スープを軸に6次産業化を展開

農家直営のたんとスープ

大西千晶さんが手掛けている農家直営のスープ専門店「たんとスープ」では、自社農園で農薬や化学肥料を使わずに育てた野菜のべジブロス(野菜のヘタや皮・種などからとっただし)をベースにしたスープを提供している。傷や不ぞろいのために、一般的には流通しない野菜もすべてあますことなく使用しており、無駄もロスもない。

店名には、畑でとれた野菜をたんと食べてほしいという意味が込められている。1号店は無印良品京都山科(やましな)店でオープンし、現在は3店舗まで拡大している。

スープのベースは野菜のべジブロス

実は、大西さんは最初から6次産業化をめざしていたわけではない。元々は20歳のころ、農作物を育てて販売する会社を設立したが、当時は出口戦略の難しさに直面したという。作物の生産と販売だけでは立ち行かず、赤字経営が続いた。そんな大西さんの歩みを伺った。

農業の世界に飛び込むも、売れば売るほど赤字に

子どもの頃から環境問題に興味を持っていたという大西さんが農業と出会ったきっかけは、大学時代に経験した田植え体験だ。「先輩に誘われて京都府南丹市で田植えを体験したのが初めての農業との出会いです。衝撃を受けました。限界集落で人も少なくなってたんですが、自然がたくさん残っていて農業なら地方創生もできると里山の可能性を感じました」。大西さんが18歳のときである。

食の根幹である農業に未来を感じた大西さんは、何度か農作業の手伝いに行った後、仲間と共に京都府亀岡市で畑を借りて2010年に有機農業を主軸に起業し、野菜作りを始めた。

「一番最初は農地の借り方もわからなかったので、不動産会社を通じて約2反(20アール)の耕作放棄地だった畑を借りました。右も左もわかってなくて、怖いもの知らずで農業に飛び込んだんです。でも、私たちが農作業をやっている姿を見て、それだけ真面目にやっているんだったらと、地元の方を通じて南丹市でまとまった農地を紹介していただき、農業委員会を通じて南丹市で“農業者として”農地を借りることができました」(大西さん)
この約1.4町(1.4ヘクタール)の農地を南丹市で借りることができたのを機に、農地に隣接する場所に空き家を借り上げ、3人の専従員の住居にした。

それでも、野菜を作って販売するだけでは立ち行かなかった。
「大阪の江坂に週3日だけ売りに行ったんです。週に3日だけなのですべて売りさばくことができませんでした。ロスも出ますし、うまくいかなくて。それなら毎日販売すれば売れるんじゃないかと考えて、次に大阪の箕面(みのお)市のすごくいい場所を借りられたので八百屋を始めました」(大西さん)

その場所は人通りも多い場所だったが、ここでも売れ行きは振るわない。「看板に『耕作放棄地を解消』『自然環境を改善』と大真面目に書いて貼っていました。本来は、おいしい、楽しいと感じてもらえる店にしなければならないのですが」と、大西さんは当時を振り返る。

卸もしていたが、売り先の要望通りに農作物を届けるのにも苦労した。「タマネギも1キロずつに分けて送ったら、お客さんが買いやすいようにネットに入れてほしいと言われ、全部やり直しました。結構難しくて、みんなに助けてもらいながら総動員でやったのですが、経費がかさんで売れば売るほど赤字になってしまいました」(大西さん)

箕面市に出した八百屋「BIO VEGE MART(ビオベジマート)」

6次産業化へのマーケットチェンジ

野菜を売ることの難しさ、求められる規格への対応など、次々と壁にぶち当たった大西さん。「農家が食べていけるモデルをつくるには事業にして商品にしていかないと変わらない」と考え、付加価値を付けながらロスを減らすことができる6次産業化を進めることにした。とはいえ、加工などのノウハウは持っていなかった。

現在のビジネスの着想を得たきっかけについて大西さんは「ニューヨークへ行く機会があり、コールドプレスジュースが流行していることを知ったんです」と振り返る。

大西さんは、健康志向の需要に応えられる「コールドプレスジュース」と、フードロスのない出口として旬の野菜をあますことなく使用できる「スープ」を作ろうと決めた。加工経験はゼロだったが、冷凍冷蔵機器メーカー・フクシマガリレイ株式会社へ事業構想をプレゼンしたことで、テストキッチンを借り受けて商品開発を開始することになった。大西さんの考えに共感してくれたロート製薬株式会社直営レストラン「旬穀旬菜」の料理長(現・たんとスープのキュリナリーアドバイザー)、木村信一(きむら・しんいち)さんのアドバイスを受けながら、レシピ開発に奔走。最初の店舗で出すメニューはスープにしぼることになった。

「スープにはそのときに収穫できる野菜を入れています。人気メニューのミネストローネやクラムチャウダーは通年メニューですが、スープを製造している時期にできる野菜を入れているので、四季折々で野菜が変わり、ロスもありません」(大西さん)

テストキッチンで試食会を重ね、ようやく納得のいく、おいしくて健康にもいいスープが完成した。このとき大西さんは2人目の子どもを妊娠していたそうで、妊娠8カ月。出産直前まで働いていたそうだ。

無印良品京都山科店にオープンした「たんとスープ」1号店

1号店は、京都に2019年11月にオープンした無印良品京都山科店である。普通のスープ専門店と比べ、農家直営という点は強みになった。しかし、オープンして間もなくコロナ禍となり、先が読めない状態になってしまう。

「たんとスープは、大型商業施設に入っていたので、多くの店舗で自粛が始まってしまったんです。野菜は待ってくれないので大変でした」(大西さん)

そんなとき、電子レンジで調理でき、そのまま食器として使用して廃棄できる「DNP断熱紙カップ HI-CUP 電子レンジ対応」を大日本印刷株式会社が開発したことをニュースで知った。レンジで加熱しても焦げない仕様で、大西さんは「これを使って冷凍したスープを商品化できれば、フードロスをなくせるのでは」と考えた。すぐさま問い合わせたところ、市販するのはもう少し先だと告げられたが、待っていられなかった。
そこで、大日本印刷の協力のもと、店頭販売や通信販売用の商品を開発することに。テストキッチンで1年間にわたって加熱試験や落下試験などを続け、ようやく2022年6月に完成したのが「たんとスープ」の冷凍食品だ。カップのままレンジで5分で容器に移し替えることなく食べられる。自社店舗だけでなく、百貨店のカタログ販売やスーパーなどでも扱ってもらえるようになり、販路も広がった。コロナ禍で店で余ってしまう事態に直面したからこそ、商品化が加速した。自分たちの作った野菜を使用し、店舗でスープを製造・冷凍化しているので、ロスがほとんどない。

「うちのスタッフがよく言うんです。ゴミを捨てに行くときにゴミが少なすぎるって」と大西さん。
これこそ、大西さんが目指していることであり、やりたかったことである。

「たんとスープ」の冷凍食品

スープ店で始まった野菜の出口は現在、さまざまな形で広がっている。敷島製パン株式会社(Pasco)が運営するパンとスープの店「PLUSOUPLE(プラスプレ)」への展開では、具だくさんスープの製造・開発を担当している。

スープ店に勤務したことがきっかけで就農

農業で起業してからスープ店経営へと幅を広げてきた大西さんだが、スープを売ることがゴールではない。起業当初から変わらないのが「就農者を増やす」という思いだだ。副業や週末農家など、農業との関わり方が多様化する中、大西さんの取り組みが地域の就農者増に結びついている。

2024年9月時点で、雇用就農を含めて地域で新規就農した人は20代から50代まで14人もいるそうだ。中には大企業を早期退職して50代で就農したという人もいる。

「たんとスープで働いたことがきっかけで就農した方もいるんです」。大西さんはうれしそうに話す。
就農者を増やすために農業体験を受け入れているほか、農の多面的機能の発揮を目指して都市と農村のあり方を模索すべく、大手企業と連携したコミュニティー事業も1年前に立ち上げた。農福連携で提携する企業も徐々に増え、そこから就農した人は10人にものぼる。自分たちの作った農作物があますことなくスープに使用されていることもやりがいになっているという。

現在は、新たな6次化に向けても動き出している。酒造会社と農機メーカーと協力し「有機日本酒」のブランド化にも取り組んでいる。現在、亀岡市で酒米の山田錦を1町の田んぼで育てているが、2025年度は5町に拡大する予定だ。すでに販売先も決まっているそうだ。酒米の栽培と6次化は、さらに就農者が増えるきっかけになる予感がする。

亀岡市の酒米・山田錦の田植えをする大西さん

山田錦が育つ圃場

大西さんが代表を務めている日本農業株式会社では1次産業を主軸に「たんとスープ」の運営、野菜・米の卸販売、農福連携事業、企業農園の手助けなどをしている。

就農者を食べていける形にしていくことが、ローカルな経済循環から出発し、人が自然と共生し、地球が危機的状況に陥らない暮らしの形を実現することにつながるため、いろんな課題解決につながると大西さんは考えている。

農業への関わり方にいろんな形があってもいい。あらゆる形で農業に興味を持ってもらうことでイノベーションを起こしていこうと取り組み続けている大西さんの今後がますます楽しみである。

さまざまな形での農との関わりの創出を目指す大西さん

写真提供:大西千晶さん