札幌を中心に20カ所以上の会場で先ごろ開催されたNoMaps2024。なかでもひときわ異色だったのが9月12日の「Midnight Lab」です。
平日木曜なのにスタートは20時、終了は深夜25時。え、終電ないけど、どうすんの……って思いますよね。とにかく会場に行ってみました。
「最高に眠くなる空間」とは
会場は地下鉄「すすきの」駅からほど近い繁華街のビルの3階、カプセルホテル「シアテル札幌」。一体どんなイベント?
頭に疑問符が浮かんたまま3階のボタンを押し、エレベーターを出ると、いきなり照明がうす暗くなっていて、フロントはまるでクラブのよう。なのにBGMは心地良い環境音楽で、なぜかウッド系のアロマの香りが広がっています。
フロント奥の広いスペースにはフロアマットが敷き詰められていて、靴を脱いであがるスタイル。大きめのクッションソファと、ちらちら揺れるフロアライトがランダムに置かれているのです。
縦4m×横9mの巨大スクリーンには、木々が風に揺れる森の中の映像が投影され、天井から吊り下げられた白い布は、まるでベッドを覆う天蓋のよう。ソファにもたれたら、秒で眠れちゃいそうな雰囲気です。
これは一体、どういうことなのでしょう。NTTDXパートナーでスリープテック事業部を担当する梅田貴大さんはこう言います。
梅田: 照明の明るさや温度も睡眠に適した設定にこだわっていています。映像は、映像作家の方が阿寒湖などのトドマツの森を撮影して編集したもの。アロマの香りもトドマツを中心にブレンドしたオリジナルです。音は森の中で木々のざわめきなどを録音してサンプリングしたアンビエント音楽。天井から吊り下げた布は他人の視線を防いで、心理的な安全効果をねらっています。
細部まで計算された「最高に眠くなる空間」で何をするかというと、「眠れないほど面白い話」を聞くのだそうです。
NTT東日本スリープテック事業/ZAKONEディレクターの尾形哲平さんは、このイベントの企画をこう説明してくれました。
尾形: これからの生き方を実践しているような方をゲストに招き、対話を通して新しい価値観をつくる「未来の生き方ラボラトリィ」というイベントを手掛ける大瀬良亮さんと柴田亮平さんのお二人に出会い、我々のスリープテック事業とコラボレーションしましょう、ということになりました。知的興奮を刺激する話と、工学的なアプローチで整えた眠れる環境をぶつけたら、ホコタテ(矛と縦)で面白いんじゃないかという思いつきです(笑)。
こうして「眠らせたい派」と「眠らせない派」がせめぎ合う、矛盾に満ちたイベントが実現の運びとなりました。
睡魔と闘いながら聞く、眠れないほど面白い話
さて、会場にはだんだんと観客が集まり始めました。暗くて靜かだからか、大きな声を出す人もなく、知り合いとの挨拶も自然にひそひそ声になっているから不思議です。
観客がそれぞれ一人用のクッションソファに寄りかかり、すっかり寛いだころ、モデレーターの大瀬良さん(遊行 代表取締役 CEO)さん、柴田亮平さん(とける 代表取締役)は、なんとパジャマ姿で登場しました。これから何が起こるのか想像もつきません。
この夜のトークセッションのテーマは「Human Nature—人間の欲望と本能」。
睡眠欲・食欲・性欲の「三大欲求」を深掘りします。まずは趣旨説明のオープニングトークから始まり、眠りの分野にはスリープテック事業を担当する梅田貴大さん(NTTDXパートナー)、森の香りの事業化を進める奥平荘臨さん(エステー新規事業開発室)が登壇。
食の分野には、知財ハンター出村光世さん(知財図鑑CEO)、ヴィーガン&グルテンフリーのお菓子をつくる柴田愛里砂さん(TREASURE IN STOMACH代表取締役)、日本酒を愛する熊田理恵さん(銘酒の裕多加社長)でクロストーク。
性の分野には、会場のBGMを担当した電子音楽家Seihoさんと北大外学院でポルノグラフィを研究している吉行ゆきのさんという、一期一会のゲストが登場。秘密基地のような空間で、親密なトークが繰り広げられました。
尾形さんによると、ゲストの面々は好きなものを突き詰めている「偏愛性」の強さで選ばれた方々なのだとか。
別の領域で活動している人とのセッションで、どんな化学反応が生まれたのか——。それを知ることができたのは、睡魔と闘いながら耳を傾けた人だけです。
最新のスリープテクノロジーの社会実装を目指して
さて、こんな摩訶不思議なイベントを企画したNTT東日本Gのスリープテック事業部。
日本人の睡眠不足を社会課題と捉え、6年ほど前からさまざまな企業と連携して、睡眠課題の解決に向けた事業化を目指してきました。賛同するパートナー企業はいま164社まで増えています。
尾形: スリープテック事業はいま3.0の領域に入りました。1.0は睡眠の質を客観的に測り可視化するフェーズ。2.0は睡眠を測って改善するフェーズ。3.0はそれでも変われない日本の睡眠課題に情緒的にアプローチするというか、体感してもらうことが重要だと考えています。これは、まさに来てもらわないと分からない。こうしたイベントを通して、眠りを五感で感じてほしいと思っています。
北海道でも睡眠課題に取り組む企業が少しずつ増えてきました。
「健康経営」推進の一環として道内で初めて睡眠調査を行ったのは、札幌トヨタグループです。
まず全従業員2,386人を対象に「睡眠偏差値for Biz」を使用したアンケートを実施。睡眠を主観的にスコア化します。希望者には睡眠計測デバイス「ブレインスリープコイン」を用いた睡眠状態の可視化も行いました。
そうしたデータをNTT東日本Gが解析したところ、一部の職種および年代で短時間睡眠の割合が高く、睡眠障害の中程度以上のリスクがあると確認されました。
梅田: 販売と内勤の職種の違いで睡眠の質に差があるか、睡眠に悩んでいる人はどの年代に多いかなど、性別・年齢・部署や業務によって分析し、改善のためにセミナーなどで社員の意識改革を促します。その結果、日中の眠気の減少など睡眠習慣の改善が図られました。
社員の睡眠課題の解決は、業務の生産性向上はもちろん、従業員満足度にも直結します。睡眠の専門家Sleep Plannerの資格を持つ梅田さんは「質の良い睡眠が得られれば、仕事のパフォーマンスもアップする」と言います。
梅田: 情報量の多い現代社会は、交感神経が休まりません。コルチゾールというストレスホルモンや覚醒系のホルモンが出過ぎてしまい、それが不眠の原因になっています。なので意識的に副交換神経を優位にする生活を心掛ける必要がある。眠くなる環境を整えた仮眠室をオフィスに設け、仮眠文化を啓発したりすることも必要だと考えています。
よく寝ることは、よい仕事に結びつく。眠りたいのに眠れないイベントが、それを実感させてくれたのかもしれません。