ベテラン農家の引退が増えてきた
日本社会が大きな変革を迫られているように、農業を取り巻く環境も確実に様変わりしてきています。やはり一番の課題は「人手不足」。2023年に発表された国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口」によれば、今後も少子高齢化の状況は続き、日本の人口は2056年には1億人を割り込むと予測されています。当然ながら農業従事者も大幅に減っていくでしょう。
2023年度の日本の食料自給率はカロリーベースで38%、生産額ベースでも61%となっており、国民全体の食料を満足に自給できているとは言えない状況が続いています。日本は食料の多くを輸入に頼ってきたわけですが、2022年のロシアによるウクライナ侵攻の影響で穀物相場が不安定化。これに円安が追い打ちをかけ、世界中で食料の争奪戦が繰り広げられるなか、日本が外国に買い負けるのではと懸念されています。まさに自給率の向上は喫緊の課題と言えるでしょう。
ただ、冒頭でも触れた通り、急速に高齢化が進む日本ではそう簡単に自給率を高めることはできないのが現状です。農業の担い手不足は今や危機的状況に陥っています。基幹的農業従事者数は2000年には240万人でしたが、2023年には116万3500人と半数以下となりました。年齢構成を見てみると50代以下はわずか23万7600人しかおらず、全体の20.4%に過ぎないという異常さです。しかも平均年齢は68.7歳となっており、農業の高齢化は加速しています。
これまで農業を支えてきた高齢農家の大量離農は待ったなしの状況です。今後はまさに雪崩を打って農業人口が減っていく。そんな分水嶺(ぶんすいれい)に差し掛かっています。僕の周りでも近年、高齢を理由に離農する人たちが相次いでいます。肥料などの資材高騰が続き、猛暑や豪雨など過去に類を見ない災害が発生する中、これまで頑張り続けてきたベテラン農家からも「さすがにもう続けられない」といった声がよく聞かれるようになってきました。
スーパーで当たり前のように並んでいた米や野菜が消えていく──。今回の米騒動を見ていると、いかにもそんな未来がやってきそうと想像した人もいるのではないでしょうか。ただ、僕自身はもう少し違った見方をしています。
今後はむしろ農作物が安くなる?
では、今後の日本の農業はどうなっていくのか。ここからは多分に僕の個人的見解が含まれますが、15年間農業に携わった経験をもとに予測していきたいと思います。
今回の米騒動を受けて僕は、これまで農林水産省が推し進めてきた「大規模化」がさらに進んでいくだろうと見ています。これまで限定的だった企業参入もどこかのタイミングで本格的に解禁され、「非効率の塊」だった農業が劇的に変わっていくのではないでしょうか。そうしなければ、もはや日本の農業が立ち行かなくなるわけですから、当たり前の帰結だと言えるかもしれません。日本経済が再びかつての強さを取り戻すのはおそらく難しいでしょう。食料安全保障などの観点から「輸入に頼りすぎない日本」にするためにも、こうした流れは必然だと考えています。
今後も自動運転に代表される農機の進化は急速に進んでいくことが予想され、そうした農機を導入する資本力のある大規模農家や農業法人はさらに生産性を高め、規模を拡大していくでしょう。
さらに高齢農家の離農に伴って大規模農家や企業による農地の集約が進んでいけば、日本の農業が劇的に効率化される可能性があります。生産性が高まることでこれまで通りの価格を維持することも可能になるはずです。僕が予測する未来がやって来るのであれば、大多数の消費者にとってそれほど大きな影響がないばかりか、むしろ供給過剰でさらなる価格低下が起こる、なんてこともあるかもしれません。
「じゃあ日本の農業の未来は明るいか?」といえば、決してそうではないのが難しいところです。僕が予測するような農業の大規模化が進めば、日本の農業が支えてきた豊かな食文化は、おそらく崩壊の一途をたどることになるからです。
希少な野菜はこの世から消えていく
大規模化・効率化の流れが加速していけば、日本の食文化に根付いた伝統野菜などは、徐々にこの世から消えていくことになります。その多くが志のある地域の農家が自家採種するなどして支えているのが実情であり、僕の実感では効率を度外視した作業の連続だからです。
僕もこれまで、いくつかの伝統野菜を守るために種子を栽培するなどの支援をしてきましたが、機械による大規模化が図りにくいのはもちろんのこと、病害虫に対する抵抗力も弱く、その栽培は熟練の農家であっても容易ではありません。
農業従事者が急激に減っていくわけですから、手作業中心の野菜の栽培が敬遠される流れは止められないでしょう。経験豊富なベテラン農家が引退すれば、これまで地域に蓄積されてきた栽培技術やノウハウもそのまま消滅します。収益性の低い作物の生産が減り、この世から消えてなくなるのは致し方ない現実です。何とも寂しい限りですが、農家も生きていかなければなりません。
では、これまでベテラン農家が守ってきた希少な野菜の栽培が続けられる道はないのでしょうか。
大規模農家が効率化の可能な野菜に限って大量生産するということは、裏を返せば、小規模農家がある程度の需要が見込まれるレア作物に着目して栽培をすれば、こうした野菜を残していけるのではないでしょうか。小規模農家にとってみても、大規模農家と真正面から争うことなく、独自のポジションを築けるチャンスがあるとも言えます。
農業の人口が減っていく中、農機メーカーも希少な野菜に対応した最先端農機を新たに開発することはないでしょうし、ベテラン農家から独自の栽培ノウハウを継承できれば、大きな参入障壁を築くことができます。ネットを通じてダイレクトに消費者とつながれる時代ですから、異業種での経験が豊富でマーケティングに自信のある人であれば、これまで収益性が低かった野菜をうまくブランド化して、高収益を目指すこともできると思います。
「半農」で希少な野菜の担い手に
僕はライター業と並行して農業を営んでおり、僕と同様に半農半Xスタイルで頑張る農家をずっと応援してきました。まさにこの「レアな作物」の担い手として期待できるのが、副業・復業で農業を始める若い世代の人たちだと思っています。SDGsにも関心の高いZ世代であれば、地域に根差した伝統野菜を守る活動自体に興味を持つ人も多いでしょう。
僕は農水省官僚の人たちと意見交換する機会もありますが、その時には必ず「僕のような半農半Xスタイル、副業や復業で農業に取り組む人たちを応援する仕組みを」と訴え続けてきました。なかなか実現には至りませんが、それでも最近では「半農半X」の認知度が高まり、地域の農業の担い手として期待する自治体も全国的に増えてきているようです。
農業は不安定な仕事です。地球温暖化による異常気象の影響もあり、以前に比べて突然の自然災害に見舞われることも多くなった気がします。令和の米騒動の原因の一つに2023年の猛暑があるとも言われており、今後も同様のことは起こる可能性があるでしょう。
そんな中、農業とは別の職を持っていれば、リスクを許容できる余地も高まります。起業をする時の鉄則としてよく言われる「小さく始める」が実現しやすくなり、「過度なリスクを取って大規模に生産を始めたものの、野菜が全滅して路頭に迷う」といった心配もしなくて済みます。
今回の令和の米騒動は、単なる一過性の出来事ではなく、農業を取り巻く環境が大きく変わりつつある証左だと感じています。従来のやり方をただ踏襲するだけでは、地域に根付いた小さな農業は衰退の一途をたどるでしょうし、日本の食文化を維持していくことも難しい。ただ、こうした変化をチャンスと捉え、「小さくても強い農業」を半農半Xのスタイルで実現する人が増えてくれば、きっとこれからも農業の多様性を守っていけるのでは思います。
大きく儲けることはできないけれど、安定して確実に収入が得られ、本業とは違ったやりがいを実感できる。そんな農業に興味を持つ人が増えてくれることを願っています。