はしがき

取材が始まってすぐに震えが走った。永瀬のあまりに強烈で率直な言葉の数々に、「ぼんやりしていたら斬られる」と感じた。そんな取材はめったにはない。「発信があまり好きではない」という永瀬が、「全部書いてください」と覚悟して、自分の思いの丈を明かしてくれた。藤井聡太、勉強法、AI、そして初めて告白する自身の性質について。全てを将棋に懸け、誰よりも自分に厳しく生きている永瀬拓矢の激烈な言葉に耳を傾けてほしい。

  • 今回の主役、永瀬拓矢九段(写真は第72期王座戦第1局、撮影・金子光徳)

    今回の主役、永瀬拓矢九段(写真は第72期王座戦第1局、撮影・金子光徳)

【インタビュー日時】2024年8月21日【記】大川慎太郎
※本文中の段位は将棋世界本誌掲載当時のもの

●まずは最近のタイトル戦線についてお伺いします。永瀬さんと昔から交流のある佐々木勇気八段の竜王戦挑戦についてはどのような感想を抱いていますか?

「きれいな言葉を使うと、佐々木さんも16歳という若さで棋士になられていますし、才気あふれる方なので挑戦者になったのは順当でしょう。本音は、私が決勝トーナメントに出場できなかったから、彼が挑戦者になったと思っています(笑)」

●七番勝負の展望についてはいかがでしょうか?

「藤井竜王が4勝1敗で防衛です。ここは誰が挑戦してもこの数字になるのかな、と」

●西山朋佳女流三冠が棋士編入試験の受験資格を獲得されました。9月から5人の新人棋士と月に1局というペースで試験が始まりますが、どう思われますか?

「言葉にするのはかなり難しいですけど、試験官の棋士には本当に人生を懸けて戦ってほしいです。負けたら全てを失うぐらいの覚悟で挑まないのであれば、棋士になった意味がなかったのではないかと思います。西山さんにとっては人生が懸かった対局ですので、真剣に一生懸命ぶつかってきます。棋士側はそれを全身全霊で受け止めて、100%以上のパフォーマンスを出すつもりで臨んでほしいです。そのつもりがないのであれば、そもそも棋士になったのは間違いだったと個人的には思います。私は誠意に対しては誠意で返すべきだと思っていますので」

●藤井聡太竜王・名人がモバイル中継をされている将棋は全部見ているという話をしていまして……。

「それは私も伺ったことがあります」

●中継されている女流棋戦の将棋も見ているそうですが、永瀬さんはいかがですか?

「全く見ていないです。男性棋戦の将棋もあまり見ていないくらいですから。結果だけはかろうじてわかるかなぐらいですね」

●それはどういう理由なのですか?

「公式戦の棋譜を見ると、過去に私が考えたことがある局面が多いんですね。私はこう指すべきだろうとわかっているのに、そう指していない棋譜も結構あります。それを改めて見ることは、立ち止まる行為に近い感じがしてしまいます。なので私はほとんど棋譜を見ていません。トップ棋士の棋譜は見ているような気もしますけど、やはり藤井さんが中心ですね。自分以上に勉強をしている棋士や熱意がある方、戦略がうまい方などの棋譜は見るようにはしています」

謙虚さと熱意

●永瀬さんが毎日のように練習将棋を指しているのはよく知られた話です。それだけ研究会を重視されているわけですが、研究会のメンバーを選ぶ際に意識されていることはありますか?

「基本的にはないと思っていたんですけど、私は謙虚な人が好きだということに最近、気づきました(笑)。例えば奨励会時代は『〇〇先生』と呼んでいたのに、プロになったら『〇〇さん』と呼び方が変わる方はどうなのでしょうか。自分が棋士になったからといって対等ではないのに、それは驕りでしょう。藤井さんのように謙虚で熱意があればすばらしいです。その2つ以外、私は好みがないと思っています」

●藤井さんは謙虚であると、永瀬さんは常々おっしゃっていますね。

「藤井さんはすごいです。これは出していない話ですけど、七段時代の藤井さんが私と将棋を指すときでも、必ず私より先に対局場所にきて座って待っていました。私が『おはようございます』と挨拶しながら入っていくと、藤井さんは必ず立ち上がって『おはようございます』と挨拶をします。自分より目上の人に対しては先に入室して、挨拶は立ち上がってする。これって私は社会人としては当然のことだと思うんですよ。敬意を払うところは敬意を払わないといけません。私はいま藤井さんとVSをするときは先に立ち上がって挨拶をします。座って挨拶をするのは畳だけです(笑)」

●なぜ永瀬さんは毎日のように練習将棋を指しているのですか?

「予定がないとだらけてしまうからです。予定がない日があることがストレスなんですよ。だから今年は元日から1日も休んでいません。予定を入れることで、ちゃんと身支度を整えて準備をして将棋を指しにいく状態を作ることが私にとっては大事なんです」

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