「万能の解決策はない」食料安全保障への危機感

2024年8月18日、第9回APEC食料安全保障担当大臣会合がペルーのトルヒーヨで開催され、日本を含む19カ国により「食料安全保障に関する声明及び関連文書」が採択された。
APECとは「アジア太平洋経済協力」のことで、アジア太平洋地域の21の国と地域が参加する経済協力の枠組みだ。

会合に集まった19カ国の閣僚が合意した声明では、2021年に採択した「2030年に向けた食料安全保障ロードマップ」の達成の重要性を改めて確認した。このロードマップは、農業のデジタル化とイノベーション、生産性、包摂性及び持続可能性に焦点を当て、「全ての人々のために十分な量の、安全な、栄養ある、アクセス可能で安価な食料を保障する」という目的を達成するための行動と目標を掲げたものだ。
また、2023年のAPEC首脳宣言の中で「農業の持続可能性に万能の解決策はない」と危機感が示されたことにも触れ、あらゆる施策に取り組む覚悟を表している。

これに続く全16項目にわたる声明について、農林水産省が発表したプレスリリースの中でまとめたポイントは次の通り。

食料安全保障と栄養を改善するために研究・イノベーションを支援・奨励し、効率的な農業生産性を向上させる。

食品ロス・廃棄を防止・削減し、農業・食料システムを強靭(きょうじん)化するために、必要に応じて関連リスク要因を考慮した科学的アプローチを用いて能力構築への投資を促進する。

APEC域内の食料安全保障を達成するために、気候変動への適応と影響の緩和に向けた農業・食料システムの改善や、生物多様性の保全、関連するデータ・情報の考慮を目的とした、戦略的な政策とアプローチを確保する。

世界貿易機関(WTO)を中核としたルールに基づく、無差別で、開かれ、公正で、包摂的、公平かつ透明性がある多国間貿易システムの実施に向けた取組を継続する。

太字強調は筆者による

まとめられたポイントは日本国内の優先課題を示していると言える。世界の動きと協調しながら効率的で生産性の高い農業を実現することは、日本の食料安全保障にとっての一丁目一番地だ。

食品ロス削減も重要課題

本会合では、食品ロス・廃棄の防止と削減を促進するためのアプローチを明確にするため、「トルヒーヨ原則」として以下の7原則を規定した。

制度的枠組みの強化

官民パートナーシップ及び関連する関係者との調和の推進

研究、イノベーション、テクノロジー、デジタル化の促進

能力構築、認識、教育の促進

データの収集及び知識の管理の改善

物理的インフラへの投資を促進することを可能とする環境の整備

食料の救済及び寄付

この背景には、世界で生産される食料の3分の1に相当する13億トンが毎年失われている一方で、30億人以上の人々が十分かつ良質な食料を得られていない実態があり、世界的な食料安全保障のためには、フードロス問題への取り組みが不可欠とされている。

SDGsの17目標には農業課題に関連するものが多い

2015年に国連が採択した「持続可能な開発目標(SDGs)」は、すべての人にとって持続可能な未来を築くために必要な17の目標を定めたものだが、濃淡の差はあっても食料安全保障の持続可能性と関連性が高いものが多い。
例えば、「目標2:飢餓をゼロに」では、次のように現状の問題が提示されている。

「現状を見ると、私たちの土壌や淡水、海洋、森林、そして生物多様性は急激に劣化しています。気候変動は、私たちが依存する資源をさらに圧迫し、干ばつや洪水などの災害に関連するリスクを高めています。(中略)現時点で空腹を抱える8億1,500万人に加え、さらに2050年までに増加が見込まれる20億人に食料を確保するためには、グローバルな食料と農業のシステムを根本的に変える必要があります。」

しかし、目標2の実効性を高めるには、貧困問題(目標1:貧困をなくそう)、水の確保(目標6:安全な水とトイレを世界中に)、技術革新(目標9:産業と技術革新の基盤をつくろう)、消費と生産の持続可能性(目標12:つくる責任、つかう責任)、気候変動対策(目標13:気候変動に具体的な対策を)、生物多様性(目標14:海の豊かさを守ろう、目標15:陸の豊かさも守ろう)、国際的協働体制(目標17:パートナーシップで目標を達成しよう)といった、関連する他の目標も併せて対応していく必要がある(下図)。

APECで改めて認識されたように、これさえやればいい、という「万能の解決策はない」が、さまざまな施策を多面的にかつ連携して実行していくことが、持続可能性をより高めることにつながるとして、各国で政策対応が検討・実行されているところだ。

気候変動に対応する「環境と調和のとれた食料システム」

世界的な食料供給の状況を見ると、多くの国で在庫を持たない傾向が強まったため、穀物の期末在庫率は適正水準をやや下回る傾向が続いている。
加えて、食用以外の利用に食料が供給される傾向が強まっている。米国農務省によると、2022年の米国におけるトウモロコシ需要は、飼料が40%、燃料用アルコールが38%を占めた。世界的にカーボン・ニュートラル政策が進みバイオ燃料の導入が促進される中、今後も食用以外への穀物の需要が増加していくことが想定されている(下図)。

日本国内は人口減少という問題を抱えているが、世界的には人口増加を背景とする食料不足・食料争奪が懸念され、さらには近年の紛争勃発など地政学リスクは高まり、見通しは決して明るくない。
このように、現時点で見ても食料供給の安定化には複数のリスク要因があるが、さらに地球規模で「気候変動」という大きなリスク要因が顕在化し進行している。
世界の気候変動を評価する機関であるIPCC(気候変動に関する政府間パネル)が2021年8月に公表した報告書の中では、地球温暖化が干ばつを広げていくと指摘している。同じくIPCCの2022年2月の報告書では、気候変動が穀物生産に及ぼす影響を分析した結果、主要作物の単収は世界的にマイナス評価が大半を占めた。

こうした世界的な課題に対して、日本国内の食料安全保障という観点からの施策だけではなく、国際的な協働体制を築く主要国として役割を果たすための施策も具体化しなければならない。すでに2021年の「みどりの食料システム戦略」では2050年に目指す姿として14のKPI(重要業績評価指標)を設定し、2022年には「みどりの食料システム法」を制定した。

改正基本法でも新たな基本理念として「環境と調和のとれた食料システムの確立」を掲げ、環境との調和と環境負荷低減が図られることにより、農業の持続的な発展が図られなければならない旨が明記されることとなった。

農業は、質の高い生産品を豊富に収穫できるための自然環境を必要としながら、その生産活動の結果、自然に負荷を与えマイナスの影響をもたらすものでもある。つまり、環境に配慮しない生産活動は、温室効果ガスの発生や土壌・水質の悪化により、気候変動を進行させ生物多様性を失わせる結果を生むこととなる。
具体的には、施肥(肥料)、防除(農薬)、農業機械・加温施設、プラスチック資材、家畜飼養、圃場(ほじょう)管理の各場面でリスクの生じやすい事項が指摘されている(下図)。

これらを踏まえ、「環境と調和のとれた食料システムの確立」に向けた具体的な施策の中で新設されたのが「環境への負荷の低減の促進」だ。その内容は以下の通り。

自然循環機能の維持増進に配慮しつつ、

農薬・肥料の適正な使用の確保

家畜排せつ物等の有効利用による地力の増進

環境負荷低減に資する農産物の流通・消費が広く行われるよう、

農産物の円滑な流通の確保(販売促進)

消費者への適切な情報提供の推進

環境への負荷の低減の状況の把握及び評価手法の開発(「見える化」など評価手法の開発・活用)

生産の過程で環境に配慮するだけでなく、流通から消費にわたるまで環境負荷を低減する仕組みを構築することが求められている。

国内の供給リスクに対応する「食料供給困難事態対策法」も成立

世界の食料安全保障に関するリスクが多様化し深刻化している状況に対し、既存の制度・体制では限界があると判断されたことから、不測時の食料供給確保のための新たな法制度が必要として「食料供給困難事態対策法」が成立・公布された。公布日である6月21日から1年以内に施行される。
これにより、食料供給が不足する兆候の段階から、政府が一体となって必要な対策を講じ、食料供給が困難となる事態を未然に防止、または事態の深刻化を防ぐ。
具体的には、①国の潜在的な食料供給確保量の把握、②総合的な備蓄方針の明確化、③食料供給困難事態の対処方針の明確化など、不測時に備えた平時の取り組みや不測時の対策の基本的な考え方を「基本方針」として2025年中に策定する。

国内の食料供給が十分に行われる状態にあるかを平時から把握できる仕組みを作り、緊急時にも速やかに対応できるよう政府としての体制を整えることを目指しているが、具体化に向けてはさらなる検討が必要だ。

出典
農林水産省:



国連広報センター:SDGsとは?17の目標ごとの説明