「SDGs(持続可能な開発目標)」と密接な関係にあるのが、「多様性」だ。SDGsには、ジェンダー平等や格差の削減、異なる文化や価値観を理解するための教育など、多様性に絡む目標がいくつも含まれている。
もちろん、企業にとっても多様性は重要なキーワードとなるものだろう。誰もが生き生きと働ける組織であるために必要なものとはなにか——。
ドラァグクイーンであり、歌手や俳優としても活躍するドリアン・ロロブリジーダ氏をゲストに、日本マイクロソフトの元業務執行役員で、現在は圓窓の代表取締役を務める澤円氏が考察していく。
「ドラァグクイーン」とはなにか?
【澤円】
いま、世の中では「多様性」の大切さに言及されることが増えてきました。企業でも、自社の優位性を得る意味でダイバーシティを意識しています。ドリアンさんは、多様性というものをどのようにとらえていますか?
【ドリアン・ロロブリジーダ】
人によって様々な特性やバックグラウンドがあるなか、それらを尊重し合える状態になることでしょうか。それぞれが持つ特徴を活かしながら、誰もが好きなようにフラットに生きていける状態のことかと思います。
【澤円】
ドリアンさんは、いわゆるドラァグクイーンです。多様性については性自認や性的指向と絡めて語られるケースも多いと思いますが、そもそもドラァグクイーンとはどういうものなのでしょうか。
【ドリアン・ロロブリジーダ】
一部女性やヘテロセクシュアル男性のドラァグクイーンも存在しますが、ドラァグクイーンはわたしのようなゲイが多いと思います。ただ、ドラァグクイーンはゲイに限られたものではありません。大仰なメイクをして派手な衣装を着て、クラブやディスコなどでパフォーマンスをする人たちのことを意味します。
勘違いされることも多いのですが、「ドラァグ」の英語表記は、薬の「DRUG」ではなく、「引きずる」という意味の「DRAG」です。その起源は1900年代初頭だといわれています。男性が着慣れないドレスを着て、裾を引きずって歩いていた様子がその名の由来です。
現在のようなドラァグクイーン文化が花開いたのは、1960年代から1970年代の欧米のゲイシーンで、日本には1980年代の後半から1990年代初頭くらいに伝わってきました。ですから、日本ではまだ30~40年くらいの歴史しかありません。
カミングアウトされたら、相手のテンションに合わせて受け止める
【澤円】
性自認や性的指向について悩む人も多く、多様性と関連して社会的なテーマとして取り上げられることも増えてきました。ドリアンさんは、自分のセクシュアリティについてどのようにカミングアウトしたのですか?
【ドリアン・ロロブリジーダ】
わたしは、男性として同性の男性に魅力を感じるゲイです。いまでこそ自分のセクシャリティや仕事について親類縁者も含めて周囲につまびらかにしていますが、もちろん最初からそうできていたわけではありません。
ただ、幸いなことに、ゲイであることに後ろめたさを感じたり思い悩んだりしたことはほとんどありませんでした。というのも、10代の頃には、ゲイのおねえさんたちと知り合って遊んでもらうなかで、「ゲイってこんなに楽しいの?」と感じてられていたからです。
ですから、カミングアウトをするのにもあまり抵抗はありませんでした。最初にカミングアウトをした相手は同じ高校に通っていた友だちでした。「わたし、ゲイなんだ!」「いいでしょ~?」くらいの感じでさらっと伝えました。
もちろん、わたしのカミングアウトの仕方が正解ではありません。人それぞれに様々な事情や相手との関係性があるなかで、そもそもカミングアウトをするかどうかも含めて、それぞれの答えがあるのだと思っています。
【澤円】
自分以外の誰かからカミングアウトをされた場合、どのように受け止めるのがいいですかね?
【ドリアン・ロロブリジーダ】
カミングアウトした人のテンションに合わせて、そのボールを受け取ったり打ち返したりするのがいいかもしれません。さらっとボールを投げてこられたのなら、同じようにさらっと受け止めてあげる。大切そうにボールを渡されたなら、大切に受け止めるという感じでしょうか。わたしの場合、さっぱりと伝えたら相手もさっぱりと受け入れてくれましたから、それが成功体験となって、その後もゲイであることをむしろ自慢するかのように伝えられるようになりました。
LGBTQ+を巡る日本の現状
【澤円】
「LGBTQ+」についての概念も、以前に比べて浸透してきたように思います。LGBTQ+を意識しないビジネスパーソンは、少なくとも若い世代ではかなり少ないのではないでしょうか。ドリアンさんの肌感覚も含め、LGBTQ+が置かれている現状や課題をどう感じていますか?
【ドリアン・ロロブリジーダ】
現状でいえば、日本においては「LGBTQ+」という言葉がまだ重要な役割を担っているフェーズだと思います。性的マイノリティと呼ばれる人たちは、これまでの日本の歴史のなかではいないものとして扱われてきました。「こういう人たちがあなたのそばにも当たり前にいる」ということを伝えるためにも、LGBTQ+という言葉が必要とされている段階なのだと考えています。
ときどき「自分はLGBTQ+の人に会ったことがない」という人もいますが、そんなはずはありません。日本で多い姓は上から順に佐藤、鈴木、高橋、田中だそうですが、それらの姓の人たちで日本の人口の7%くらいを占めているのだそうです。そして、この数字は、性的マイノリティの割合とほぼ同じなのです。日本に住んでいて佐藤さん、鈴木さん、高橋さん、田中さんに会ったことがない人はいませんよね? LGBTQ+の人は、みなさんのすぐそばにいるのです。
しかし、将来的にはLGBTQ+なんて言葉はなくなってほしいとも思っています。わざわざLGBTQ+といった言葉でくくらなくとも、当事者たちがどこにでもいるという認識が浸透することが理想ではないでしょうか。
【澤円】
「レズビアンだから」「ゲイだから」といった、いわゆるラベリングにつながるということですよね。僕は「円(まどか)」という女性に圧倒的に多い名前をつけられ、しかも男ばかり3兄弟のいちばん下ということもあってか、小さい頃は「女の子だったらよかったのに」と言われることもよくありました。つまり、ラベリングされていたわけです。
すると、「あれ、自分って間違っているのかな?」「ちょっとおかしいのかな?」というように感じることもあったのです。そのように、周囲の決めつけなどによってドリアンさんが悩みや不安を抱えたことはありますか?
【ドリアン・ロロブリジーダ】
「ドラァグクイーンだからこうでしょ」と決めつけられることもありますから、わたしのドラァグクイーンという肩書もひとつのラベルといえるかもしれません。ただ、それに対して悩みや不安を抱えるというより、わたしの場合はひとつの突破口だと考えています。なんらかのラベリングをされたなら、その決めつけや思い込みを含む「ラベルの意味自体を変えてやる」くらいの気持ちでいたほうが、精神衛生上、健全に過ごせるのではないでしょうか。
企業におけるセクシャリティーの問題は、別の問題も生む
【澤円】
ドリアンさんはかつてビジネスパーソンだったこともあり、企業イベントなどから声がかかることも多いそうですね。ダイバーシティに関する企業の意識の変化は感じますか?
【ドリアン・ロロブリジーダ】
それは強く感じますね。わたしがドラァグクイーンとして活動しはじめたのは2006年頃からですが、当時はドラァグクイーンにせよトランスジェンダーにせよ、男性的な見た目で女性的な振る舞いをする人は、ひとまとめに「オネエ」、あるいは「オカマ」とくくられていた時代でした。
そこから時代が進むにつれて、企業人のみなさんにも、LGBTQ+に限らずマイノリティと呼ばれる人たちをいかにインクルージョン(包括)するかというところが企業の責務だという意識が少しずつ根づいてきていると感じています。
【澤円】
セクシャリティーを巡る企業の課題は様々ですが、例えば、トランスジェンダーの方のトイレや更衣室をどうすればいいかといった課題もあります。企業としてどのような取り組みをすることが望ましいと考えますか?
【ドリアン・ロロブリジーダ】
これは本当に難しい問題ですよね。トイレや更衣室といったハード面の環境を整備できるかどうかということも、企業の規模などにより異なるからです。「こうすれば解決」という正解がないというのが現実でしょう。
ですから、当事者の意向、まわりの人の意向などを丁寧にヒアリングしながら、その会社の「正解らしきもの」を考えていくしかありません。その正解らしきものも、結局は全員が納得できるものにはならないでしょう。ですから、みんながちょっとずつ配慮や我慢をしてよりよい状態を目指していく――そういう意識を根づかせていくことが、まず必要になるのではないでしょうか。
ただ、根本の話をすると、性的マイノリティだから不都合を強いられるといったことはやはりおかしなことです。企業としてできること、できないこともあるという現実問題は無視できませんが、性自認によって不都合が生まれることはおかしいという意識は、企業として絶対に持っておかなければならないことだと思います。
【澤円】
これからのことでいうと、採用の問題にも発展しかねません。なぜなら、「労働人口減少」という待ったなしの課題があるなか、性的マイノリティの人たちが働きにくい会社では、必要な人材を確保するのが難しくなるからです。
【ドリアン・ロロブリジーダ】
その通りだと思います。逆にいえば、性的マイノリティの人たちに対して様々なケアができている会社であれば、別のマイノリティにもきっと手を差し伸べてくれる会社だろうという印象を多くの人が持ちますから、人材を確保できるでしょう。
マイクロソフト社にあった「それとこれは別」という共通認識
【ドリアン・ロロブリジーダ】
わたしからもひとつ聞いてみたいことがあります。澤さんは長年にわたり、マイクロソフトという外資系企業に勤めていましたよね。そしていまは、顧問業などを通じてたくさんの日本企業にも関わっています。ダイバーシティやLGBTQ+についての認識は、外資系企業と日本企業で違いはありますか?
【澤円】
マイクロソフトにあったのは、「それとこれは別」という意識です。国籍も人種も宗教も性自認も異なる様々な人たち、場合によっては紛争中の国同士の人たちが一緒に働いていることだってありますから、それぞれの考えなど個々は尊重します。しかし、それを仕事の場に持ち込むことは絶対にしません。個人の考えを差別や攻撃の口実にしてしまうと、チームとして機能しなくなるからです。そういった共通認識は、日本企業に比べると強いようにも感じます。
【ドリアン・ロロブリジーダ】
先のラベリングの話もそうですが、「主語を大きくしない」という考えにもつながりますよね。「アメリカ人だから」「ゲイだから」ではなく、あくまでも個人として見る。これは、性的マイノリティや多様性を巡る問題に対するひとつの回答かもしれません。
【澤円】
僕は『個人力 やりたいことにわがままになるニューノーマルの働き方』(プレジデント社)という自著のなかで、いい意味での「自己中戦略」というものを提唱しました。「もっと自由に、自分中心で人生をつくろう」という考え方です。ある記事のなかで、ドリアンさんも「主語を自分にして生きよう」と述べられていましたし、僕の考え方と近いのかなと思いました。自分を主語にして自分の生き方を貫くには、なにが大切でしょう。
【ドリアン・ロロブリジーダ】
小さくてもいいので、とにかくちょっとずつ成功体験を積み重ねることに尽きるのかもしれません。自分の生き方を貫いていく中で、ネガティブな状況にぶつかったり、自分自身をネガティブに感じたりしてしまうこともあるでしょう。でもそのときに、「わたしにはこれがある」「わたしにはこれができた」といったものがあれば、ちょっとやそっとのことでは動じない自分ができあがるのだと思います。
構成/岩川悟(合同会社スリップストリーム) 文/清家茂樹 写真/石塚雅人
ドリアン・ロロブリジーダ
1984年生まれ、東京都出身。ドラァグクイーン。大学在学中の2006年冬に開催された「若手女装グランプリ」に初出場して優勝。181cmの長身に20cmのハイヒールと巨大なヘッドドレスがトレードマーク。長い手足とよく回る舌、豊かな声量を活かして、各種イベントのMC、モデル業の他、映画、舞台、CM出演もこなすマルチなクイーン。ドラァグクイーン姿ではない男性シンガー・マサキとしても定期的にライブ活動を行う。また、新宿2丁目発の本格DIVAユニット「八方不美人」や、「好きな歌を好きな場所でただただ歌う」というコンセプトのユニット「ふたりのビッグショー」メンバーとしても活動するなど、活躍の場を広げ続けている。2024年4月からは、NHKラジオ第一『まんまる』の月曜レギュラーとして出演中。
澤円(さわ・まどか)
1969年生まれ、千葉県出身。株式会社圓窓代表取締役。立教大学経済学部卒業後、生命保険会社のIT子会社を経て、1997年にマイクロソフト(現・日本マイクロソフト)に入社。情報コンサルタント、プリセールスSE、競合対策専門営業チームマネージャー、クラウドプラットフォーム営業本部長などを歴任し、2011年にマイクロソフトテクノロジーセンターセンター長に就任。業務執行役員を経て、2020年に退社。2006年には、世界中のマイクロソフト社員のなかで卓越した社員にのみビル・ゲイツ氏が授与する「Chairman's Award」を受賞した。現在は、自身の法人の代表を務めながら、琉球大学客員教授、武蔵野大学専任教員の他にも、スタートアップ企業の顧問やNPOのメンター、またはセミナー・講演活動を行うなど幅広く活躍中。2020年3月より、日立製作所の「Lumada Innovation Evangelist」としての活動も開始。主な著書に『メタ思考』(大和書房)、『「やめる」という選択』(日経BP)、『「疑う」からはじめる。』(アスコム)、『個人力』(プレジデント社)、『メタ思考 「頭のいい人」の思考法を身につける』(大和書房)などがある。
※本稿は、YouTubeチャンネル『Bring.』の動画「多様性とはなにか? 当事者が語るLGBTQ+が置かれる現状と課題」の内容を再編集したものです。