菊花賞といえば、競馬にさほど興味がない方でもその名前を聞いたことがあるかもしれません。いわずとしれた、3歳クラシックの最後を飾る大レースです。この菊花賞の開催にあたり、NTTドコモは京都競馬場で通信の混雑に備えたトラヒック対策を行います。菊花賞を翌日に控えた10月19日には、現地で通信トラヒック対策の説明会/見学会が開催され、筆者も参加することができました。なぜ対策が必要なのか、そしてどんな対策を行っているのか。その内容をご紹介したいと思います。
競馬場でレース観戦を楽しむにもスマホが必須、という時代
通信キャリア各社は人流の多いイベントでしばしば移動基地局の設置などの通信トラヒック対策を行っています。よくあるのが、大規模な花火大会や音楽フェスなど。普段はそれほど大きな通信トラヒックのない地域で、年に1回開催されるイベントのときだけ何万人という人が集まる……というケースです。そういったイベントの際には、SNSに写真や動画を投稿する人も増えますし、屋台などでの買い物にスマホ決済を利用する人も多いでしょう。単純に人が多いだけでなく、その人たちが普段よりも活発にモバイル通信を利用するというのがこの種のイベントの特性といえます。
今回の菊花賞のようなスポーツイベントも、人が集まるという点では花火大会や音楽フェスに劣りません。今年の春に京都競馬場で開催された天皇賞(春)の際には、6万人の来場者があったそうです。競馬は花火大会や音楽フェスと比較すれば開催日数が多く、京都競馬場であれば通常は年間約45日の開催日があるので、大きな集客を想定してインフラを整備するだけのメリットがあるようにも思えますが、同競馬場の通常の開催日の入場者数は1~2万人程度。5~6万人を動員するのは年に2~3回のことで、それならば恒常的なインフラを整備するよりも集客の極端に多い日に臨時の対策を施したほうがよい、という判断も納得がいきます。
ただ、今回の菊花賞において臨時のネットワークの対策を行うに際し、当初から「年間数日の際立って集客の多い日は臨時対策で対応しよう」という想定があったわけではないようです。現に、この春開催された、菊花賞と並んで入場者数が多いという天皇賞(春)のときには格別のトラヒック対策は行っておらず、京都競馬場での対策を行うのは今回が初めてだといいます。
そもそも京都競馬場は、2020年から2023年にかけて大規模な整備工事を行い、2023年4月にグランドオープンしたばかりです。当然、通信インフラも見直しや整備が行われているはずで、オープンから1年半でネットワークトラヒックがキャパを超える(という懸念がある)というのは想定外のところもあるでしょう。
トラヒックの増大には、SNS利用の増加のように競馬に限った話ではないものもありますし、コロナ禍で減っていた人流が回復傾向にあるという側面もありますが、競馬ならではの要因もあります。
それは、競馬を楽しむにあたってのスマホを使う場面が大きく増えたことです。まず、投票については、窓口で馬券(勝馬投票券)を購入するのではなく、競馬場に行ってはいても自身のスマホから投票するという人が増えました。また、投票にあたっての情報を入手するにも、かつてのように競馬新聞を買うのではなく、スマホでWebサイトを観たり、JRAや各種メディア、競馬YouTuberなどによる動画配信を観たりというのが中心となっています。
こういった投票や予想という行為が競馬を楽しむに当たって必須であるというのがひとつの難しいところです。花火大会や通常のスポーツ観戦、音楽フェスであれば、仮に通信障害があったところで、打ち上げられる花火を鑑賞したり、ひいきのチームを応援したり、ライブを楽しんだりするのに大きな支障はありません。SNS投稿も、あとで通信が回復してから投稿するということができるでしょう。
しかし競馬の場合、投票や予想というのがその楽しみの本質につながっています。とくに投票についてはお金がからむことだけに反応もシビア。「通信障害のせいで買おうと思っていた馬券が買えなかった、おかげで何万円も儲けそこななった」なんてことがあったらと考えると、ドコモが余裕をもってトラヒック対策を行おうとするのも当然と思えます。
今夏のイベント対策ではMassive MIMO Unitを積極活用
前置きが長くなりましたが、今回の菊花賞に際してのネットワークトラヒック対策は、なにも特別なものではありません。今回、対策の内容を説明してくれたNTTドコモ関西支社 ネットワーク部 ネットワーク計画 移動無線計画担当 担当課長の片岡広さんによれば、ドコモ関西支社ではこの夏、21の大規模イベントで臨時局の出動などのトラヒック対策を実施しているそうです。たとえば淀川花火のような花火大会、天神まつりのようなお祭り、サマーソニックのような音楽フェスなど。イベントの性質にもよりますが、花火大会であれば10万人くらいの人出を目安としているとのこと。
集客イベントにおけるトラヒック対策は年々強化されており、今年は全イベントで5G対応。移動基地局車は、キャパシティの大きいMMU(Massive MIMO Unit)を搭載した車両を1台用意し、MMUを搭載しない7台と合わせて計8台の体制としました。4Gについても、4Gの小セル化によりトラヒックを分散するマルチビームアンテナによる大容量化を行っているそうです。さらに花火大会など、スペースの制約がある場面にそなえ、可搬型のコンテナ5G基地局も5セット用意。これらをイベントにあわせて活用しています。
MMUについてはイベント時のトラヒック対策として有効という感触があるようで、MMU搭載の臨時基地局を積極的に活用しているそうです。なお京都競馬場では整備工事に際して導入した既設の基地局ではMMUを利用していません。これは検討段階で不要と判断したためだそうですが、その後の分析でやはり必要ではないかという考えに傾いており、今後導入する可能性もあるかもしれないとのこと。片岡さんとしては、現在設備更新中の阪神競馬場にも「ぜひ入れたい」そうです。
2台の移動基地局車で重要地点をカバー
今回の菊花賞における移動基地局の配置は次のようになっています。
ゴール前、パドック、入口(メインの入口となるステーションゲート)周辺を移動基地局車がカバーし、建物内やスタンド、広場を既設の基地局でカバーするというイメージになっています。ゴール前はレースの決着がつくだけでなく、近くに勝利馬の表彰・セレモニーが行われるウィナーズサークルもあって人が集中しやすい場所。パドックも馬体をチェックする人たちで混み合います。また現在はQRコードで入場管理を行っているため、入口周辺で通信障害が起こるととたんに人が滞留してしまいます。こういった重要な場所を移動基地局でカバーし、余裕のできた既設の基地局のキャパシティで他の場所をより手厚くカバーしようというわけです。
先の図にあったように、今回は2台の移動基地局車が投入されています。そのうち1台が前述のMMUをマルチビームアンテナと組み合わせて搭載しており、4G+5Gを強化します。
5Gだけでなく4Gも強化するのは、まだ4Gの利用者も多いというのに加えて、現在の5G利用の多くが非スタンドアローン型(5G NSA)であるためというのも大きいというのが片岡さんの説明。5G NSAでは5Gのデータ転送を行うためもまず4Gの接続で通信制御を行う必要がありますから、4Gの帯域がパンクしてしまうと5Gの通信もできなくなってしまうため、4Gの強化も必要になるわけです。
ちなみに4Gと5Gの通信の需要は「データ量を見る限りほぼ同じ」(片岡さん)とのことでした。また、5Gのミリ波はこの種のトラヒック対策としてはあまり役に立たず、今回の5GはSub6の周波数帯のみを使っているそうです。
もう1台の基地局車は、淀駅につながるステーションゲートとパドックの間に設置されていました。こちらは基地局車の上にアンテナが設置されており、その高さは約15m。基地局車の上にアンテナを設置する場合はこの高さが限界だそうです。
万全の対策で菊花賞当日に臨む
この取材は前述のとおり、菊花賞の前日である10月19日に行いました。この日は京都競馬場で重賞レースはなく、他場でも東京競馬場でGIIの富士ステークスがあったのみ。天気が雨がちだったこともあってそれほどの人出はなかったため、もちろん通信が混み合うこともありませんでした。しかし菊花賞当日は天気も回復して過ごしやすい気温になるようです。多くの人出が予想されますが、対策は十分と感じました。
片岡さんによれば、京都競馬場でトラヒック対策の必要を意識することはふだんはないそうで、前述のように天皇賞(春)でもとくに対策を行っていなかったところ、やや不安を感じる状況となったそうです。「不安を感じる」といっても、多少のつながりにくさがあるといったレベルで、クレームが生じたというわけではないそうですが、それでも万が一の通信を障害を防ぐために対策をとるのが必要なのでしょう。
ちなみにこの秋の京都競馬場では、エリザベス女王杯やマイルチャンピオンシップなど4つのGIレースが予定されていますが、昨年の状況を見る限り必要はなさそうということで、今のところ今回のような対策を行う予定はないそうです。関東では、10月27日の天皇賞(秋)、11月24日のジャパンカップの際は移動基地局車などによる対策を行う予定があるようです。