ロロブリジーダ】
「自分らしさ」って、あまり好きな言葉じゃないんですよね。いますぐに「らしさ」の檻から出てほしいと思うくらいです。なぜなら、「らしさ」というのは、例えば「男らしさ」「女らしさ」のように、世間が押しつけてくる幻想でしかないからです。
「自分らしさ」という言葉も、罪つくりな言葉だと思っています。だって、よく考えてみれば、「本当の自分」とか「自分らしさ」を探そうとしたって、そう簡単に見つかるものではありませんよね? そもそも、「本当の自分」というものを、現状の自分とかけ離れているものとしてイメージしている人が多いのではないでしょうか。理想と現実を比べて、「本当の自分はこうじゃない」と思い過ぎるあまり、「本当の自分になるにはどこをどう進めばいいのか?」と迷路に入り込んで悩んでしまうのでしょう。
でも、「こんなことをしているいまの自分は、自分らしくない」と考えたところで、いまの自分に至るまでの選択をしてきたのは他ならぬ自分自身です。ですから、そういった人生を生きている自分を認めてあげることが、自分らしさを求めている人には必要なことなのかもしれません。
これまでの選択の結果が、いまの自分のありようをつくっているのですから、いまの自分を変えていきたいのであれば、今後の一つひとつの選択を変えていく必要があると思います。
他人になにかを押しつけることにいいことはない
【澤円】
「らしさ」は世間が押しつけてくるものというお話がありました。会社や組織で長く過ごしていると、そこでしか通じない常識やルールに無意識に従い、自分の可能性に蓋をしてしまうこともありますよね。「普通に考えたらこうだろう」といった言葉にある、「普通」や「あたりまえ」というものも、「らしさ」と同様に外部から押しつけられるものです。
【ドリアン・ロロブリジーダ】
企業の場合でいえば、「普通」や「あたりまえ」に無条件に従っていたら、思考が硬直して斬新なサービスや商品を生み出せなくなります。「普通であることを是」とする風潮も強いのですが、考え方によっては、普通ではないことって、その企業の強みにもなり得ることではありませんか?
わたしにとって、「普通」はけなし言葉みたいなものです。そして、「普通じゃなくありたい」とずっと思ってきたその成れの果てが……いまのわたしです(笑)。
【澤円】
僕のことでいうと、「ADHD(注意欠如・多動症)」の診断を受けています。自分なりに「ADHDじゃないとおかしい、説明がつかないだろう」と思うことが多々あって、いわばADHDという「称号」を得るために検査してもらいました。
そうして実際にADHDだという診断を受けて、つまり、「普通」ではないことがわかったことに対してすごく安堵し、生きるのが楽になりました。ADHDだとはっきり認識したことで、「僕はADHDだからこれは苦手だ、できない」「でも、これなら僕は得意だよ」と、自分を守る武器を手にした感覚です。
【ドリアン・ロロブリジーダ】
「武器」という意味でいくと、その用法・用量、というか取り扱いには注意が必要ですよね。先の「らしさ」もそうですが、澤さんのように自分を守ったり、あるいは自分を律したりするために使うことにはなんの問題もありません。「こんなことをするのは自分らしくない」と、自らの言動をよりよい方向に導くような使い方です。
ところが、「男らしくない」「女らしくない」「普通じゃない」といったかたちで他人を断罪したりジャッジしたりするために使うと、途端に醜悪な言葉になってしまいます。
【澤円】
「らしさ」にせよ「普通」にせよ、他人に矢印を向けてなにかを押しつけることにいいことはなにもありませんよね。
目の前にいるすべての人を自分のファンにする
【澤円】
ドリアンさんの座右の銘は「The show must go on.」であると、あるインタビュー記事にありました。直訳すれば、「ショーは続けなければならない」ですが、「なにがあっても最後までやり遂げる」といった、ドリアンさんの仕事に対する意識や生き方が表現されている言葉ですね。
【ドリアン・ロロブリジーダ】
わたしがドラァグクイーンを生業にしていることもありますが、人生は長いショータイムだと思っているのです。たとえお客様が来なくても、台風の日であっても、毎日必ず幕は開きます。「自分の人生」というショーの主役としてステージに立たなければならないし、主役である以上はお客様――つまり、自分自身と関係するすべての人に対して100%のパフォーマンスを見せて、「ファンにしてみせる」と思っています。見方を変えれば、目の前にいる人は、全員が「自分のファン予備軍」なのです。
【澤円】
その考え方には強い共感を覚えます。僕の専門のひとつはプレゼンなのですが、著書や講演を通じて「プレゼンの目的はオーディエンスにファンになってもらうこと」だといつも伝えています。周囲の人に自分を好きになってもらう、自分のファンになってもらうためにはなにが大切ですか?
【ドリアン・ロロブリジーダ】
とにもかくにも、人事を尽くすことかなぁと思います。自分のファンになり得る可能性がある人だって、自分の能力で可能な限りの力を尽くさなければ、ファンになってくれる可能性は低下します。「これくらいでいいだろう」と手を抜いていること、心の緩みのようなものは簡単に見透かされてしまいますよね。
逆に澤さんは、オーディエンスにファンになってもらうため、プレゼンでどのようなことを心がけているのですか?
【澤円】
どうすればオーディエンスがハッピーになるかということですね。ビジネスのプレゼンでは、「正しいこと、正確なことをいわなければならない」という考えに縛られがちです。でもそれでは、お客様に目が向かっていません。
コンクールは別かもしれませんが、音楽でいえば「正しく楽器を弾かなければならない」と考えることがそれにあたります。正しく弾くのもひとつのアプローチですが、「お客様が喜ぶ音を出そう」と考えたほうが、プラスに働くのではないでしょうか。
自分を表現することで固定観念を揺り動かす
【澤円】
ドリアンさんは、ドラァグクイーン姿ではない男性シンガー「マサキ」としても活動されていますよね。まさに変幻自在に表現されていると感じていますが、ドリアンさんにとって自分を表現する楽しさはどこにありますか?
【ドリアン・ロロブリジーダ】
いい意味で周囲に混乱を与えられる点ですかね。先の「らしさ」の話ではないですが、「ドラァグクイーンだったらこうだろう」といった決めつけがあるなかで、すっぴんの男性シンガーとしての自分を見せると、みなさんが混乱するのです。それが楽しい。
混乱を起こすというのは、変革の種を蒔くことでもあります。男らしさや女らしさ、ドラァグクイーンらしさを全部取っ払っていろいろな混乱を投げかけ、固定観念を揺り動かすことがパフォーマーとしての楽しみです。
【澤円】
そういったパフォーマンスや表現をするときの、「これだけは譲れない」といった美意識についての考えを聞かせてください。
【ドリアン・ロロブリジーダ】
美意識というと外見的なビジュアルに関するものだと捉えられがちですが、わたしにとっての美意識はそうではなく、自分を自分たらしめる考えや姿勢です。そういう意味でいうと、先に触れた「The show must go on.」という座右の銘こそがわたしの美意識かもしれません。
心身のコンディションがよくないときも、そのときにできる最大限のパフォーマンスを見てもらう。そうしてお客様に笑顔になってもらったり、見てくれた人に少しでもポジティブなエネルギーを与えたりする――。そういった気持ちはいつも大切にしています。
構成/岩川悟(合同会社スリップストリーム) 文/清家茂樹 写真/石塚雅人
ドリアン・ロロブリジーダ
1984年生まれ、東京都出身。ドラァグクイーン。大学在学中の2006年冬に開催された「若手女装グランプリ」に初出場して優勝。181cmの長身に20cmのハイヒールと巨大なヘッドドレスがトレードマーク。長い手足とよく回る舌、豊かな声量を活かして、各種イベントのMC、モデル業の他、映画、舞台、CM出演もこなすマルチなクイーン。ドラァグクイーン姿ではない男性シンガー・マサキとしても定期的にライブ活動を行う。また、新宿2丁目発の本格DIVAユニット「八方不美人」や、「好きな歌を好きな場所でただただ歌う」というコンセプトのユニット「ふたりのビッグショー」メンバーとしても活動するなど、活躍の場を広げ続けている。2024年4月からは、NHKラジオ第一『まんまる』の月曜レギュラーとして出演中。
澤円(さわ・まどか)
1969年生まれ、千葉県出身。株式会社圓窓代表取締役。立教大学経済学部卒業後、生命保険会社のIT子会社を経て、1997年にマイクロソフト(現・日本マイクロソフト)に入社。情報コンサルタント、プリセールスSE、競合対策専門営業チームマネージャー、クラウドプラットフォーム営業本部長などを歴任し、2011年にマイクロソフトテクノロジーセンターセンター長に就任。業務執行役員を経て、2020年に退社。2006年には、世界中のマイクロソフト社員のなかで卓越した社員にのみビル・ゲイツ氏が授与する「Chairman's Award」を受賞した。現在は、自身の法人の代表を務めながら、琉球大学客員教授、武蔵野大学専任教員の他にも、スタートアップ企業の顧問やNPOのメンター、またはセミナー・講演活動を行うなど幅広く活躍中。2020年3月より、日立製作所の「Lumada Innovation Evangelist」としての活動も開始。主な著書に『メタ思考』(大和書房)、『「やめる」という選択』(日経BP)、『「疑う」からはじめる。』(アスコム)、『個人力』(プレジデント社)、『メタ思考 「頭のいい人」の思考法を身につける』(大和書房)などがある。
※本稿は、YouTubeチャンネル『Bring.』の動画「自分を『表現』する生き方。『常識』『普通』を押しつける世の中にNOを出す」の内容を再編集したものです。