鉄道ファンの政治家として知られる石破茂氏が、9月27日の自民党総裁選挙で勝利し、10月1日の内閣総理大臣指名選挙で首班指名を受け、第102代内閣総理大臣に就任した。これまで政治家として積極的にメディアへ登場する中で、鉄道趣味人としても講演会やイベントで登壇し、テレビ番組等に出演している。プラモデル、軍事、カレーにも造詣が深く、山陰新幹線整備促進議員連盟の会長でありつつ、ラーメン議連の会長でもある。ここでは石破氏の「鉄道好き」について紹介する。

  • 2017年、岐阜県飛騨市の「ロストライン協議会」で挨拶する石破茂氏

筆者は過去に2度、鉄道イベントで石破氏を拝見している。1度目は2014年12月13日に開催された「鉄道コン」。主催は「婚活・街コン推進議員連盟」(現「婚活・ブライダル振興議員連盟」)で、当時の会長は衆議院議員だった小池百合子氏。「鉄道コン」は583系を貸し切って品川駅から鎌倉駅まで貨物線経由で往復するイベントで、独身男女が参加し、鎌倉駅で散策タイムが設定された。ここに「特別ゲスト」として石破氏がやって来た。

当時、石破氏は内閣府特命担当大臣(国家戦略特別区域担当)と地方創生担当大臣を兼務していた。少子化対策としての婚活・街コンは無関係ではない。それにしても車内の振る舞いは鉄道ファン気質を丸出しにしていた。帰路で車内放送のマイクを握り、「なんだかよくわからないままに、単なる鉄オタということで乗車をさせていただいております」と本音を漏らしてしまう。これには車内も笑い声。男性参加者のほとんどが鉄道ファンで、婚活よりも583系を目当てに参加しているようでもあった。石破氏は車内を巡回して参加者と談笑しつつも、583系に別れを告げるような思いだったのではないか。

石破氏は続いて583系について、「昼間も働けば、夜も働くという、国鉄最後の威信をかけたような、大変働き者の電車」と紹介した。583系は高度成長期の1967年に登場した交直流特急形寝台電車で、日中はボックスシートの昼行特急列車、夜間は3段式B寝台と2段式A寝台を備えた寝台特急として運用できる電車だった。おもに京阪神発着で九州行の特急・寝台特急と、上野~青森間の特急・寝台特急で運用されたが、2014年当時、すでに定期運用はなくなり、臨時・団体用としてJR東日本に1編成のみ残っていた。

「効率の良い電車のはずだったのですが、新幹線がどんどん広がってきて、寝台から普通の車両に改造する、その手間暇が大変だということで、だんだんと廃れていきまして……」と石破氏は話し、「私も寝台車にいままで間違いなく1,000回は乗ったことがありまして、この寝台車というものがなければ、人生ちっとも面白くないなあ、と思っている1人でございます」と自己紹介。最後はしっかり「鉄道を使った地方創生、また皆さまのお力をいただきたいと思います。楽しい1日をお過ごしください。本日は誠にありがとうございました」と、立場に沿った言葉で締めくくった。

  • 2014年に開催された「鉄道コン」で583系に乗り、楽しそうな石破茂氏と小池百合子氏

2度目は2017年4月8日に行われた「日本ロストライン協議会」の設立総会だった。同協議会は廃線を観光に生かす取組みを行う15団体で発足。神岡鉄道の廃線跡でレールマウンテンバイク事業に取り組む「NPO法人 神岡・まちづくりネットワーク」(岐阜県)、高千穂鉄道の廃線跡でトロッコ列車を運行する「高千穗あまてらす鉄道株式会社」(宮崎県)、小坂鉄道の廃線跡でレールバイクを運営する「NPO法人 大館・小坂鉄道レールバイク」(秋田県)が幹事団体となっていた。

石破氏は本職の地方創生担当大臣として基調講演を行った。タイトルは「地域資源の活用と地方創生 廃線利活用の可能性」。協議会発足の祝辞を述べた後、「ますます発展を……と言いたいところですが、廃線問題にある路線を誘うのは、闘病中の患者に葬儀社が挨拶するようなものでして」と笑いを誘いつつ、「これ、私が言ったんじゃありませんからね。誰かが言ってたんです」と念を押した。

その「誰か」とは、おそらく筆者のことだろう。2カ月ほど前に、「日本ロストライン協議会」の設立を伝える記事で同じことを書いていた。それを石破氏、あるいは秘書が、下調べするときに読んだのではないかと思う。そんな不謹慎な記事を書いたライターは筆者だけだったから。

石破氏は「寝台特急出雲に1,000回以上乗った」と話し、鉄道ファン揃いの会場を笑わせた。この「寝台特急出雲に1,000回」は石破氏のキャッチフレーズになっている。その後、「地方が大事という話は田中角栄先生の頃からあった、しかし、いまの地方再生は意味が違う。地方を再生させなければ国の危機だという認識がある」と締めくくった。

石破茂氏は1957年生まれ。父方が政治家、母方が官僚という家系の長男として育った。父親の石破二朗氏は自治大臣、国家公安委員会委員長を務めた。その父の死去にあたり、葬儀委員長を元総理大臣で「政界のドン」と呼ばれた田中角栄氏が務めた。当時、石破茂氏は銀行員だったが、田中角栄氏に後継を勧められ、田中派の事務所で修行する。1986年、衆議院議員選挙に初当選した。

田中角栄氏の言う「地方が大事」という考え方は、田中氏が1972年に著した『日本列島改造論』に詳しい。その中で田中氏は、「農家が儲からず、男手が都市へ出稼ぎに行くようでは家庭が成り立たない。出稼ぎ先の工場を地方に誘致すれば家から通える。家族が共に過ごせる」と語り、そのために全国に新幹線網を築き、在来線の貨物列車を増発して工業製品、農産品を輸送するというプランを披露している。

石破茂氏は、この田中氏の薫陶を受けた人物である。後に「日本は水源に恵まれ、常に新しい水が流れて土地を潤している」として、農業も地方再生に必要という考えを披露している。鉄道と地方創生は、石破氏の中に根づいた主観といえる。

政治家として早くからブログを手がける

石破氏は2008年9月からブログを開始した。政治家としてはかなり早くからブログを開始した人物でもある。以来、17年間にわたって日々の所感や政治について記している。最終更新は自民党総裁選直前の2024年9月20日。コメント欄も開放し、コメントに対応するエントリーもある。石破氏の鉄道に対する思いについて、ブログからたどってみた。

ブログを「鉄道」で検索すると、約270のエントリーが見つかった。ただし、そのほとんどが読者のコメントとなっており、鉄道ファンからの人気の高さを感じた。石破氏自身が少しでも鉄道に言及した日は34日あった。それも、ほとんどが日程の紹介であり、具体的に鉄道に関する政策に言及した日は少ない。

ちなみに、石破氏がブログの中で鉄道ファンだと明かした日は2008年9月14日で、「明日は釧路と札幌です。釧路から札幌までの移動が電車の旅3時間あまり。鉄道マニアの石破に配慮したのか、なーんて、そんなことあるわけありませんよね」と書いている。当時の石破氏は「防衛マニア」「ミリタリーオタク」の印象が強かった。

この頃、鉄道趣味は少しずつ盛り上がっていた。1996年にゲームセンターで『電車でGO!』が稼働して話題になり、2001年には漫画『鉄子の旅』の連載開始。2004年に神田万世橋の交通博物館を移転することが発表され、2007年にさいたま市大宮区の鉄道博物館が開館した。石破氏のブログ開設はその1年後だが、当初は読者からも鉄道に関するコメントがなかった。

ブログを見ていくと、2009年3月14日に読者が「寝台特急富士はやぶさのラストランのことで。石破さんも鉄道好きだったなんて初めて知りました」とコメントしている。この頃から、石破氏は鉄道ファンの政治家としてテレビ番組出演が始まったようだ。2011年3月のエントリーでは、2006年の民主党(当時)偽メール事件で鉄道ファン仲間の前原誠司氏が党代表を辞任した際、他党ながら「再起を祈る」とエールを送ったと記している。

  • 自民党幹事長を務めていた2014年、「ニコニコ超会議」の「超鉄道」ブースを訪れた石破氏

ブログでは、地元の若桜鉄道を何度か訪問したことに触れているほか、寝台特急の乗車、三陸鉄道などローカル線に訪問したことも紹介している。

その中でも、2022年9月22日の「ローカル線の今後など」は長文で、「車の走る道路は税金で建設され、信号機やガードレールなどの安全施設も税金で設置・維持されているのに対し、鉄道は税金の投入は極めて少なく、ほとんどすべてを民間会社が自社で賄う」「鉄道は赤字になればすぐに廃止の議論になるが、道路の採算性が議論されることはなく、廃止された道路はない」「鉄道を維持する負担は利用者が負うべきで、広く税負担で支えるのは不公平というが、実は地域すべての人が受益者であり、いま利用していなくても将来利用する可能性は多くあるのではないか」と記していた。

石破氏の主張を簡単にまとめると、鉄道もバスやトラックのように「公設民営」にすべき、ということになる。「統計上、近年の年間の交通事故死者は3000人超、内閣府によればその経済的損失は6.7兆円と膨大なものであるが、この議論も全くない」とし、鉄道が持つ安全性という価値をないがしろにしてはならないと語っている。

個人の意見を抑えて総理の職を全うする

報道では、「鉄道という公共インフラは赤字でも税金で維持すべき」とも語っていた。一方で、「そもそもお客様を増やす努力をせずに、補助金に頼る経営姿勢そのものも問題です」と、経営努力のない第三セクターに対しても手厳しかった。

リニア中央新幹線に関連した報道でも、「現在ののぞみより早く着く価値が理解できない」「国民負担を求めないというけれども3兆円の財政投融資を使っている」「納税者が納得いく形で説明しないといけない」と手厳しい。蛇足ながら、「リニアはトンネルだらけでつまらない」とも言っている。

「山陰新幹線を実現する国会議員の会」の会長職にありながら、「在来線の強化とミニ新幹線でもいい」と語るなど、私見と立場を切り分けた発言もあり、仲間の議員や鳥取県、島根県の人々をがっかりさせていないか心配になる。こうした食い違いをしっかり説明してほしい。

しかし、これらの主張がすぐに鉄道の政策に反映されるわけではないだろう。石破氏は総理大臣として初の会見で、リニア中央新幹線は静岡工区の着工を踏まえ、岸田政権の「最速で2037年の品川~新大阪開業の環境整備を急ぐ」という趣旨で回答。私見とは逆の立場になっている。その他の政策も含めて、基本的には岸田政権を受け継ぐという立場を取っている。

それを示すかのように、国土交通大臣は斉藤鉄夫氏が留任した。斉藤大臣の下、国土交通省鉄道局はローカル線の再構築協議会を進め、一方でローカル線の安全対策や老朽化車両の交換を支援している。鉄道運賃政策の改定や自動運転の実用化も課題だろう。

斉藤氏も石破氏と同じく鉄道ファンとして知られ、時刻表検定5級とのこと。ローカル線問題も、数字だけでなく「人々の気持ちに寄り添いたい」という考えを持っている。公明党に属している議員だが、自民党の石破氏と気が合うかもしれない。

もっとも、石破総理は10月9日に衆議院を解散し、10月27日に総選挙を行うと決めた。選挙後に自民党が政権を維持できれば、改めて石破総理の組閣が始まる。そのときに斉藤氏が留任できるか、注目したい。

鉄道ファンとして石破総理に望むことは、国土交通大臣が誰になるにせよ、低予算にあえぐ鉄道局に手厚くあってほしい。総理として、日本の交通・物流政策に明確な指針を示してほしい。いままでの交通政策の中には、総理の「鶴の一声」で解決できることもあったように思うからだ。ともあれ、いち鉄道ファンとして、石破総理のリーダーシップに期待したい。